婚約者に逃げられました。

砂臥 環

文字の大きさ
19 / 25
侯爵家での生活

フェルナンド視点⑦

しおりを挟む

 少し案内し、図書室まで来ると……ティアは眠ってしまっていた。

 図書室の管理をしているネスト女史は「あらあら」と微笑ましくティアを見たあと、メイドに声を掛けクッションを用意させた。女史は手際よく、彼女に気付かれないよう足と顎の間にクッションを挟む。

「……助かる」
「ティアレット様は、おみ足が?」
「いや、だが病弱でね」
「まあ、それで。 お優しいこと……ふふ、ティアレット様も安心なさっているご様子ですね」

 あどけない寝顔。
 女史の言葉とそれに、幸せな気持ちになる。
 疲れているのだとしても、少し気を許して貰えた気がして。

 寒くないとは思うが、上着を脱いでそっと被せておいた。寝顔が他の誰かに見られるのは嫌だ。

(案内の続きはいつでもいい)

 むしろ誘う口実ができた。
 そう思い、なるべく振動を与えぬように、このまま彼女の部屋まで運ぼうと思ったのだが、なんとなく、離れ難い。

 そう思ったのを察したのか、ネスト女史は「よくおやすみですので」とメイドにお茶の指示を出し、図書室内の応接室サロンでゆっくりするよう勧めてくれた。




 図書室は本の劣化を防ぐ為に本棚のある側に窓はない。
 このサロンは、読書好きだった祖母が読書スペースの一部を隣の空室と繋げて広げ、日当たりの良い応接室に改築させたものだ。 
 ここで仲の良い読書友達と茶会を開いていたのを、俺も幼いころ何度か目にしている。

 暖かい陽が注ぐ部屋で、すやすやと寝息を立てるティアが目を覚ますのをのんびりと待ちながら、ふと祖母のことを思う。


 祖母との思い出は、ほぼ図書室とこの部屋にある。

 じっとしていられない気質の子供だった俺は、足の悪い祖母には上手く合わせられなかったし、祖母も俺を持て余していたようだった。
 それでも俺の好みそうな冒険譚を勧めてくれたりとそれなりに可愛がってくれ、俺も感想を話したりと、仲は決して悪くなかった。

 俺も祖母は嫌いではなかったし嫌われてはいなかったと思うが、祖母は聡明な兄をことのほか可愛がっていた。

 兄との態度の差は俺のコンプレックスを刺激し、少し育つとあまりここには赴かなくなってしまった。

 そして、12の時に騎士になると決意した俺は、王都へと出る。
 正騎士になるまで領地ここには戻らないと決めていた俺が、祖母と再会したのは彼女自身の葬儀の時だった。


(もっと戻って、話せば良かったな……)

 誰に対しても、振り返れば後悔は尽きない。
 特に亡き人に対しては。

 兄への子供じみたコンプレックスは未だ消えないが、祖母に関することは時間のせいか、少しだけ俯瞰で見れる。

 俺を持て余していた部分は確かにあったのだろう。
 だが、兄と差をつけて可愛がっていたのは、俺がグレタに懐いていたからだったのではないだろうか。

 グレタは当時、俺と兄の世話役。
 ただでさえ年下でじっとしていられない俺を優先しなければならなかっただけでなく、早々に騎士であったグレタにねだって剣技の真似事を教えて貰っていた。
 少し歳を重ねると、兄へのコンプレックスから益々熱中するようになった。

 みっつ年上とはいえ、兄も子供だ。そんな兄の幼い時代に、甘える相手を奪ってしまっていた気がする。

(聞き分けのいい兄の我慢をわかっていたのは、祖母だけだったのかもしれない)

 できるだけ、後悔はしたくない。
 兄とも早いうちに、互いに話す機会を設けるべきだろうが……




 ──そんなことを考えていた時だった。

「!」

 ごく小さい足音に気付き、あたりを見回してから耳を澄ます。

(……なんだ、この音は)

 それは不審なものだった。
 足音だとはわかるが、明らかに廊下や部屋を歩くのとは音質が違っている。

 不審な足音はまだ遠く、徐々に近付いてくる。
 生憎今、帯剣をしていない。武器になるものに目星を付けつつ、態勢を整えながら音の出処を探す。

 一番使いやすそうな武器の代わりと、音の出処は同じ場所にあった。

 それは暖炉──暖炉の上に飾られた、物語の勇者が使っていた聖剣をイメージして作られた模造イミテーションソードを、そっと手に取り息を潜める。
 この暖炉も聖剣同様、物語に出てくる暖炉をイメージしたイミテーションで、使用出来ない筈だ。

(……隠し扉?)

 改築時に、祖母が指示していたのか。
 抜け道があるとして──いや、今それはいい。
 ティアが寝ている……今は彼女に気付かれて怖がらせないよう、素早く捕縛するのみ。

 幸い不審者と思しき足音はひとつだけだ。

 相手に気取られないよう少し移動し、暖炉の横へと身体をつけた。

「……よいしょっと」

 呑気にそう言いつつ、小さな隠し扉から出てきた不審者に切っ先を突き付ける。

「ひっ」と軽い悲鳴をあげ、あまりにも無防備に上体を倒した男に「騒ぐな」と一言告げた。
 油断は命取りだが、どう考えても素人以下の男の動きには、反撃どころか抵抗の意思すら見られない。

 隠し扉の向こうはすぐ、梯子はしごのようだ。

 登るよう男に指示をすると素直に従い、早々に両手を上げて降伏の意を伝えてきた。
 念の為捕縛しようとすると、相手は顔を上げてこう言った。

「──……待て待て、フェルナンド。 流石にそれはないんじゃないか?」



 それは兄、ルルーシュであった。



「兄さん──……」

 話し合う機会は超速で訪れたが──


「ちょ……ちょっと待って! 今都合が悪いから!!(小声)」
「えっ、あの」
「それじゃ、また!(小声)」


 ──超速で追い返した。



 話し合う気はあるが、ティアに会わせる気はない。
 まだ、今のところは。

(なにをしに来たんだ……)

 ついこの間まで嫡男で、祖母と仲の良かった兄しか知らない抜け道があっても驚く程のことではないが、兄が戻ってきたこと自体に驚き……嫌な想像をすることを止められなかった。

 兄のことは今だって大事に思っているし、家を継ぐことに拘りはない。

(もし『戻ってきたい』と言ったら……)

 ティアはきっと、喜ぶに違いない。
 ──俺はどうすべきだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして

東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。 破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

旦那様、本当によろしいのですか?【完結】

翔千
恋愛
ロロビア王国、アークライド公爵家の娘ロザリア・ミラ・アークライドは夫のファーガスと結婚し、順風満帆の結婚生活・・・・・とは言い難い生活を送って来た。 なかなか子供を授かれず、夫はいつしかロザリアにに無関心なり、義母には子供が授からないことを責められていた。 そんな毎日をロザリアは笑顔で受け流していた。そんな、ある日、 「今日から愛しのサンドラがこの屋敷に住むから、お前は出て行け」 突然夫にそう告げられた。 夫の隣には豊満ボディの美人さんと嘲るように笑う義母。 理由も理不尽。だが、ロザリアは、 「旦那様、本当によろしいのですか?」 そういつもの微笑みを浮かべていた。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

拗れた恋の行方

音爽(ネソウ)
恋愛
どうしてあの人はワザと絡んで意地悪をするの? 理解できない子爵令嬢のナリレットは幼少期から悩んでいた。 大切にしていた亡き祖母の髪飾りを隠され、ボロボロにされて……。 彼女は次第に恨むようになっていく。 隣に住む男爵家の次男グランはナリレットに焦がれていた。 しかし、素直になれないまま今日もナリレットに意地悪をするのだった。

私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。 婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。 これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。 愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。 毎日20時30分に投稿

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳 ロミオ王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

処理中です...