婚約者に逃げられました。

砂臥 環

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侯爵家での生活

色気の欠片もない寝間着が悪いのか

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 色気の欠片もない寝間着の安心感からか、思っていたより緊張はせずにいる。
 フェル様はまだお仕事中らしく、戻られていないそうだ。

 物理的接触云々と言っていたが、色気の欠片もない寝間着でもわかるように、なんだかんだ言ってもユミルは私側の人間である。
 当然、無理に先に進ませる気などない。
「丁度三ヶ月ですし、くれぐれも誤解を受けないように、話し合いのていでお伝えします」と言ってくれている。

 結局のところ『悩みは相手に聞け』ということなのだろう。
 ……からかわれてる気もちょっとしないでもないが。




 距離感が大分近くなり、話すことにいちいち緊張はしなくなった今……物理的接触云々は置いといて、とりあえずふたりきりで話をしてみたいのは事実だ。

 人がいない場なら、本音が出るかもしれない。 
 自分の気付かない、自分の本音も含めて。

 なので最初は動揺したものの、特に抵抗はしなかった。
 部屋に慣れてくると、見られる心配がないことと、色気の欠片もない寝間着の安心感からソファにだらしない格好で寝そべるぐらい。

 色気の欠片もない寝間着の安心感が半端ない。
 これは今後も着用したいが、油断してだらしない姿を方々に見られそうなので、危険だ。

 どれくらいの時間待つことになるのかわからないので「編み物をしたい」と言ったのだが、ユミルはそれを許さなかった。
 曰く、「お嬢様は考えるのが嫌になると、作業的な物に集中する癖があるようなので」とのこと。

 言われてみれば確かにその傾向はある。
 そして実際、手元になにもないと、色々なことを考えざるを得なかった──

 筈 だ っ た 。




 ──コンコン。

「──はっ!?」

 控え目なノック音は、私の部屋と逆の扉から。

 考えているうちに寝こけていた。
 色気の欠片もない寝間着の安心感からソファにだらしない格好で寝そべっていたのが不味かった。

 色気の欠片もない寝間着の安心感、恐るべし。

「んんっ……入っても良いだろうか」
「……ッ!」

 フェル様の声が一回咳をした割になかなか上擦っていて、途端に緊張した。

(意識されている!)

 緊張感など忘れて寝こけていたが……そういえばここはふたりの寝室である。
 寝間着に色気が皆無だろうと、着ているのは寝間着。

 侍女侍従は扉を挟んで向こう側……

(……急激に心許ない!)

 なのにこちとら寝起きである。
 口許に締りがないのか、やっぱりヨダレも垂れていた。
 素早くそれを拭いキチンと座り直し、手ぐしで髪を直す中、急激に高鳴る心音。

「ははははいっ!」

 ……めちゃくちゃ噛んだ。

 フェル様は以前と違い、ナイトガウンの下に寝間着を着ていたものの、以前と同様、湯浴みはされてきたご様子。
 寝間着を着ていてもやはり色気が凄い。

 私はただでさえツルペタストーンで色気などないというのに、色気の欠片もない寝間着姿の挙句、すっぴんでしかも寝起きの顔を晒さねばならなかった。

 地獄か。(※後半は自業自得)




 そんな色気マシマシのフェル様だったが意外に平静であり、「待たせて申し訳ない」と私に謝罪する。

(……あら?)

 なんだかやけにスマートである。

「なにか飲み物を持ってこさせよう。 話し合いとはいえ……こうしてふたりきり。 あまり緊張するようなら、弱めの酒でも」

 やはりスマートに寝室への意識を当てられ、しかも微妙に距離を置かれて配慮された。
 なんだか浮き足立ってオロオロした自分が恥ずかしい。

(色気の欠片もない寝間着のせいかしら……それとも……)

 やはり彼からの好意はそういうものではないのかもしれない──と急に不安になってきた。

「……フェル様のお好きな方で」
「うん? ……わかった」

 不安と気恥しさから、可愛くない返事で返してしまう。
 扉の方へ行き、サミュエルさんに指示をするとようやくソファに腰をおろした。

 寝室の使用は当然ふたりだけ。ソファ自体は大きいが、一脚しかなく必然的に隣。
 だが、微妙な距離。ひと一人分空いている。

「…………」
「…………」

 妙な沈黙が続く。
 最ッ高に気まずい。

 多分私も彼も『とりあえずサミュエル(さん)早く来てェ~』と思っている。
 せめて飲み物が欲しい。間がキツい。

(──ええい、もう思い切って!)

「あの、フェル様はなにかお悩みがあるのでは? 私にはなにかお力になれることはありませんか?」

 遠回しに尋ねると気まずい空気のまま、実のない会話を延々し続けてしまいそうなので、一気に言った。

「いや…………」

 私の言葉に戸惑い気味のフェル様は、暫し瞠目したあとに目を逸らし逡巡するも、柔らかく微笑みかける。

「……君が心配するようなことではない」

 しかし、それはただの苦笑に見えた。


 なんだか色々ショックだった。


 タイミングよく扉が叩かれた為、再度席を立ったフェル様は、酒と茶の両方と軽食の載ったワゴンを引きながら戻ってきた。

「君こそ心配ごとはないか?」
「フェル様が心配されるようなことはありません」

 悔しかった私は、フェル様と同じ言葉を笑顔で返す。
 フェル様はやはり苦笑を浮かべつつ、手ずからお茶の準備をし出す。
 代わる気にもなれず、ただ不貞腐れながらそれを眺めていた。

 なんだか上手くいかない。
 とても無駄に時間を割かせている。

「慣れない環境で辛いのではないか? 至らない点が多くてすまない」
「いえ……」

 謝らせてしまったことへの申し訳なさと、
 謝ってほしい訳では無い、という憤りに似たやるせなさに声が詰まる。

(違う、こんなために時間を割いて貰ったわけじゃない)

 ちょっとだけ期待していた甘い空気もなければ、実のある会話もない。
 むしろどんどん空気が重くなり、お茶と時間だけが減っていく。ポットのお湯は冷めてしまった。

 妙に冷静なフェル様が許せない。

 色気の欠片もない寝間着が悪いのか。
 それとも私がツルペタストーンだから悪いのか。
 脱いだらわかるかもしれないが、絶対脱ぎたくない。

 悩みはあるくせに、拒否したフェル様が許せない。

 しかし私も拒否してしまった。
 それをきっかけに話を繋げるチャンスを自ら手放した。

 胸のモヤモヤとしたものにいい言葉は出てこず、また、感情を爆発させるだけの勢いも出ない。
 だからといってこれ以上無駄に引き延ばす訳にもいかない。

「──フェル様!」

 ここで私は思い切った行動に出た。

「ゲームを致しましょう!!」
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