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冬の魔女とふたり
しおりを挟む──街から少し離れたところに、小さなお家があります。
そこにはとても仲の良い兄妹が、ふたりで暮らしています。
妹は、女の子とは言えない年齢の、控え目で気の利く女性です。
可愛らしく、優しい人で、とてもよく働きますので、彼女をお嫁さんにもらいたい人は、あとをたちません。
ですが、いつもやんわりとお断りしてしまいます。
お兄さんは、妹を好きな相手から、大事にしてくれそうな人を選んでは、勧めてみるのですが、妹はかたくなに結婚しようとはしません。
「お兄さんが結婚してから」
いつも彼女は、そう言います。
いつもお兄さんは、苦笑いで、応えます。
セーラとクリスは同い年でしたが、お兄さんは妹と、5歳ほど年齢が離れています。
あれからもう、数年の月日が流れていました。
冬の谷に向かったクリスは、すぐに宮殿に辿りつき、魔女に会うことができました。
おそらく魔女は、クリスと会う気でいたのでしょう。
ですが、簡単に辿りついたわけではありません。クリスの身体は『黄金のリンゴ』を探しに行った時のように、元気ではありませんでしたから。
「そんな身体でまたきたの? 本当に馬鹿な子ね」
「セーラは! セーラは無事でいるのですか?!」
クリスはもう、魔女を恐ろしいとは感じません。セーラのことだけしか、考えられませんでしたから。
「どうして無事でいると思うの? アナタ、自分がどうなっていたか、忘れたの? それに、セーラはこんな寒いところに、ワンピースで来たのよ。 無事なわけないじゃない」
「そんな……」
クリスは冷たい氷の床の上に、呆然とたちすくみます。ですが、しばらくしてから、歩き出しました。
「どこへ行くの?」
わかっているのに、どうして聞くのだろう。そう思いながら、クリスは答えます。
「……セーラを、探しに」
クリスは谷底へと向かうつもりでいました。
そこにセーラがいてくれる、わずかな希望を胸に。
もしもセーラの亡骸があったら、どうせクリスは幸せにはなれませんし、なりたくなどありません。
たとえそのために、セーラがしてくれたことだとしても。
人にはいずれ、死がおとずれます。
だれかが死んだから、幸せになってはいけないなんてことは、ありません。
クリスは間違っているのかもしれません。でも、クリスにとっては、なにが正しいかなんて、もうどうでもいいことでした。
セーラがそこにいなければ、ずっと探すだけです。
マリーに自分勝手だ、と言われましたが、自分勝手でもかまいません。なによりも、自分のために、クリスはセーラを探すのですから。
歩き出したクリスに、魔女は言いました。
「無事とはいえないけれど、彼女は生きているわ」
「! 本当ですか?!」
「でも、氷の中にいるの。 生きたまま、眠っているわ。 わたしがやったのではないわよ。 冬の谷の底というのは、そういうところなだけ」
本当は、自分がそうなるはずだったクリスは、魔女に『自分とセーラを交代させてほしい』と、おねがいしようとしましたが、やめました。
セーラとかわったら、きっと今度は、セーラが今の自分になるだけ。
そんな気がしたのです。
「おねがいです。 どうか彼女とボクを、助けてください。 そのためにできることは、なんでもします」
クリスが命をかけても、セーラを助けられませんが、魔女ならできるに違いありません。
クリスが死んでしまったら、助かっても、セーラの心は死に……やがて、身体も死んでしまうのでしょうから。
「まあ、ワガママね」
魔女は呆れたようにそう言って、とても可笑しそうに笑います。
クリスは知りませんが、彼女がちゃんと笑うのは、とても珍しいことでした。
「いいわ、助けてあげる。 でも……そうね。 わたしが、もういい、と言うまで、ここで働いてもらおうかしら。 アナタはそれで助けてあげる。 セーラからはひとつ、彼女の大切なものをもらうわ」
「セーラの大切なもの?」
クリスは自分の条件よりも、セーラの条件が気になります。
なにを失ってしまうのか、とても心配です。
「心配しなくても、セーラはそれで死んだりしないわ。 わたしはなんでも知っているのよ。 それで彼女も、助けてあげる。 ひとりにひとつよ。 いいわね?」
いくら不安で心配でも、それよりいい選択肢など、クリスには思い浮かびませんでした。
そうして5年たち、魔女はクリスに「もういい」と言うと、セーラを氷の中から目覚めさせたのです。
そう、兄妹は、クリスとセーラ。
セーラはずっと、氷の中で眠っていたので、クリスは5年分、セーラより年上になったのです。
目覚めたセーラは、クリスのことだけが、わからなくなっていました。
魔女がもらった、セーラの大切なものは『自分との思い出』だったのだ、クリスはそう思いました。
クリスは泣きに、泣きました。
忘れられて悲しかったからではありません。
どこまでも大切に想われていたことに、胸が熱くなり、涙があふれてきたのです。
ペンダントのことだけではなく、日常のあらゆるところで、セーラはクリスに、たくさんのあたたかいものをくれていたのだと、あらためて感じました。
クリスはセーラに「ボクは君のお兄さんだよ」、と言いました。
クリスがマリーを好きになったことで、セーラはどれだけ傷つき、苦しんだことでしょう。
だけどもうセーラは、そのことを覚えてはいません。
なにも知らないセーラには、素敵な人と知り合って、恋をし、幸せになることができるのです。
クリスはもう、だれかを好きになることはないような気がしています。
セーラはもう、セーラでありながら、知らない女の子なのです。そこにかつてのセーラを重ねては、いけないと思いました。
セーラは大人になるにつれ、特になにかをしたわけでもなく、垢抜けていきました。
控え目なところは変わりませんが、街に出ると、自然とみんなの目を引きます。たくさんの男性が、セーラをデートに誘いました。
ですが、どんなに熱心に誘われても、セーラの気持ちは動きません。
セーラはまた、クリスを好きになっていたのですから。
セーラは、クリスを好きなことに、とても悩んでいました。お兄さんだと思っているのだもの、仕方のないことです。
だから、クリスがだれかを好きになり、結婚したら、あきらめようと思っています。
クリスはそんなセーラの気持ちに、うすうす気がついていましたし、それを嬉しいと思う、自分の気持ちにも、気づいていました。
ですが、どうしていいのかわかりませんでした。
「馬鹿な子ね」という、魔女の言葉だけが、今も思い出されます。
『黄金のリンゴ』は壁にかけられた旅のリュックの中に、今もしまったままです。
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