曇天フルスイング

砂臥 環

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一ノ瀬 秋穂⑤

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「……アウト! ゲームセット!!」

「「!!」」

深井先輩と、明星学園捕手、笹形くんが同時に息を飲むのが、ベンチからでもわかった。

──うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

歓声の中、先に立ち上がった笹形くんが、先輩に手を差し出す。
だがそれを取ろうとするより先に、先輩も彼も、駆け寄った双方のナインに揉みくちゃにされた。

「ヤベェェエエ工!! 滅茶苦茶シビレました!! あの予告ホームラン!」
「からの! 左中間狙いへのバットの切り替え!!」
「良くやったよ! うん、お前は良くやった!!」
「…………」

深井先輩への称賛の声。
それに、嘘はない。
──でも、

暫く呆然としていた深井先輩は、俯き、「ごめん」と小さく一言だけ発した。

皆、一気に泣いた。
私も、泣いた。

ウチのチームで泣いていないのは、4人だけ。
佐伯先輩、二宮先輩、深井先輩……それに、高原くん。




二宮先輩に促されて、整列をする。

 「「「ありがとうございました!!」」」

両チームに惜しみない拍手が送られた。ギャラリーにも泣いてる人が沢山いる。
終了のアナウンス。そして通常ならグラウンド整備だが……

その前に、佐伯先輩によるマイクパフォーマンスが行われた。

「え~、ゴホン」

ナインだけでなく、ギャラリーも泣く中……佐伯先輩だけはずっと笑顔。
些か芝居がかった感じで咳払いをして、話し始めた。

内容は、両校と審判、協力してくれた人、来てくれた人への感謝から始まり……次に今後も明星学園との交流試合を続けていきたい旨。

そして──

もう、ウチのナインは大号泣だった。

だがやはり、泣いていない人はいる。
主将高原くん、前主将二宮先輩。

高原くんは審判にお礼を渡していて、二宮先輩は明星学園へ挨拶しに行っていた。──彼らにはやることがあるのだ。
それを見て私も、涙を拭いながら明星学園の吹奏楽部にお礼を言いに行き、その次はウチの吹奏楽部へ。
その度労われ、また泣かされてしまったのだが。

グラウンド整備には深井先輩は参加せず、知らぬ間にどこかに消えてしまっていた。




──『深井先輩をゲームに参加させよう』。
これは畑くんの発案だった。

全てのわだかまりが消える訳では無いが、先輩らは誰も悪くなく……また、誰も誰かを責めてはいない。

責めているとしたら、それぞれが自分自身に。
そして皆、野球を愛している。

最初は高原くんが「最後のゲームを台無しにしたくない」と少し反対したが、畑くんが「あの人は今も現役だ」と説得をした。
私もバッティングセンターで深井先輩の凄さを見ている。結局は全員その発案に賛成し、企画を急ピッチで詰めた。

周囲に協力を仰ぎ──二宮先輩には、当日深井先輩が来たのを確認してから話した。
先輩は「馬鹿だなぁ」と呆れつつ、笑っていた。

最後まで知らなかったのは、佐伯先輩と深井先輩本人だけだ。




吹奏楽部への挨拶を終えた私は、協力してくれた智香先輩と他校のお二人にもお礼を言いに行った。

「清良は? グラ整にいなくない?」
「それが、いつの間にか消えてて……」
「部室じゃん、着替えあるし」
「ほっとけよ。 ……泣き顔を見られるの、死ぬ程嫌ってタイプだぞ?」

そうかもしれない……でも、

「……少し見てきます。 部室、この後ナインも戻るんで」

3人に会釈をして、私は部室へ走った。

(部室にいたとして……怒ってくれるならいいけど、泣いてたら? でも……皆に見られたら余計に嫌だろうし……ああもう、とにかく急がなきゃ)

──部室の扉は閉まっていた。
深井先輩は中にいるようだ。
軽くノックをし、声を掛ける。

「……深井先輩?」
「もう出る」

不機嫌そうな先輩の声に、安堵した。
どうやら泣いてはいない。

自分は散々泣いてたクセに、虫のいい話なのだが……泣いていたら、どう声を掛けていいかわからない。

扉が開き、着替えた先輩はジロリとこちらを見た。改めて深井先輩の身長が高いのを感じ、少し身構える。

「一ノ瀬さん」
「はい!」
「スパイク、誰の?」
「え……と、あ、宮部先輩の予備です」

先輩の下駄箱を調べたら、足のサイズは26cm……同サイズの宮部先輩の予備をお借りした。

「ユニフォームは?」
「アレは、部の予備で……っ深井先輩の、です!!」

即席だったので、背番号はなく……話し合った結果、マーカーで『0』と手書きしたのだ。

だから、ユニフォームは間違いなく深井先輩の。
深井先輩の為の背番号だから。

深井先輩は少し驚いたようで、長い前髪の間から覗く瞳を大きくする。その視線は悩んだように宙をさまよってから、私に向けられた。

暫く黙っていた先輩が、ゆっくりと口を開く。

「──要らない」

いつものハスキーヴォイス。
その言葉に涙がポロッと落ち、慌てて拭った。

結局私のしたことは、自己満足に過ぎなかった──そう思った私の斜め上から、深井先輩の笑いを含んだ声。

「もらっても退

顔を上げると、深井先輩は笑っていた。

「あげる、ちょっと汚したけど。 ……背番号『0』とか、それっぽいじゃん」
「先輩……」

私はまた泣いてしまって、止まらなかった。
先輩はそういうのに慣れてないのかオロオロし出して、私は泣きながら笑ってしまった。

「おお、かっけえなぁ」

扉の前にはいつの間にか二宮先輩が立っていて、からかうように深井先輩に言う。深井先輩は少し恥ずかしそうに「うるせーよ」と言って、二宮先輩を軽く蹴る素振りをした。

「深井先輩!」
「やった、まだいたー!」

グラウンド整備を終えた皆も先輩に気付き、走ってきた。




──それからは、なんかわちゃわちゃした。

「帰る」という深井先輩は皆に囲まれて帰れず、その間に智香先輩らも来て交ざったり……

観覧してた近所の方のご好意で、両チーム分以上のソフトドリンクとハンバーガーの差し入れがあったり。
貰うだけ貰って、その近所の方がどなたかを、ちゃんと把握してなかったり!

「──近所の方!? どこ!?」
「すぐ帰ったよ」
「名前聞いてないの?!」
「毎回来てる人」
「……ええ!? ちゃんと聞いてよ、そこは!!」

ため息混じりに二宮先輩が言う。

「落ち着け、一ノ瀬。 ……後で生徒会が記入してもらった名簿と照らし合わせよう……」

片付けは大体終えていたが、もう泣いている余裕はなかった。

ギャラリーも大方、はけた時間。
あてがった空き教室から、着替えを終えて出てきた明星学園の生徒達と共に、観覧用にブルーシートを敷いていた部分で、差し入れを頂くことになった。

──その許可や明星学園への声掛けなどの諸々も、私と高原くんと二宮先輩が請け負った。そこにムードとか余韻とか、そういうのが入る余地は皆無。

私は改めて、マニュアルに付け加えるべきことを考えつつ、その周知の必要性を感じていた。




明星学園の生徒が帰り、全ての片付けが終わった後──
整列した私達は、向かいの先輩達に向けてこれまでのお礼を言った。少し離れたところで、バツの悪そうな顔をしている深井先輩を無理矢理3年生の列に立たせて。

深井先輩がいたからこそ、おそらく佐伯先輩は……そしてそんな佐伯先輩がいたからこそ、3年生は野球部にここまで力を尽くしたのだろうから。

更に、それも終わった後。

「──一ノ瀬、」

帰ろうとした私を、佐伯先輩が呼び止めた。

「送るよ」
「!」

周囲を見ると、皆、素知らぬフリをしている。物凄く不自然に。
……おそらく誰かが気を回したに違いない。
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