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一ノ瀬 秋穂⑥
しおりを挟む心臓がバクバクいうのを隠して、平気な素振りで佐伯先輩と並んで歩いた。
先輩はいつも通りで、ニコニコ(本人はヘラヘラと言う)している。
(誰だよ気を回したの……)
嬉しいが……複雑な気持ちだ。
佐伯先輩もとうに私の気持ちなんかわかっているだろうが、それがどういった類のモノかには、確信がないに違いない。
普段私は他の先輩と同じ様に接しているし、単に憧れているだけと思われていても仕方ないと思う。
佐伯先輩はモテるし、誰にでも優しい。
だから引退を機に告白してしまえ、ということなのだろうが……私はそんなことするつもりはなかった。
先輩はモテて誰にでも優しいが、誰とも今までお付き合いしなかった。
近くで接するようになってわかったのだが、それは野球も女の子も両立できるほどには器用ではないからだと思う。
これから先は、進路のことがある。引退しても部にも顔を出したいだろうし、余計なことで煩わせたくはない。
それに──正直、怖い。
やっぱり先輩は、深井先輩が特別な気がするから。
「──しかし、岸田にはウケたわぁ~」
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、佐伯先輩は岸田さんの話を蒸し返した。
岸田さんは簡易打ち上げ的になったラストで、深井先輩に熱烈に告白した。
私には野球の技術的なことはよくわからないが、深井先輩のやったことは結構凄いことらしい。
深井先輩は滅茶苦茶引いていたが、無理矢理LINEの交換と『バッティングセンターで勝負』という、デートなんだかなんなんだかよくわからない約束を取り付けさせられている。
「……佐伯先輩はいいんですか?」
「いいもなにも。 うーん……嬉しい、かな?」
「…………」
おそらくそれは本音だ。
だが岸田さんと深井先輩の関係について、ではない。
深井先輩が、大っぴらに野球に携わることについて。
佐伯先輩が私の気持ちをハッキリとわからないのと同じで、私もまた、先輩の深井先輩に対する気持ちはハッキリわからない。
ただやはり佐伯先輩にとって、深井先輩は特別なのだと思う。
「……先輩は、進学するんですよね?」
「うん、建築士になりたくて」
「え」
「ドームを作りたいんだ、この市に」
「ドームを……」
「ここ、土地はあるからね。 でも野球できるとこって、あんまないし……」
そう言って、空を見上げる。
曇天の、空を。
(ああ……だからドームを……)
先輩はこちらを向いて「恥ずかしいから、ナイショにして」と可愛く言う。
私は上手く笑えなくて、へ、と口元を歪め、俯いて「はい」とだけ答えた。
「──ありがとう、清良のこと」
不意をついて、お礼を言われる。
アスファルトに向けられた私の視界に、黒い円が見える。とうとう雨が降ってきて、雨足はあっという間に強くなった。
だが私は感謝していた。
これで顔が上げられる。
泣いてしまっても、きっともうわからない。
「一ノ瀬、走ろう」
「もうここでいいです。 それより、先輩」
「ん?」
「私……」
──好きです。
「……頑張りますから。 先輩が作った部で」
「一ノ瀬」
「できたら、ドームに招待してくださいね!」
上手く笑えていただろうか。
そう言って走った。
ただ、気持ちを飲み込んだ。
先輩の気持ちはわからない。でもきっと、私の踏み込めないところに深井先輩がいる。──そんな気がして。
……結局のところ、私は臆病なのだった。
「──つーかさぁ、なんでまだいるの……」
「だって、文化祭までは手芸部ですからぁ」
翌日も私は早朝、野球部の雑務をこなし、放課後は手芸部に行った。
そして泣きながら昨日の話をした。
勿論、文化祭云々は単なる口実である。
「大体なんでそんな話私にするワケぇ?! 頭おかしいのかよ!」
「だって佐伯先輩には聞けないもん! いいじゃないですか、清良先輩の気持ちを聞くくらい! 岸田さんとはどうなったんですか?!」
「名前呼びとか、馴れ馴れしいな!? どうもなってないし、平生と私は単なる幼馴染! ついでにニノも!!」
「そんなことないです! 私にはわかります!!」
「理不尽! ……何言っても無駄じゃねぇのコレ!?」
「無駄じゃないですゥ~」
実際、清良先輩に絡むことで、大分スッキリはした。私は清良先輩も好きだ。なんだかんだ構ってくれるし。二宮先輩と同じくツンデレで可愛い。
清良先輩は専門へ進むから受験はあまり関係ないと言うので、当面絡もうと思っている。
このあとバッティングセンターにも連れて行ってもらった。付き合わせた、の方が正しいかもしれないが。
「……なんか持ち方おかしい」
「え、そうですか?」
トスバッティングで指導を受ける。
ようやく当たるようになったので、これからは『当たったら先輩が合格する』とか、願掛けもしようと思う……と言うと清良先輩は「くだらねー」と笑っていた。
「……自分のことを願掛けしたら? 当たったら『平生と両想い』とか」
「いいんです、それは」
「あっそ」
「自分の道は……自分で切り開くのです!」
──キンッ!
当たった。しかも結構飛んだ。
「やったー!」
「おお、おめでと。 なんか掛けてたの?」
「当たったら『打てる』!」
「そりゃそうだろ……」
次の日、身体がガタガタになった。……まだアスリートへの道は遠く、険しい。
あれから1年生が数人入って、なんと野球部は11人になった。
井川くんが「サッカーもできるぜ!」と言うのに、皆してツッコんだのは記憶に新しい。
差し入れをしてくれた方は近所に住むおじいちゃまで、感謝のお手紙と粗品を届けたら感激して涙ぐまれた。
智香先輩と原西さんは、お付き合いしだしたようだ。
日々特別でもなく色々なことが起こり、過ぎていく。
先輩達の卒業までには、私ももっと打てるようになるだろう。
──卒業式には、きっと。
今よりももっと強い気持ちで。
曇天を吹き飛ばすような、フルスイングを、私も。
【了】
応援ありがとうございます!
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