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侯爵家での生活
ないないセクシーさと、コミュ障あるある
しおりを挟む部屋に戻った私は衝撃のあまり、暫く無言であった。
「……なかなか素晴らしい肉体でしたね」
「あっユミルもそう思う?!」
珍しいことに、ユミルも頬を染めている。
元々見た目も素敵な方ではあるが、リアルに『水も滴るいい男』となっていたフェル様の色気は半端なかった。
くっきりと浮き出た鎖骨。
はだけたナイトガウンのあわせから露になった張りのある胸筋……
それが、濡れてオールバックになった銀色に煌めく髪(※普段は灰褐色)から零れ落ちる雫を弾く様は、『お見事!』という謎の賞賛を贈りたくなる程にセクシー・ダイナマイトであった。
「あれでモテてない筈がないと思うわ……」
「私もそれには同意致しますが……フェルナンド卿の態度を見る限りでは慣れているとも思えません。 思った以上に真面目な方なのでは?」
「うん……」
「……僭越ですが、フェルナンド卿は少なからずお嬢様に好意があるように見受けられますが」
「ううぅぅぅ~ん」
確かにユミルの言うことはもっともではある……もっともではあるのだが、納得できてはいない。
そして母から言われた言葉が頭に過ぎる。
『焦らしているうちに、また他となにかあったら困るじゃないの~』
……困る。
それは確かに困る。
「──ユミル、そろそろ着替えようと思うのだけど……」
「畏まりました。 どちらになさいますか?」
「じゃ、じゃあ侯爵家ので」
とりあえずセクシーネグリジェを着てみることにした。
どのみち寝る前にはどれか着るのだけど。
「──」
侯爵家の用意してくれた大人っぽいネグリジェは、壊滅的に似合わなかった。
いや『似合わない』という以前の問題というか、着させられている感が凄い。
ガッツリ開いている胸元は『セクシー』というより『寒そう』の一言に尽き、フォルムはただただ真っ直ぐで『ツルペタストーン』という悲しい擬音がしっくり馴染む。
「……ユミル」
「……」
ユミルは何も言わず、ただ素早く目を逸らした。
母の用意したのも着てみたが、『侯爵家の用意してくれたやつよりマシ』という程度で『セクシー』とは程遠い。
結局自分のに落ち着いた。
ドロワーズパンツがなくて下半身はやや落ち着かないが、落ち着いた。
ベッドの中に入ると、眠かった筈なのに何故か目が冴えていた。今日は色々あったから、気分が高揚しているのかもしれない。
改めてフェル様が対外的に見ても素敵であると理解した私は、正直なところ引いた。
何故好意を向けてくれているのかが、解せなくて。
なんせ『ツルペタストーン』だ。
悲しいことに、それも改めて自覚せざるを得なかった。
また私自身の気持ちはどうかというと……好意はあるものの、自分の気持ちの中にある自尊心とか保身とか怠惰とか勘違いとかで、兎に角疑わしい。
フェル様が素敵な人なのは認めるが、だからと言って『イケメン! 眼福!』とはなっても『イケメン! 好き!!』とはならないタイプなので、正直よくわからない。
実際ルルーシュ様も素敵ではあったが、愛人様がいても問題のない類の愛情しか持っていなかった。
(『好かれてる!? 好き!!』はあるかも……)
だが頭でっかちな私は、素直にそれを良いとは思えずにいた。
それより理由もわからず好かれて、それで自分も好きになって、ガッカリされるのが嫌だ。怖い。
(……こうだから人と関わるのって苦手!)
私とフェル様の関係は『婚約者』。
それ以上でもそれ以下でもなく、今のところ、『婚約者』であること以上に、ふたりを繋ぐものはまだない。
──次の日は大変だった。
大量の使用人をローラン夫人から紹介されるが、知らない人と会うだけでストレスが溜まるというのに、淑女の皮を被って微笑まなくてはならなかった。
しかも覚えなければいけない。
いや、いけないわけではないが……
私は『できないと心象が悪い気がする』という己への圧からそうせざるを得ないタイプなのだ。
(こうだから人と関わるの(以下略)……!)
社交に出ないとはいえ、勿論めぼしい貴族は大体覚えているが『貴族名鑑』その他資料を使い、時間を割いて覚えている。
だが生身の人間はキツい。
私は『じっと見るのも不躾な気がしてあまりしっかりと顔を見れない』タイプなのだ。
その上同じお仕着せを来ている人達である。
資料がないしお仕着せなので、好みからの判別もできない。
髪型が変わったら詰むやつだ。
もう皆同じに見える。
頭も足も疲れた。
正直泣きそう。
最終的に諦め、ユミルに投げた。
……これでも割と頑張った方だと思う。
午前中の案内が終わり、昼食時にはもうグッタリ。だが、午後はフェル様が邸内を案内してくださるという。
(私よりもっとお忙しいのに、わざわざ時間を割いてくださるなんて……)
自分は最終的にユミルに投げただけに、申し訳なさが凄い。
せめてここは物凄く喜ばなければ。
「まあ嬉しい! ありがとうございます!!」
事実気遣いはとても嬉しい──ただその一方で、不安極まりない。
主に、体力的な意味で。
行きがけに『見えるだけで伯爵邸の三倍はある』と思った侯爵邸……しかも『わざわざ時間を割いてくれた』フェル様のご案内だ。
途中で挫折など、許されない。
私の猫が『当然だにゃー!』『淑女の矜恃だにゃー!!』と言っている。
食後に休憩をとり、いざ出発……の前にフェル様は
「侯爵邸は広いが、安心してくれ」
と言うと、ニック卿に指示をし、あるものを持ってこさせた。
「フェル様……これは?!」
なんということでしょう……!
──それは、車椅子。
『祖母が使用していた』というそれは、美しく磨かれており、新品同様の輝き。
稼働部は入念に手入れを行ったらしく、安全性もバッチリ。椅子の細かな装飾部分まで磨きに磨かれており、それはまさに元侯爵夫人の名に恥じない風格。
椅子としての座り心地にも配慮し、身体の沈み込みを計算してクッションを用意するなど要所に感じられる、匠の気遣い。
「君の為に用意をした」
「まあ……!」
私の為に……!
嬉しい!
好き!!!!
ごちゃごちゃ考えるタイプの私だが、『なんかもうどうでもいいや』という気分になってしまった。
……多分、疲れていたのだ。
「さあ、侯爵邸内ご案内ツアーと参ろうか」
「はい!」
──結果、寝落ちした。
しかも、大分早い段階で。
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