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『黄金のリンゴ』とセーラのペンダント
しおりを挟む冬の谷で、冬の魔女の住むところになんとかたどりついたクリスは、ついに魔女に会うことができました。
魔女は氷でできた宮殿に住んでいました。キラキラとしていて、とても綺麗で……そして、とても寒いところです。
魔女は話どおり、言葉では言い表せないほど、とにかく美しいひとでした。
そして美しいけれど、とてつもない恐怖を感じます。
その冷たい瞳をずっと見つめ続けていたら、やがて氷の中に閉じ込められてしまうような、そんな気持ちになるのです。
クリスは気持ちを奮い立たせ、震える足や手に、ぐっと力を込めました。
「おねがいがあってきました。 大切な人を幸せにするために、どうかボクに『黄金のリンゴ』をください!」
魔女はクリスを小馬鹿にしている様で、氷でできた階段の上の、氷でできたきらびやかな椅子に座ったまま、クリスを冷たく見下ろしています。
「『黄金のリンゴ』なんて、どうしてわたしが持っているというの? 」
「持ってなくても、あなたは知っているはずです。 ボクがここにきたのも、きっと」
それを聞いて、魔女は少しだけ笑いました。
「そうね、知っているわ。 わたしはなんでも知っているのよ。 アナタが来たことも、アナタが来たわけも、最初から知っていたわ」
「会ってくれて、ありがとうございます」
「カン違いしないで、坊や。 会ったのは気が向いただけ。 持ってたとしてもアナタにはあげないわ。 アナタの幸せなんて、わたしには関係ないもの。 本当に人間っておろかね」
気まぐれなのは事実のようで、今度は機嫌を損ねたようです。
それでもクリスはあきらめません。
「どうしたら『黄金のリンゴ』をゆずってもらえますか?」
「本当に持っていないわ。 この宮殿よりずっと下……深い谷の底にあるのよ」
魔女はなぜか、『黄金のリンゴ』のありかを簡単に教えてくれました。
クリスは喜んで魔女にお礼を言い、すぐに谷底に向かう気でいましたが……
「待ちなさい」と、魔女はクリスを止めたのです。
魔女はすべてのことを知るわけではありませんが、知ろうと思ったことは、なんでも知っています。
もちろん、期限も知っていました。
そして、今からクリスが谷底へ向かっても、到底間に合わないことも。
「わたしが拾って来てあげてもいいわ。 すぐ、すむもの」
谷の底は、人間のクリスには降りるのも登るのも大変ですが、魔女には簡単に行き来できてしまいます。
魔女は続けて言いました。
「そのかわり、アナタのつけているペンダント、それをわたしにちょうだい」
クリスはビックリしました。
大事なペンダントです。くじけそうになって眺める時以外は、なくさないように、服の下につけているので見えるわけがありません。
魔女は『なんでも知っている』のです。
セーラのものだというのも知っているはずなのに……と、クリスは悔しさに、下唇を噛みました。
「これは……あげられません。 セーラの大事なもので、ボクのじゃありません」
「知ってるわ。 セーラはそれをあげても『ひどいわ』と、困ったように笑うだけだということも」
なんでも知っている魔女の言うとおり、クリスにも、そんなセーラの顔が、すぐに想像できました。
「……きっと、そうでしょうね」
ペンダントをあげれば、簡単に『黄金のリンゴ』が手に入ります。
ギリギリですが、期限に間に合うかもしれません。間に合わなくても少しだけなら、許してもらえるような気もします。
だって、『黄金のリンゴ』は国の宝だったのですもの。
答えは決まっています。
「でも、これはあげられません」
クリスは断りました。
クリスは、セーラの自分への想いは知りませんが、無事をいのって、大切なペンダントをあずけてくれたことぐらい、わかっているつもりです。
「教えてくださり、ありがとうございました」
そう魔女に頭を下げると、クリスは谷底に降りるつもりで、宮殿の出口へ歩を進めます。
魔女は明らかに不機嫌な様子で、椅子から立ち上がりました。
その瞬間、凍ってしまいそうな冷たい風がビュウっと吹いたかと思うと、クリスの身体を浮きあがらせます。
身体を包んだ風は、刺すように冷たく、ビリビリとした痛みが全身を覆いました。
身体の中がまるで、浮き上がってどこかに行ってしまうような、気持ちの悪さ。
とても目がまわります。
落下している、と気づくのに時間はかかりませんでした。
「馬鹿な子は嫌いよ」
ちぎれそうに痛む耳に、そばであざけるように、魔女の声が聞こえました。
『怖い』。そう思いました。
魔女を怒らせてしまったのです。
きっと自分は、目が回ってよくわからないまま、死んでしまうのだろう、クリスは真っ暗になって、ぼうっとしていく頭の中で、そう思いました。
(ああセーラ。 ペンダント、持って帰れないみたいだ。 ごめんな)
魔女にあげなくても、返せないなら同じです。
『黄金のリンゴ』だって、持って帰るころにはきっと、マリーには他にお婿さんが、見つかっているのでしょう。
だから魔女はクリスに『馬鹿な子』と、言ったのかもしれません。
「『黄金のリンゴ』がほしいなら────」
魔女の声が頭の中で響きます。
でもさいごの方は、クリスにはもう、よくわかりませんでした。
クリスが目をさますと、目に映ったのは、見たことのない、綺麗な天井でした。
「……ここは……?」
クリスは冬の谷にいたはずです。
それなのに、なぜか服は寝間着で、あたたかい布団にくるまれているではありませんか。
それに、寝間着も布団もサラサラしていて、天井と同じように、とても綺麗です。
夢なのかな、とも思いましたが、身体はとても痛くて……これが夢でないことと、冬の谷に行ったことが本当であることを、クリスに教えてくれています。
ここがどこだかは、すぐわかりました。
領主様のお屋敷です。
領主様とマリーがクリスが目覚めたことを知り、すぐに駆けつけてくれたからです。
ですが、なぜここにいるのかは、サッパリわかりません。
今クリスのまわりには、領主様とマリーと、数人の使用人がいて、夢からさめていないように不安げなクリスを、とりあえずソファに座らせました。
なにがおこったのかを知りたいクリスも、素直にそれに従います。
クリスのリュックには、『黄金のリンゴ』が入っていたそうで、領主様がそれをクリスに手渡しました。
『黄金のリンゴ』は話どおり、本当に美しいものでした。
黄金色に光る表面は、とてもツヤツヤしています。まわりの色を映し、黄金色がほかの色もぜんぶ、キラキラさせるのです。
まるでそれは、光がこぼれているよう。
クリスは驚きました。
『黄金のリンゴ』を手に入れた覚えはありません。見つけられませんでしたから。
「領主様、これはボクのものではありません……なにかのまちがいでは?」
「だがクリスくん、君のリュックに入っていたんだ」
クリスはリンゴを見つけられなかったのに、なんでリュックに入っていたのでしょう?
わからないことだらけです。
「どうしてボクはここにいるのでしょう? それにこの恰好は……」
そう言って、クリスは胸のあたりをさわって気づきました。
ペンダントが……ありません。
「ボクのつけていたペンダントは?! あれはセーラのものなんです! あの子のお母さんの形見で……」
その言葉に使用人たちは顔を見合わせました。
ぬれた服を着たクリスを着替えさせたのは、使用人たちです。
「ペンダントなんて、つけてませんでしたよ」
「えっ……」
いったいどういうことなのでしょう。
どうやらマリーと、娘から話を聞いた領主様だけは、なんとなくわかっているようです。
嬉しいけれど、喜んではいけないような……とても微妙な表情をしています。
とても嫌な予感がして、クリスの心臓はどくどくとなっています。のどがかわいて、声が出ません。
セーラが大人びて見えた、あの時のように。
そう、セーラの姿が見えないのです。
だれよりも、クリスを心配していたセーラです。彼女はここで働いているはずです。
セーラはクリスに「言うとおりにする」と、領主様も「セーラにはここで働いてもらう」と言ってくれていました。
なのに、どうしてセーラの姿はないのでしょう。
そして、ペンダントはなぜないのでしょう。
なんで、自分はここにいるのでしょう。
見つけてないはずの、『黄金のリンゴ』を持って。
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