曇天フルスイング

砂臥 環

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深井 清良④

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「「「お前もかよ!!!!?」」」

に、会場が沸く。

岸田に続いたかたちなので、先程より大爆笑だ。

──だが、こちとら真剣極まりない。

バットを長く持つ。
あからさまな長打狙い。

(煽るだけ煽ってやる……!)

岸田は器用だ。ストレート、スライダー、カーブ、チェンジアップと球種を4種も持つ。だがコントロールが危ういチェンジアップは、この場面では使えない。実質3種と思っていいだろう。
彼は変化球を混ぜて打者を揺さぶるタイプのピッチャーだが、決め球はやはりストレート。

狙うはストレート。
バッティングセンターばかりの私が打てるとしたら、それしかない。

肩慣らしに変化球を打つ。ライン外、下方向一択。──挑発も兼ねて。

「ファール!」

流石進学校だけあって、キャッチャーに私の計画なんてバレているのだろう。変化球が続く。
だが岸田も疲弊している今、当てるだけなら関係ない。

「ファール!」

伊達に毎日素振りをアホ程してる訳じゃないのだ。そしてこちらは元気いっぱいで、目も身体も絶好調。

──ストレートを寄越せ。

岸田はいいピッチャーだ。

だからこそ、女にここまで勝負を挑まれては、だ。

「ファール!」

球審の声に、イラついた様子でマウンドを慣らし、右手で握った球をミットに入れる。

…………首を振った!

キャッチャーの指示否定。

(くる……ストレート!!)

手元でバットをスライドさせ、短くする。

管楽器の音。
ギャラリーの声。

『清良は器用だよなぁ』

脳内に、いつかの平生の声。

(──最初はなっからホームランなんて)
  

狙うかよ!!!!


──キィン!
──うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

歓声の中、走る。

の打球だが……手が痺れている。

(振り遅れた……っ)

抜けなかった。
宮部が二塁で刺され、1アウト一塁。
軽く舌打ちし、「クソっ」と呟く。
悔しい。

だが、まだ1アウトだ。
奇しくもさっきに状況が似ている。
──平生までもたせたい。

リスクを承知で塁から大きく離れる。
ただでさえ最終回のプレッシャーがある上、嵌められたことにそれなりにショックは受けてる筈だ……圧をかける。




『次の攻撃は、2番、ファースト高原くん。 バッターは、高原くん』

揺さぶりが効いているようで、岸田のコントロールは安定しない。

「タイム!」

球審の声。
必死なのは向こうも同じだ。

待っている間、ファーストに話し掛けられた。

「深井先輩、まだ野球やってたんすね」
「知ってんの? 私のこと」
「あのころ県北で少年野球やってた奴らは、多分皆。 先輩、有名だったんで」
「へえ…………」
「今、ちょっと感動してます」
「じゃあ盗塁さしてよ」
「冗談でしょ」

こういうとき、案外くだらないやり取りをしているもんなのだ。
それも懐かしかったが……浸っている場合ではない。
 
タイムは30秒しかない。
キャッチャーが皆に声をかけた。

「みんなー! 頼んだぞー!! 最後まで楽しもうぜ!」
「「「おぉおぉぉ!!」」」

……いいチームだ。
でも負けたくない。

「ストライク! バッターアウト」

ノーストライクツーボールから、岸田は立ち直った。次のバッターのアナウンス。
ニノだ。
大きく塁から離れる。

頭に過る先程の「今、ちょっと感動してます」という台詞。悔しいが、私もだ。
……でも、だからこそ。

──牽制球にスライディングで一塁へ戻る。
今は盗塁を本気で狙っている訳では無いが、隙あらば行く気概を見せないと、圧にはならない。

それに、ニノはパワーバッターじゃないが器用なバッター。
左中間への内野安打を狙っていく筈。
ツーアウトで後がなく、刺される訳にはいかない。リードは大事だ。

しかし、ここでキャッチャーは意外な行動に出た。

「!」

立ち上がり、キャッチャーミットを上に掲げる……



会場は大きく盛り上がった。

次の打席は平生……最後の勝負に華を持たせたのだ。




ツーアウト、一、二塁。延長はない。
この勝負で全てが決まる。

打席に入った平生は、当然の様にをやった。
岸田、私に続いての、予告ホームラン。

 ──うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

巻き起こる歓声。
だがもう、笑いはない。

淀みなくモーションに入る岸田も、牽制球の気配はない。内野も含めて。最後の勝負だけに集中させる気なのだ。

(……全く青臭い)

だがそれに水を差す気は流石になく、私自身盗塁する気はもうなかった。

だがリードだけはしておく。脚には自信があるが、所詮は女子だ。ふたりの勝負に異論はないが──どう転んでも、負ける気などはないから。

おそらくそれもわかって黙認されている。
本当に、どこまでも青臭い。

──キィン!

打球を確認することなく、走る。
三塁コーチャーの2年生が大きく腕を回す。

「回れ!!」

捕手キャッチャーが立ち上がっている。視界の端に、球。
右から回り込むかたちで、ホームへ滑り込んだ。

(……間に合え!!)


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