ジェリー・ベケットは愛を信じられない

砂臥 環

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第十五話

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「おお、凄いね。 細部は違うけどかなり近いよ。 でも聞いちゃって良かったの?」


今まで頑なな程に何も聞こうとしなかったけれど、数年越しで結局はモーガンとの関係をウォーレンに尋ねることになった。


「いいのよ。 私が彼に聞きたいことは、もうそこに含まれていないもの。 それに、今なら私が知っても余計な障害にはならないわ」


語った全体の予想は前置きに過ぎず、粗方合ってさえいれば細かく知る必要もない。

知りたいのはモーガンのこと。

彼自身に聞きたいのは動機や心情だったのだとわかった今、躊躇はない。


「ははっ、随分逞しくなったよねぇ」

「……貴方は変わらないわね」


それはもう恐ろしい程、という続きをなんとなく伏せて、ウォーレンの話を待つ。


「君があの頃言った通りだよ。 僕は僕の必要なことしか知らなかった。 別に僕は王家やクレイトンの為に動いていたワケでもなくて、自分のモノ……この商会の為に動いてたんだ。 その中で彼との利害が一致した」

「随分曖昧な物言いをするのね?」


ウォーレンはその言葉に不満気に返す。


「だって君、僕らの間の……というか僕の細かい事情なんて興味ないだろ。 ご存知の通りお喋りは嫌いじゃないんで、そのへんを語らせたら長いよ? 君が聞きたいことへの答えになるべく速やかに到達するようにしてあげてるんだけど?」

「ご配慮有難く受け取りましょう」

「……アッサリ言われるとそれはそれでなんか腹立つなぁ。 あっ、なにカーヤ、笑ってない?」

「いえ」


ふたりのやり取りを聞いていたカーヤは、そう振られるといつもの無表情でキリッと答えたが、それより少し前に俯いてプルプルしていたのをジェリーも見た。


「私のことはお気になさらず、続きをどうぞ」


ジェリーとウォーレンのやり取りは、度々カーヤの笑いのツボを刺激するらしい。

どこが面白いのかよくわからないけれど、彼女がクールキャラを自分に課しているようであることは、ジェリーもなんとなくわかっている。 



──『火災で死亡』した人間を鑑みれば、あれは実質的な『一族郎党処刑』と考えるのが妥当。国家反逆罪かそれに準ずる犯罪への刑罰。

となるとやはり隣国絡みなのは間違いなく、両国の現状を鑑みた隣国との関係上、罪を表沙汰にせずなあなあに終わらすのがいい、という結論になったのだろう。


「そこまでわかってるなら当然予想がついてるだろうけど、彼が君を遠ざけて最終的に家から追い出したのは、君を逃がす為だ」


ジェリーがそれを確信したのは勿論、この国に来てから結構後のこと。


なにかしら理由があるとは思ったが、当時はそれが心変わりであってもおかしくない、という気持ちの方が強かった。


別にモーガンがマドリンに心を移したとか、ベケット子爵家が欲しかったとかは、あまり思ったことはない。

それよりも、ジェリー自身や自分にした誓いが、彼の負担になっている気がしていたから。


避けられていたのも、その方が納得できた。


「上の許可は得たけれど、別に総意ではなかったんだろうね。 それが問題となった時の後始末や叱責も含め、全て自己責任だった。 だから彼は許される最低限の情報で僕と個人的に取引をしてる。 まあ……持ち掛けたというか、餌を垂らしたのは僕だけど」


彼はいつだって会えば優しかった。

多分父が言っていたように、他者からジェリーの悪口が出てもそれには乗らなかったし、言わなかったのだろう。


「それだよ。 いくら最低限であり僕がクレイトン家の人間だからと言って、あんな生真面目な彼がわざわざ職務上の秘密を話してまで僕個人に協力を要請したのは、その方が都合が良かったからだけじゃない。 彼が上手く自分の役どころに徹し、速やかに君を排除することができなかったからさ。 以前『君は間違ってない』と言ったけど、当時の君の想像も割と合ってたっていうね」

「……」


モーガンは排除できるような行動を取れずにウォーレンに頼む自分を、狡くて卑怯だと思っていたようだ。

それでもジェリーに心無い言葉を掛けたり、彼女の悪口や陰口を言ったり同調することは、どうしてもできなかったそう。


「馬鹿だなって思ったけど、お陰で君という優秀な人材を手に入れることができたワケだ。 ……まあ、ぶっちゃけ蓋を開けてみた『氷の姫君』は思春期の虚勢であり不器用な努力をしてただけの女の子だったから、君に期待してたのは機械的処理能力だけだった。 まあ損にはならないな、とも思ったから既に得ではあったんだけど、ハーゲン夫人のところでの活躍は嬉しい誤算だったね」


当初、モーガンには『使えない』と判断した時の別の方法と対価を提示して納得して貰い、ウォーレンはそれありきで取引を決めたようだ。

彼は早めに行動していたものの、モーガンが決断し接触してくるのは遅く、お陰で計画は結構ギリギリだったらしい。


「結果としては数年後になった粛清だけど、情勢の変化により命令が下る可能性はあった。 この国の王が倒れたという情報が入った時には流石に焦ってさ。 彼にベケット子爵への婚約者の挿げ替えの打診をさせると共に、先に船券を購入して君に渡した」


付属のメモは保護候補地だった中からモーガンに選んで貰い、彼に書かせたそう。


あの時のウォーレンの『彼と話せ』は、既に決まっていても他にいくつか選択肢を作ることで選んだ気にさせるという、ありがちな手法の変化形。

ジェリーがモーガンの字に気付くことと、話さないことを見越し、不安を煽り葛藤させたところで、希望の糸を垂らし誘導したのだ。


「多少意地悪だったけど、メモに指示された場所に行く確率をできるだけ上げたかったから」


悪びれる様子などまるでないウォーレンに、ジェリーは少し呆れてこう言った。


「……やっぱり貴方って、詐欺師みたいだわ」

「やっぱりってなに?」

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