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第二話
しおりを挟む子爵令嬢であるジェリーがひとり、離れに住むようになったのは、母が死に、義母と義妹がやってきてからのこと。
ベケット子爵である父、エイルマーは愛妻家で有名だった。
しかし周囲の予想に反し、妻の早逝に悲しみ喪に服した後の再婚は早かった。
後妻のグラディスは父の弟トニーの妻だった女で、ジェリーにとっては叔母でもある。
彼女はベケット兄弟と幼馴染みだった。
母の死後半年、叔父が亡くなったことでふたりは結ばれたのだ。
ふたりは元々幼馴染みで、気心も知れている。
互いに伴侶を喪った者同士、支えあったことで愛が生まれたというなら、そこまで不自然な話ではないだろう。
だがそれだけでなく、エイルマーは再婚後、娘を蔑ろにしだしたのだ。
ただし、ジェリーが離れへ追いやられた直接的な原因はこれではない。
伴侶を亡くした貴族にはよくある、類縁での再婚──とはいえ、母の死はまだしも叔父の死のタイミングがあまりに不自然だ、と不審に思ったジェリーは、叔父が亡くなった経緯を調べようとした。
なにぶん子供のすることだ。
大した調査ができたわけでもなく、叔父の死の真相については全くわからなかったが……
「そんなにグラディスが気に入らないならもういい! お前はこっちで暮らせ!」
そのことに気付いた父は激昂し、ジェリーを乱暴に引き摺り本邸から追い出した。
ジェリーがしたことは、ただでさえ蔑ろにされ出したところに『後妻に疑いを持って動いた』という、家族から排除するのに決定的な理由を与えてしまっただけだった。
もっともいくつかの事実はこの直後、義母がこっそりと教えてくれた。
そしてそれは、全くジェリーが想像もしていなかったこと。
父エイルマーと叔母であり義母グラディスは、母と叔父の生前から不貞を働いていたのだ。
「ふふ。 殺してなんかないわよ、私も彼も死んだふたりを愛していたもの。 ただの不幸な偶然。 ああでも、マドリンは貴女の本当の妹かもしれないわね?」
義母は笑っていた。
互いに平穏な家庭を大事にする一方、火遊びとして刺激を楽しんでいたのだ、と悪びれることなく告げて。
ジェリーは戦慄した。
亡き母ジャネットは、美しい女性だった。
美丈夫のエイルマーに熱心に口説かれて結婚したのだ、と生前よく話してくれていた。
母は元々伯爵令嬢だったが、それにより伯爵家からは縁を切られたという。
だからこそ、まるでロマンス小説のようだと憧れた。
政略的な思惑などなにもなく、父は母そのものを欲したのだから。
実際、伯爵家には劣るのかもしれないが、母も自分も不自由することは一切なく、それなりに貴族家らしい華やかで幸せな生活を送っていた。
父は母を頻繁に褒め、愛を囁き、贈り物をしていた。
病床に伏せった後も、献身的だった。
母の様子に影で一喜一憂していた。
死後暫くは、憔悴した様子も見せていた。
義母の言うことの全てを信じる気はないが──きっと父は、本当に母を愛してはいたのだろう。
愛と欲は別だっただけで。
そして娘である自分への愛は、母へのそれとは違い、欲よりも遥かに下だっただけで。
義母が嘲笑と共に、自分に告げても問題がない程に。
それは、12の頃。
あまりのことに気持ちが悪くて嘔吐した、離れに移された最初の夜。ジェリーは吐瀉物と涙と嗚咽と共に、無垢だった子供時代を終えた。
明るく少し勝気で、それ以上に愛嬌のあった少女は、淑女教育で教わった以上に表情を出さなくなっていった。
ただ、家族の輪からは外されたものの、ジェリーが粗末には扱われることはなかった。
エイルマーの外面の良さに加え、ジェリーに幼い頃から婚約者がいた為である。
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