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第八話
しおりを挟む「お嬢様、旦那様が『今夜は本邸で食事をするように』と」
「……わかったわ」
重い身体を引き摺るように家に戻ると、侍女にそう言われた。
話をされる為に呼ばれたのも、それがいい話ではないのも、その内容も。もう予想がつきすぎていて、ジェリーの心を乱すに至らない。
ダイニングルームでは、ベケット子爵家の三人が空々しい暖かさを醸して待ち受けていて、食前酒が運ばれると同時に父が口を開いた。
「ジェリー、お前とモーガンの婚約はなくなったよ。 彼とはマドリンと婚約してもらうことになったから」
その声は妙に優しい。
自分の父だというのに、全く理解できない人だったと冷めた気持ちで思いながら、予想というより最早予定調和のように言葉を聞き、返事をする。
「……そうですか」
ただ、それでも泣きそうにはなった。
きっとマドリンが思っているものとは違うけれど、その表情に義妹は満足したようだった。
後は惰性で進んだ。
さも言いそうな、義母の取り繕った言い回しの当て擦りと、義妹のやや直接的な嘲りと自慢。普段より豪華な味のない食事。
(…………さっき彼はなんて言ったのかしら)
そんなものより、聞き取れなかったウォーレンの呟きの方が、余程気になった。
「それでジェリー、お前はどうしたい?」
食事のメインからやや遅れて、話の方もメインに入る。
全く理解できない父だが、決めさせる体で決まったことを押し付ける、こういう小狡さは理解していた。
「モーガンは優しい男だ。 マドリンを選ぶと決めてからもずっと、お前の悪口は一切口にしなかった。 けれど」
「ふふっ、モーガン様はだからこそ信じられる方よね!」
待ちきれなかったらしくマドリンが割って入り、不要な補足しながら先を続ける。
「お優しいけれど、優先順位は間違えないの。 『一番大切なのは君だから』って! ……ねえお義姉様、彼『いくら離れとはいえ、元婚約者のジェリーが一緒に住むのはよくない』って言ってくださるのよ、私の為に」
遮られた父がコホンとひとつ、わざとらしく咳をし、ジェリーに向き直る。
だが、もう茶番に付き合う気はなく、先に口を開く。
「──出ていきます。 除籍してください。 学園も……もういいです。 どこかの男性と駆け落ちでもしたことにすればいい」
除籍に加え、あと一年以上残る学園の退学を願い出たのには驚いたようだったが、父は最後の一言の都合の良さに承諾し、義妹はショックのあまり、やけになったのだと解釈したらしい。
ふたりとも止める素振りだけ見せると、すぐ『ジェリーが決めたのなら』と、こちらを尊重するフリで賛成した。
義母だけは反対し、結婚を勧めてきたけれど。
おそらく、ジェリーをどこぞの金持ちにでも嫁がせようと考えていたのだろう。それには『ただでさえ詮索されてもおかしくないマドリンの結婚に醜聞を加える気か』と返して黙らせた。
婚約白紙化の書類、退学届、除籍届。
その全てに目を通しサインをした二日後、ジェリーは最低限の荷物の中に少しずつ換金できそうな宝飾品を忍ばせ、ひっそりと家を出た。
ある意味、思い通りだ。
望み通りではないにせよ。
父はそれなりのお金を渡してくれた。
食事の時と同様に耳障りのいい取り繕った言葉からは、逆に少しの後ろめたさすら感じられなかった。要約するとただ頼って戻られても困るから、というだけのこと。
それでも有難くはあるので、丁重に礼を言い受け取った。
一応は家族だった人達の言葉はなにも響かなかったが、このお金だけは重く響いた。
憎み嫌悪したところで、今までの自分の何不自由ない生活は、こうやって父が出したお金で保たれていたのだ。
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