元魔王はスカベンジャーの回収対象に入ってない!

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3.偲ぶ縁(よすが)

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 ぎょっとして何もできなかったジーノとは違い、グリニアが即座にレイに手巾を差し出して、涙を拭かせていた。育ちがいい人間はやはり違う。
 ジーノにできることといえばそっとしておいてやるくらいで、何か急いでいるわけでもないから、この後どうしたものか考えるくらいしかやることもない。
 ペンダントを見てセスカという名前が出てきたくらいだし、レイはセスカを知っている人間なのだろう。そうするとレイも千年前の人間ということになってわけがわからないが、今ここにいるのだから騒いでも仕方がない。レイの今後の身の振り方はレイが考えればいいことで、ジーノが何か口を出すことでもない。
 ジーノ自身はどうするかというと、ひとまず路銭を稼ぐことと、体を回復させること、住んでいた町に戻ることが目標だ。この辺りで死体漁りができるかどうか、魔物の強さ次第になるからまずは情報収集だろうか。

「……すまない、落ちついた」

 差し当たって宿代の返済も考えないと、とジーノがぼちぼち考え出した頃に、レイが静かに声を発した。一度手巾を広げて何かしらの魔法をかけ、丁寧にたたんでグリニアに返している。世の中には洗濯の魔法でもあるのだろうか。洗濯が魔法で済むなら便利なことこの上ない。

「ジーノ」

 他人事として考えていたところに声をかけられ、ジーノはあたふたとそちらを向いた。レイが元のきりりとした顔を取り戻して、すっと頭を下げてくる。

「礼を言う。あんたのおかげで、セスカは神の御許に帰ることができた」
「えっ、いや、俺は別に」

 ペンダントを外すために仕方なく、それも他人の力をあてにしてどうにかこうにか、セスカの望みを叶えただけであって。改めて礼を言われるほど、ジーノにはやり遂げた感慨も何もない。
 戸惑ってしどろもどろに返すジーノの前で、頭を上げたレイが言葉を続ける。

「それから、俺自身も救われた。感謝している」
「……はぁ……」
「俺は魔王の依代にされていたんだ。あんたとセスカが魔王を封印していなかったら、ロクトにそのまま殺されていた」

 全員がぎょっとしてレイに目を向けた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ、僕が君を……!?」
「あのままお前が俺を刺していれば、死んだだろう。さすがに」
「依代……それでは、魔王はまた復活する……?」
「このペンダントが魔物側の手に渡れば、可能性はある」

 今、魔王の魂にあたるものはセスカのペンダントに封印されている。だから新たな依代を探し、封印を解いた魔王の魂を宿すことができれば、復活させることは可能なはずだ。
 淡々としたレイの説明にロクトたちが息を吞み、ペンダントに複雑な視線を向ける。四方に広がる星の光を模したようなペンダントだが、繊細な彫刻が施されているわけでもなく、どこか素朴な印象さえ受けるような代物だ。とても、魔王が封印されている重大アイテムには見えない。

「……君が魔王の依代であったとして、それが本当なら……」

 理解を超える話に呆然としていたジーノの前で、理解できることが起きた。ロクトたちが、レイに向かって武器を構えたのだ。

「なっ、待て、おい……!」
「君が魔王の依代足り得る以上、そのペンダントを持たせておくわけにはいかないな」

 依代と、封印されているにしても魂がすぐ傍にあったとしたら、魔王の復活が容易になってしまう。

「お、おい!」

 ジーノは、自分はお人よしではないと思っていた。しかしこの状況は、どう見ても自分の身が可愛い人間がすることではない。
 武器を構えている四人組の前に、一人の男を庇って立つなんて、どうかしている。人生で初めてどころか、二回目なのがさらに驚きだ。

「ジーノ……?」
「このペンダントは、こいつにとって唯一のセスカの形見なんだぞ……!」

 普段は誰にも彼にも嫌な顔をされるスカベンジャーだが、そういう人間のもとをひっそり訪ねてくる人もいる。伴侶が、子どもが、あるいは友人が、町の外へ出て帰らなかったり、ダンジョンに行くと言って戻らなかったりした人々だ。
 亡骸はもう残っていないかもしれない。でもせめて、何か形見になるものを探してきてもらうことはできないか。
 人目を忍びつつスカベンジャーのもとを訪れ、そう頼んでくる人は少なくない。スカベンジャーなどと関わったと知られて、同じように白い目で見られる危険を冒してでも。ペンダントのようなアクセサリーでも、装備の一つでも、例え靴の片方だったとしても、ジーノが見つけてきた些細なものをかき抱いて、泣き崩れる人もたくさん見てきた。それで悲しみが癒されることはなくても、偲ぶよすががあることで痛みが和らぐ人は確かにいる。
 この男は先ほど泣いていたのだ。そんな人間から唯一残った形見を取り上げるのは、例えそれが魔王が封印されたペンダントだったとしても、ひどい話だろう。

「……言いたいことはわかる」

 しかし後ろからロクトたちを尊重するような言葉が聞こえて、ジーノは驚いて振り返った。レイの顔には、諦めや悲しみが浮かんでいるようには見えない。

「渡せというなら渡そう。条件は付けさせてもらうが」
「条件って……そんなこと言ってる場合じゃ」
「まあ……こっちが大事なもの取り上げるわけなんだし……」

 イサラが反発し、ダルカザが諫める。短い間だが、見慣れた光景だ。その横でロクトとグリニアが武器を収めるのも見えて、ジーノはほっと肩の力を抜いた。とっさに前に出てしまったが、ジーノは元々荒事には向いていないし、四対一では結果は明らかだ。できる限り人との取っ組み合いも、魔物との戦闘も避けたい。
 無茶をせずに済んでほっとしたジーノの肩に、ぽんとレイの手が乗せられて、それに飛び上がる羽目にはなったが。

「ジーノ、あんたの住んでいた町はどこだ」
「は? あー……モンテツェアラだが……」
「わかった。一つめは、ジーノをモンテツェアラまで無事送り届けることだ」

 レイ以外の全員が頭に疑問符を浮かべたと思う。セスカのペンダントはレイの大切なものだから、レイが必要とすることを要求するのが筋ではないのか。

「……一つめ、ということは、他にも条件が?」

 何言ってんだこいつ、とレイをまじまじと眺めていたジーノの耳に、グリニアの冷静な声が聞こえてくる。

「ああ。二つめとして、俺に今の知識を教えてくれ。モンテツェアラなど聞いたこともない」

 ロクトたちが目を瞠るのが、ジーノにもわかった。モンテツェアラはそこそこ古い町で、近くにはいつのものかわからない遺跡やダンジョンもあり、冒険者ならほとんどの人間が立ち寄る町だ。それを目当ての商いも盛んで商人の行き来も多く、知らない人間がいるとは考えにくい。
 やはりレイも千年前に生きていた人物で、魔王が封印されたことで自分を取り戻した、ということなのだろうか。にわかには信じがたくとも、事実を積み重ねると納得せざるを得ない。

「……他には?」
「ない。金は稼いだ分と道中で何とかする。その他に困ることがあれば、都度考える」

 きっぱり言いきったレイに感心しつつ、ジーノはよろよろとベッドに戻って腰を下ろした。若いうちなら傷さえ治ればすぐに元通り、となるのだろうが、中年になると体力の回復が追いつかない。先ほどロクトたちと向き合ったときに緊張したのも一つだろうが、長時間立っていられないのはまずい。モンテツェアラに帰るどころか、これでは旅すらままならない。

「疲れたのか」
「俺ァまだ病み上がりなんだよ……」
「そうか」

 確かに、と頷いたレイが何を思ったのか、ロクトたちを促して部屋の外に出ていく。疲れたは疲れたが、話は終わったわけではなかったと思う。しかし部屋から外してくれるというのなら、遠慮なく休ませてもらいたい。
 もぞもぞと布団の中に潜り込むと、ジーノはさっさと目を瞑った。
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