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黄金のリンゴは幸せを映す
しおりを挟むある冬のことでした。
セーラがお買い物のために街に出ると、号外の新聞が配られていましたので、セーラもそれをもらいました。
そこには素敵なニュースが載っていたのです。
家に帰ると、セーラはその記事を持って、嬉しそうにクリスの元へ行きます。
「お兄さん、領主様のところに、子供ができたそうよ!」
「そうか……それは良かったなぁ」
マリーはあのあとすぐ、領主様の勧める相手と婚約をしました。
マリーの気持ちもすぐには変わりませんでしたが、勧められた相手のひとりが、とても真面目で優しく、働き者だったので、その人と結婚することにしました。
……なんだかクリスというよりも、セーラに似ていますね。
結婚をすると決めたマリーでしたが、相手はマリーの気持ちを大事に思い、「まずは充分な、婚約期間をもうけましょう」と言ってくれたのです。
クリスにとって、マリーのことは、今では素敵な思い出です。
マリーが幸せなニュースは、いつも、春風のように、クリスの心をやわらかくなでてくれます。
時間は色々なことを、思い出に変えていきます。
ですが、かつてのセーラとの思い出が色あせることはなく、今のセーラとの思い出ばかりが、増えていきました。
それは時に、重い雪のように、クリスの心を見えなくするのです。
マリーの、懐妊のニュースが書かれた新聞を見て、クリスはマリーが『黄金のリンゴ』を持たせてくれたことを、思い出しました。
『あなたはあなたの幸せを。 これはふたりに』
頭の中によみがえるあの時のマリーの声に、クリスの目からは涙がひとしずく、ポロリとこぼれました。
セーラはビックリして、オロオロと「どうしたの?」と聞きました。
「……セーラ、君の幸せは?」
クリスはセーラの質問には答えず、そうたずねます。
クリスの幸せは、セーラの幸せ。
セーラが変わっても、それは変わりません。
なのにまた、勝手に決めてしまおうとしていたのです。
クリスがなにを思って泣いて、こんな質問をしたのかなんて、セーラにはわかりません。
だから、自分の気持ちのとおりに、答えるだけです。
「わたしの幸せは、お兄さんが幸せになることよ」
その答えに涙をあふれさせながら、クリスはセーラを抱きしめました。
セーラは、ドキドキしながら戸惑いました。
なんで抱きしめられたのか、わかりませんが、抱きしめ返しても、いいのでしょうか。
大好きだけど、お兄さんなのです。
困って、きらわれてしまわないでしょうか。
その時です。
急にリュックの中の『黄金のリンゴ』が光り、部屋の中に冷たい風が、ビュウッと吹いたのです。
光の中で、キラキラと氷の粒が舞って、溶けていきました。
『馬鹿な子ね。いいこと? ……』
冬の魔女の声が、聞こえます。
それは、クリスを小馬鹿にしながらも、どこか優しい声で、よく聞き取れませんが、なにかを言っています。
ですが、セーラの声に、クリスは気持ちを持っていかれてしまいました。
「クリス」
セーラが名前を呼んだのです。
クリスのことを「お兄さん」と呼んでいた、セーラが。
「思い出したわ。 わたし、全部思い出したのよ……」
それは、とても不安げな、か細い声でした。
セーラは不安でたまりませんでした。
思い出したら、今のセーラじゃなくなってしまいます。そんな自分でも、クリスは受け入れてくれるのでしょうか。
だって、クリスは「お兄さん」だと、わざわざ嘘を、ついたのですもの。
だって、クリスはかつて、自分を妹のように、思っていたのですもの。
「セーラ」
クリスは泣きながら、セーラをもう一度、強く抱きしめました。
「ボクの幸せは、君の幸せなんだ」
ずっといっしょにいてください、とクリスは言いました。
セーラは言葉が出てきませんでしたが、かわりにギュッとクリスを抱きしめて返したのです。
魔女は、セーラの大切な『クリスとの思い出』を、もらったりなどしていませんでした。
冬の谷の底は、なにもかもを凍らせます。
身代わりになって、谷底に落ちる途中で、セーラの心の一部も、凍ってしまったのです。
魔女はなんでもできるようですが、できないこともあるし、わからないこともあります。
ただそれが、人間よりもずっと、少ないだけ。
魔女には、セーラの身体を戻せても、凍りついた心までは戻せませんでした。
なんで魔女が嘘をついたのか。
それは魔女にしかわかりませんが、おそらく理由のひとつは、『黄金のリンゴ』の力を見たかったからだと思います。
『黄金のリンゴ』は魔女も知らないほどの、魔術のかかった道具です。
『黄金のリンゴ』は持ち主を、自分で選びます。それまでは、ただの綺麗な、輝くリンゴでしかありません。
持ち主に、クリスを選んだことは、魔女にもわかりました。
そして、クリスが今、この時に、『黄金のリンゴ』の魔術を発動させることも。
魔女はそれを見たかっただけ。
少なくとも彼女自身は、そう言うに、違いありません。
『黄金のリンゴ』にかけられた魔術は、いったい、なんだったのでしょうね?
もちろん魔女は知っていますが、それを聞いても、きっと、「馬鹿な子ね」という答えしか、返ってこないと思いますよ。
☆おしまい☆
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