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第十一話
しおりを挟む──13の誕生日のことは、今でも鮮明に思い出せる。
ひっそりとした子爵邸の離れの庭。
ふたりだけの、いつもより少し豪華なお茶会程度のガーデンパーティー。
モーガンの金の髪のような細かい細工に、ジェリーの瞳の色を模したガーネットのペンダント。
遠慮がちに手を取ったモーガンが『平気? 気持ち悪くない?』と尋ねたこと。
騎士が姫にでもするように、跪いて誓ってくれた言葉。
輝いて見えた、彼の真剣な眼差し──
その時の、背中が凍りつくような気持ち。
ジェリーは確かに、モーガンを好きだった。
ずっと昔から今も、それは変わっていない。
とても大切な相手。
だがどうしてもわからなかった。
自分が一番恐れているのはなにかが。
怖いのは、モーガンがいなくなることなのか。
それとも──生活の保証を齎す婚約者がいなくなることなのか。
いずれにせよ、彼に縋り利用することにほかならない。
嫌悪と罪悪感を抱きながらも『家を継げないかもしれない』という不利な言葉を出すことはなく保身の為に隠した。
それはあまりに小狡くて醜悪。
自身もまた、父や義母のように気持ちの悪い生物だったのだ──と、あの時ジェリーは気付いてしまった。
信じられないのは、あの時のモーガンでも彼の誓いでもない。
自分自身だ。
できることは、信じることくらいしかないのに。
信用ならない人間の『信じる』という言葉に、どれ程の価値があるのだろう。
ましてや、課してのことなど。
──それでも。
「……私もそう思う」
ジェリーは同意して苦笑した。
「「それでも」」
何故か重なる、ふたりの言葉。
互いに顔を見合わせて譲り合い、笑顔のウォーレンが丁寧且つ強引に促すのに負けたジェリーの方が、先に話すことになった。
「それでも……私は、もし戻っても同じことをするような気がするわ」
元々、馬鹿なことをしているとわかってやっていたのだ。当然何度も葛藤はしたけれど、他者との交流という意味のあることと秤に掛けても、結局そうしていた。
そこに不安や焦燥感は勿論、打算もあっただろうが、それだけじゃないとジェリーはもうわかっていた。
「もしかして貴方の言葉も同じ?」
「いや? そういう風には考えたこともなかったねぇ。 だって人生は巻き戻らないし、非合理的だろ」
「な成程……」
確かにそう。
……だけどなんだかちょっと引いた。
いきなり親しげに話し掛けてきた、彼と初めて会話した日のことを思い出す。
「『それでも』に僕が続けようとしたのはさ、『君は間違ってない』ってこと。 まあ、馬鹿だなとはやっぱり思うけど」
「ええ……?」
「僕は君のこと『なんか借金に追われてる人みたいだな』って思ってたんだけど」
「ええ??」
「まずね、前提として。 正しい答えなんて、未来にしかないんだよ」
「……」
「ただ、考えられる範囲での最適解っていうのはある。 でも『考えられる範囲』っていうのは『想定できる未来』であって、人によって違う。 今目の前のことに必死で、余裕のない人が考えられることなんかたかがしれてる。 そんな状況で未来なんて想像できないだろ? 視野が狭い状態で、見える選択肢から選ぶしかなくなる。 だから馬鹿な選択をしがち……別に君のことを言ってるワケじゃない。 人って案外弱いし脆いんだよ」
ウォーレンの言うことはいちいちもっともだった。
腑に落ちたどころか、ジェリーにはまるで自分そのもののように思えるくらいに。
「だから君の選択が馬鹿でもそれは仕方ないことだし、それがたとえ手近な選択でしかなかったとしても君は精一杯自分のできることをしてた。その結果僕は『氷の姫君』に興味を抱いたし、君の身に付けたものは今ここで役に立ってる。 ね? 君は間違ってないだろ。 ただ思ってたようにはいかなかっただけさ」
また淀みのない弁舌で、感情を乗せずに滔々と語る様は、それがとても客観的な事実であることを強く感じさせ、非常に説得力があった。
しかし──
(なんだか……この人詐欺師みたいだわ。 いえ、新興宗教の教祖っぽくもあるわね)
それはそれとして、ジェリーはこう思った。
内容についてより、そういう部分が気になったというか。
次第に、さも『自分の言っていることこそが正しい』と言わんばかりの口振りがなんだか鼻についてきて、自分のしたことを肯定してくれたのにもかかわらず、ジェリーはあんまり感動しなかったのである。
ウォーレンの方も、特にこちらを慰めているとか、そういう感じでもないので、別にいいのだろうけれど。
「……なんだか聞きたいことがいくつも出てきたわ」
「へえ、なに? 聞きたいなぁ」
興味深々という表情をこちらに向けながらも、彼は「でもちょっと長くいすぎたから、今回はひとつだけね?」と悪戯っぽく言う。
やはり食えない男だ。
「そうね……じゃあ、ウォーレン?」
「なんだい?」
ジェリーは少し考えて、まずこれを聞くことにした。
「貴方、本当はいくつなの?」
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