21 / 25
侯爵家での生活
フェルナンド視点⑧
しおりを挟む図書室で兄と出会した後。
その場ですぐ追い返してしまったものの、兄は自身の部屋にいた。
追い出す予定ではなく、兄は勝手に消えた。
どういう理由でかはともかく、戻ってくるのを見越して部屋はそのままの状態で維持されていた。
「まさか隠し通路から戻るとは思わなかったが……ニックはこのことを?」
「いや、知らないよ。 父と母すら知らない。 アレは私とお祖母様だけの秘密だ」
兄の部屋は元々祖母が使用していた部屋で、兄が14の時に譲ってくれたらしい。勿論理由は隠し通路だ。
悪戯心から作ったものなので、図書室、元・祖母の部屋、外へと続く出入口の三箇所にしか行けないそう。
外部出入口は目立たないところにあり、しかもいずれも鍵のついた三つの扉で構成されている上、三つ目は隠し扉だと言う。
このおふざけで不審者が入って来ては困る、という配慮のようだ。
「このことで君には後で会うつもりだったが、まさか図書室で会うとは思わなかった」
そう笑い、兄は俺に鍵を渡した。
「どこに続いてるかは確かめてみたらいい。 私は少し図書室に用事があるのだが……もう表から行った方がいいかな? 勝手に出て行った身としては、あまり目立ちたくないんだが」
「……兄さん、戻ってはこないのですか?」
兄は妙にあどけない顔で瞠目すると、破顔一笑。
こんな風に笑う人だったか?とこちらも驚く。
「なにを情けない顔をしているんだ? ……ああフェルナンド、やっぱり君は私の弟だなぁ」
「……!? 答えになってません!」
「大丈夫、君は上手くやっている!」
そう言って俺の肩をばしばしと叩く兄は、やはり変わった。
なんていうか、以前はもっと繊細な人だった。
『目立ちたくない』という兄に内心ホッとしつつ、それを口実に部屋に留まらせ、酒を酌み交わしながら色々話をした。
考えてみれば、初めてのことだった。
兄は自分のことになると、ほぼ全てのことに対しのらりくらりと躱していたが、ティアとのあれこれに対しては明確に否定した。
そしてティアの気持ちに対しても。
だがその根拠を求めると、『彼女を知ればそのうちわかる』と言って濁した後……
「でも君の見ているティアレット嬢は、もう私の知らない女性かもしれないな。 ただ、そうだとしたらそれは君が変えたんだ」
などと意味深なことを言い、最終的に「本人に確かめろ」と言われてしまった。
兄と会ってからスッキリした部分は確かにあったものの……その一方で、俺はまだティアに踏み込めずにいた。精神的にも、物理的にも。
少しずつ知っていく色々なこと。それは心地好く、生温い。
上手く行っている分、これ以上好きになるのが怖い。
……結局のところ、自分に自信がないのである。
ティアへの幻想じみた想いは生活を共にするうちに薄れていったが、代わりに気付いた部分はとても可愛らしく、愛おしい姿。
図書室でヨダレを垂らしながら眠った彼女の『違いますよ~、そこは笛ですにゃ~』という謎の寝言や、ヨダレを垂らしていたことを気付かれまいと必死になる姿。
夕餉の際にうたた寝し、フォークを落としたこと。
孤児院で子供に懐かれすぎて、鬼ごっこなどをいつまでも強要されたらしい。
その微笑ましい光景が目に浮かぶ。
社交は苦手と聞いていたが、そもそも人と対峙するのに緊張するタイプなのだと気付いたのは割と最近だ。
慣れない相手だと身分は関係なく、いつもより背筋を伸ばし、丁寧な所作になる。
とてもいじらしい。
そして、そんな彼女が目を自然に合わせてくれるようになったことに、喜びを隠せない。
向けられる好意がティアの努力によるものからでも、少しずつ受け入れて貰えている今……逆に『兄をどう思っているのか』などとは聞けなくなっていた。
「聞いたらいいじゃないですか」
ニックは呆れた顔で俺の切ない気持ちを一刀両断した。
「そんな簡単に……胸筋がズクンズクンするんだぞ!」
「その例え気持ち悪いからやめてください」
「例えではない!」
「いやっ、脱がなくていい!!」
「しかも緊張で下腿三頭筋が」
「捲るな捲るな!」
あの時兄が来たのは図書室で調べものをするためで、最終的にそれは新しい薬の開発に繋がった。次に来た時は、薬に使う薬草を育てるため、荘園を手に入れるのが目的だった。事業目的というより、薬草の生育上の問題らしい。
領としても有益だが着手したことはなく、まるっきり専門外。結局はなかなか大掛かりな事業になりそうな為、話し合いの末こちらに仕事が回ってくることになった。
婚姻まで三ヶ月、その準備もあるので大忙し……ティアにも仕事をある程度行って貰っているが、無理はさせられない。
終わりの見えない事務的仕事にニックと俺は疲弊しており、夕方になると少しばかりハイになる日が続いていた。
ニックは「男の足なんか見たくない」と言うが、俺だって見たくはない。
できればティアの足が見たい。
一度バルコニーで、寝間着姿の彼女を見てしまったことがある。本当に偶然で、ほんの僅かな時間の出来事。
あれは衝撃的だった。
何故あんな短い寝間着を着ているのか。
しかも似合う。最高にエロ可愛いが、誰かに見られたら大変だ。
「……殺すのは無理でも記憶を失わせるぐらいの処罰は」
「いきなり怖い! なんの話ですか?!」
「あし……いや、なんでもない」
「そもそもですね……ルルーシュ様への気持ちのある無しなど、どうでもいいのでは? ご自身がもっと近付けばよろしいでしょう」
「──」
確かにその通りではある。
だが、ティアもまだ俺の前で素を出そうとはしてくれない。
それが彼女の努力からだと理解しているだけに、なにをどうすれば心を開いて貰えるかがわからないのだ。
「物理的接触です」
「……!!??」
「初めての記憶というのは、鮮烈に残るものですから。 あっ、逆にコレ失敗するとヤバいやつですね、フェルナンド様には難しいか。 ハハハハ」
ニックの嫌味と乾いた笑いが響く。
「大体ふざけんなって話ですよ! フェルナンド様もルルーシュ様も愛だの恋だのガタガタ抜かしやがって!!」
そしてこちらが怒るより先にキレ出した。
「……ううっ……私こそ癒しが欲しい……」
最終的に泣き出す始末。……疲れているのだ。
「もうなんかスマン」
ニックが限界なので、兄には戻って貰うことにしよう──それを告げると一瞬目を輝かせたが、それをなかったかのように振る舞う。
「……私の力不足ですから! 出て行った方を気にする必要はありません!! 大体あの人が余計な仕事を」
「ニック! ……俺は大丈夫だ」
多分、ニックは俺を気にして言えなかったのだと思う。
彼は厳しいものの、俺の前で兄を褒めたり、兄と比べたりは決してしなかった。
「すまなかった……」
「いやっ、違います! クソッ……ああもう!!」
『これは涙じゃない、心の汗だ』というニックの男泣きに俺も、いよいよここまできたか、と涙を流す。
ふたり泣きながら仕事をしているところに、サミュエルが伝達にやってきた。平静を装っているが、若干引いている。
「我が主、婚約者様が『丁度三ヶ月、ふたりきりで今後のお話し合いがしたい』と……」
「!? ……
ふふふふ『ふたりきりで』……ッ?!」
「はい」
ふたりきりで!
ってことは当然……寝室!!
先程思い出したティアの寝間着姿が脳裏に蘇る。
別にやましい気持ちなど……ない!ちょっとしか!!
しかし美しいものが嫌いな人がいるか?!否!!
「 ──だが」
仕事は終わらない。
多分、深夜までかかる。
「……行ってください」
「ニック……」
「ただし……物理的接触とは言いません、なにかこう成果をあげてきてください! 今後の為にも!!」
「ニックゥゥゥ!!!」
俺とニックは抱き合った。
彼は騎士ではないがここは戦場……ふたりは今、戦友となった。
サミュエルは無表情のまま『湯の用意がありますので』と言ってそっと扉を閉める。
俺はキリのいいところまで仕事を終えると、ニックに十字を切って執務室を離れた。
ニックは「ばくはつしろ」と、涙を流しながらも笑顔で応えてくれた。
彼の犠牲は無駄にできない。
心置き無く兄を呼べるように、ティアとの仲を深めねばならない。
3
あなたにおすすめの小説
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
旦那様、本当によろしいのですか?【完結】
翔千
恋愛
ロロビア王国、アークライド公爵家の娘ロザリア・ミラ・アークライドは夫のファーガスと結婚し、順風満帆の結婚生活・・・・・とは言い難い生活を送って来た。
なかなか子供を授かれず、夫はいつしかロザリアにに無関心なり、義母には子供が授からないことを責められていた。
そんな毎日をロザリアは笑顔で受け流していた。そんな、ある日、
「今日から愛しのサンドラがこの屋敷に住むから、お前は出て行け」
突然夫にそう告げられた。
夫の隣には豊満ボディの美人さんと嘲るように笑う義母。
理由も理不尽。だが、ロザリアは、
「旦那様、本当によろしいのですか?」
そういつもの微笑みを浮かべていた。
拗れた恋の行方
音爽(ネソウ)
恋愛
どうしてあの人はワザと絡んで意地悪をするの?
理解できない子爵令嬢のナリレットは幼少期から悩んでいた。
大切にしていた亡き祖母の髪飾りを隠され、ボロボロにされて……。
彼女は次第に恨むようになっていく。
隣に住む男爵家の次男グランはナリレットに焦がれていた。
しかし、素直になれないまま今日もナリレットに意地悪をするのだった。
私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ
みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。
婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。
これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。
愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。
毎日20時30分に投稿
彼は亡国の令嬢を愛せない
黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。
ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。
※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。
※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。
1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。
尾道小町
恋愛
登場人物紹介
ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢
17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。
ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。
シェーン・ロングベルク公爵 25歳
結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。
ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳
優秀でシェーンに、こき使われている。
コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳
ヴィヴィアンの幼馴染み。
アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳
シェーンの元婚約者。
ルーク・ダルシュール侯爵25歳
嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。
ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。
ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。
この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。
ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳
ロミオ王太子殿下の婚約者。
ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳
私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。
一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。
正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる