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第九話
しおりを挟むモーガンから貰ったペンダントを服の下に着け、彼の字で書かれた住所へ向かうべく汽車に乗る。車窓から見えていた王都の街はどんどん遠ざかり、あっという間に視界から消えてしまった。
着いた先は、港より少し手前のそれなりに栄えた町。住所は駅から近く、線路に対し放射状に広がる繁華街の中にある、中規模の雑貨店。
モーガンの名を出すべきなのか、ウォーレンの名を出すべきなのか。その判断に困り、店先で入るのを迷っていると、壮年の上品な女性が店から出てきて声を掛けてきた。
「失礼ですが、お嬢様。 ジェリーさんでらっしゃいます?」
「! え、ええ、あの……」
「ああ~! ようやく来てくれたのね、待ってたわ!」
「えっ」
何故か大歓迎され、困惑しながらも手を引かれるまま進む。煌びやかな小物がひしめく、古い屋敷の一室のように設えた店内を素通りし、階段を上った三階。そこは雑貨店の事務所だった。
女性はこの建物のオーナーであり店主で、クラリッサ・ハーゲンという名。
今はクレイトン家の商会から、委託販売とその管理を任されているのだとか。
なんでもこの店の取り扱う商品は、いくつかの目的別になっており、その事務処理が非常に面倒臭いのだそう。
元々人員を派遣してもらうことになっていたが、それより先に事務を任せていた女性が私情により引っ越しせざるを得ず、辞めることになってしまったらしい。
「区分けは任せられても、ちょっと複雑な計算や文書作成となるとねぇ……どうしてもこの近辺の人だと難しくて。 喫緊の文書だけは流石に私がどうにかしてるけど」
「──」
すっかり溜め込んだ、と言うだけあり、処理別に積まれた書類はちょっとした山になっていた。
ジェリーは諸々の──主に勤務条件についての──説明を受けながら、四階に宛てがわれた私室に案内された。
その後は、食事洗濯、掃除について。
『元貴族令嬢で無知だから配慮して欲しい』と頼まれているようだ。
「……じゃあ、困ったことがあったらなんでも言って頂戴ね!」
「あ、あの」
「なぁに?」
「私をここに紹介?してくれたのは……」
「あら、ルークラフトさんよ? ファーストネームはたしかオーガスタス、だったかしら」
「──」
まさかの、知らない名前。
委託先がクライトン家の商会であることから不安は別にないけれど、疑問は増えた。
慣れないことばかりの日々は目まぐるしい早さで過ぎていき、単純に物凄く忙しくはあったけれど、新鮮でそう悪くないものだった。
ジェリーは仕事が早く正確で頼りにはされたものの、度々部屋に仕事を持ち込み際限なく仕事をしたり食事を摂り忘れたりする為、周囲からよく怒られた。
また、あまりの生活能力のなさに、呆れられたりもした。
「家から出るってことを甘く見積もっていたと実感したわ……」
「まあそうなるよね。 裕福な貴族のお嬢様が教わるのは、精々針と糸の使い方くらいなものだし、当然の帰結さ。 でもそのお陰で皆とも仲良くなれたんだろ?」
「……まぁね」
当初、優秀な新入りで、明らかに場違いな美しいお嬢様に萎縮しがちだった周囲も、彼女の懸命さとポンコツさにあれこれ世話を焼くようになり、割とすぐ仲良くなった。
学園で『氷の姫君』となどと呼ばれていたのが、まるで嘘だったかのように。
「感謝はしているけれど、なにもかもお見通しみたいで腹立たしいわ。 貴方……ウォーレン・クレイトン。 それともオーガスタス・ルークラフトと呼んだ方がいいかしら?」
「ははっ、どちらでも?」
ジェリーが家を出て三ヶ月程経ち、この街での生活にも慣れた頃。
ひょっこり現れたウォーレンは、こちらでは『オーガスタス・ルークラフト』という名で通っていた。
「いや折角だし、『ウォーレン』にしてよ。 僕ももう『ベケット嬢』とは呼べないわけだしね、ジェリー」
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