黄金のリンゴは幸せを映す

砂臥 環

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クリスとマリー

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もう寒くないのに、凍ったように身体を固まらせたクリスがようやく出した声は、とても小さく、震えていました。

「セーラは……どこに……?」

領主様がそれに答えようとした、矢先のこと。
マリーが立ち上がり、クリスを睨みつけたのです。

「まず口にする、女性の名前がセーラなの? あなたには呆れた。 もう顔も見たくありません。 あなたと結婚はできないわ」

一息に、強い口調でそう言うと、まっすぐな美しい姿勢で、部屋を出ていってしまいました。

クリスはショックを受けるより、ただただビックリしましたが、それよりも今は、セーラのことが気がかりでマリーを追いかけません。

領主様は、なににかわからないため息をひとつついてから、なにがおこったかを話してくれました。



なんでも2日前、セーラの身体のまわりが突然光ったそうなのです。

あっという間に強く、大きくなった光は、セーラの身体をつつみこみ、いっしょにいたマリーは眩しくて目をつむってしまったほど。

その時間は、ほんの数秒でした。
ですが、マリーが目を開けた時には、もうセーラの姿はなく……

そこには、かわりにクリスが倒れていたのです。



「クリスくん、君はペンダントを持っていた、と言ったね? それは、魔術のかけられた道具だ」

人間は魔女のように魔法は使えません。
そのかわりこの国では、たくさんの人の様々さまざまな研究によって、魔法に似たものを使えるようになりました。それが『魔術』です。


魔術は、売られていますが、なんでもできるわけではないうえ、お値段も高額です。

また、魔術には危険がありました。
もし破られてしまうと、魔術をかけた『魔術師』と呼ばれる人に、返ってきてしまうのです。

だから売られている魔術は、使い切りのものばかりです。
一回使えば終わりなので、魔術師も安心ですもの。


クリスのかけていたはずのペンダントがないのは、そのせいに違いない、と領主様はおっしゃいます。

セーラがいなくなって、かわりにクリスがいたのです。
魔術が使われたのだろう、と思って調べると、街の裏手にある魔術師のお店で、セーラがペンダントを買っていたことが、すぐにわかりました。

すぐに、というのも、セーラがお給料が出たあとのお休みの日には、必ずそこに出かけていたためです。

魔術のかかった道具は高いので、貯めていたお金では足らず、セーラはお店の人におねがいして、支払いをわけてもらっていたのだそう。

だから、お店の魔術師も、セーラのことをよく覚えていました。


セーラが買ったのは『身代わりのペンダント』。

道具と契約をした人が、一度だけ、身につけている人の身代わりになってあげれるのです。


クリスも振り返ってみれば、思い当たることは、たくさんありました。

あんなに泣きわめいたのに、「3日待って」と言ったあとは別人のようで……
そのあとは、穏やかに、いつものように接してくれた、セーラ。

クリスが初めて目にした、形見の品。

形見の品にしたのは、きっとセーラの大事な品ならば、クリスが肌身離さず、なくさないように大切につけていてくれると、そう思ったのでしょう。



「そんな……」

クリスは真っ青になって、言葉をつまらせました。


クリスは魔女にペンダントをあげませんでした。
セーラの自分への想いは知りません。でもセーラが無事をいのって、大切なペンダントをあずけてくれたことぐらい、ちゃんとわかっているつもりだったから。


自分はなにもわかっていなかったのだ、と、クリスはようやく気づきました。
わかっているつもりになっていただけでした。

『馬鹿な子』という魔女の声が頭によぎります。

魔女はやっぱり、なにもかもわかっていたに違いないのです。 



セーラを探しに行く、とクリスは言いました。
領主様はクリスがそう言うだろうと思っていましたので、説得をしてやめさせようと考えていました。

ですが、そうはしませんでした。
マリーが『結婚しない』とハッキリ言ったからです。
なんでマリーがそう言ったか、領主様はなんとなく、わかる気がしました。

だからクリスには、マリーと会って、もう一度話をするように、と言いました。



セーラがいなくなったとき、マリーはすぐに、セーラがクリスのために、なにかしたのだと思いました。
光の中でセーラが微笑んでいたのを、眩しさに目をつむる前、マリーはハッキリと見たのです。

かわりに現れたクリスを見て、自分の想像が正しかったのだ、と確信しました。

クリスは2日間、死んだように眠っていましたが、お医者さまの診断によると「命にかかわることではなく、身体を回復させているだけ」だそう。そのあいだ、マリーは懸命に看病しました。

そして、たくさん考えました。
考えをとめることができなかった、と言ってもいいでしょう。

ボロボロになったクリスを見ていると、マリーの胸には、愛しさがこみ上げてきます。
そんなクリスの頭をなでると、背中をなでてくれたセーラが思い出され、苦しくなるのです。



マリーが元気になっても、ずっとセーラは優しいままでした。マリーは、セーラが大好きになっていました。

マリーはクリスが戻ってきたら、自分はどうするつもりなのかがわからなくなり、ずっと悩んでいました。

クリスは命がけで、冬の谷まで行って、『黄金のリンゴ』を探してくれています。
ですが、セーラの想いは、マリーよりもずっと……いいえ、きっと、クリスよりも強いのです。

一度だけ、マリーはセーラにたずねたことがあります。
「あなたは、自分の気持ちをクリスに伝えなくてもいいの?」、と。
セーラはゆっくりと首を横にふり、こう答えました。

「いいえ、マリー様。 伝えない方が、いいのです。 わたしはクリスの幸せを、望んでいるのですから」



クリスが、マリーと話しにお部屋にたずねてきました。領主様は『話せ』と言いましたが、クリスはお別れを告げるために、です。


マリーには嫌われてしまったようだ、とクリスは思っています。だからといって、自分の気持ちがなくなるわけではありません。マリーのことは大好きなままです。

ですが、セーラのことがなによりも大切だったと、クリスは気づいてしまいました。

きっと、マリーの気持ちがクリスにあったとしても、セーラを失っては幸せになれません。

その気持ちに名前をつける必要が、いったいどこにあるのでしょうか。


光の射し込む窓際に、マリーは立っていました。
背を向けたまま、こちらを見ようとはしません。

後ろ姿でも、やっぱりとても綺麗だな、とクリスは感じました。

「マリー様、あなたのことを想うと、ボクの胸はとても苦しくて、でもなんだかくすぐったくて。 あなたの笑顔を見ると、とても幸せな気持ちになったのです。 ……どうか、素敵なお婿さんと、幸せになってください」

そう言って、クリスは去り際に、『黄金のリンゴ』をテーブルに置きました。


クリスは夢のなかで、聞くことができなかったはずの、魔女の言葉を聞いていました。すぐには思い出せませんでしたが、セーラのことを聞いてから、なぜか急に思い出したのです。


「『黄金のリンゴ』がほしいなら、持っていけばいいわ。 もっとも、そんなものはすぐに、いらなくなるでしょうけど」


魔女の言うとおりでした。
おそらく魔女は、『黄金のリンゴ』になど、興味がないのです。

クリスにとって『黄金のリンゴ』はマリーへの想い、です。

想いはすぐに、なくなることはありません。
でも想いを受け取ってもらうことも、受け取ってほしいと思うことも、もうないのです。
想いは置いていけません。でも『黄金のリンゴ』は置いていけます。

『黄金のリンゴ』は価値のあるものですから、マリーの幸せな未来のために、使ってほしい。

そうクリスは思っています。



だけどマリーは、振り向いてテーブルの上の『黄金のリンゴ』をつかむと、それをクリスに乱暴におしつけたのです。

「いらないわ!」

マリーはとても怒っていました。
どうしてかわからず、クリスはオロオロしてしまいます。


以前、セーラに感じたクリスの面影は『死の覚悟も決めた、ゆるがない気持ち』だったのだ、と、マリーは思っています。

それはひたむきで、とても美しいもの。
マリーはそう思いましたし、今も、そう思っています。

でも今は、同時に『とても自分勝手だ』と、思わずにはいられません。

「こんなものをもらって、自分だけ幸せになれだなんて、いったいどうしたらいいの? セーラのしたことは、あなたと同じことよ。 あなたもセーラも自分勝手だわ!」

「マリー様……」

命をかけて、自分のためになにかをしてくれること。その気持ちは嬉しいですが、命はひとつしかないのです。

もし死んでしまったら、なにかをしてもらって残された側は、どんなにつらいでしょう。

「わたくしは、死ぬわけにはいかないし、夫となる方に、簡単に死んでもらっては困ります。 みんなのくらしを守るのよ。その役目を捨てるような気持ちなんて……ほしくないわ」

そう言って、マリーは『黄金のリンゴ』から手を離しました。

「あなたはあなたの幸せを。 これは、ふたりに」

クリスはなにも言えず、静かに頭を下げました。
そして、『黄金のリンゴ』をリュックに大事にしまうと、再び冬の谷へと向かっていきました。


クリスとセーラが幸せになるには、それぞれが生きて、幸せにならなければなりません。

それを、マリーに教えてもらった。
クリスはそう思っています。
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