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仕入れた物は
しおりを挟むライゼルは規模の小さな町だが、それでも当然中央広場くらいはある。
祭りなんかではだいたい人がここに集まるし、ちょっとした出店も出没する。
とはいえ旅人が寄ることの少ない我が領地、普段はそこまで活気に満ちているとは行かない。普段は。
今日は普段ではないので人だらけだ。集まった領民が、ざわつきながら広場の中央を眺めている。そこでは魔族たちが、その膂力を活かして荷物運びをしていた。
「ギリアム、この荷も積んでしまっていいのじゃろうか」
「ああ。どんどん運んでしまってくれガリアードレ、レン草は人気らしいから」
「ほいほいっと。わかったのじゃ」
ガリアードレは案外丁寧な様でレン草が詰まった箱を置くと、領民の若者に向かって笑顔で手を振った。
「ほれほれ、次を用意するのじゃー!」
急かされている若者も楽しそうにガリアードレに従い、
「さすがっすガリアードレさま。俺、前の武闘大会以来ファンなんですよ。身体小さいのに、ホント力持ちですね!」
「ふふーん、当然じゃ。だが許す、もっと褒めてもよいのじゃぞ?」
子供たちが「ガリアードレ、かっこいー!」と声を合わせると彼女の上機嫌は最高潮。凄い勢いで荷物を運び始めた。
「かっこいいじゃろー!」
単純な奴だよなー。だけど、そんなガリアードレのことを俺も好ましく思う。
「ははは、負けてられませんなギリアムさま。私も一気に、と」
身体の大きいデカールが、さすがの迫力で荷物を運んでくれる。一気に10箱両手に抱えて突進だ。捗る捗る。
「ガリアードレさんもデカールさんも、凄い身体能力ですね」」
と、これは俺の横に立っているユーノスの呟きだ。
荷物をチェックしながらの彼が、驚きを隠せないといった様子で首を振った。
「ううん、でもまさかこんなに載せることができるとは……。魔法の力で安定させられるといっても、これはヴェガド殿の身体の大きさがあってこそ」
領民がざわざわと眺める広場の中央に鎮座しているのは、二十メートル級の大ドラゴン。鋼黒竜ヴェガドだった。
「すげー、こんな大きなドラゴン初めて見た」
「おかーさん、近くで見たーい!」
「ダメよ。皆さんの邪魔になっちゃうから」
「えー」
領民が楽しそうに騒いでる。みんなもっと怖がるものかと思ってたんだけど、全然安心してるみたいで拍子抜けだ。どうやら俺を信頼してくれての結果らしいけど、もーちょっと危機感持ってくれてよかったんだぞ?
ワイワイと領民の視線に晒されていたヴェガドが、どことなく恨めしそうに俺を一瞥。
「ぬぬぅ、これではまるで我が晒し者みたいではないか」
「いや人気者だと思うぞ?」
「ありえぬ、本当にありえぬ……。確かに我は、助けが必要なら呼べと貴様に告げたが、ギリアム」
「この大量の仕入れ品を素早く一気に運べるのは、おまえしかいない!」
「よもや呼び出しの我が竜鱗、こんな用件で使われるとは!」
横からミューゼア嬢が出てきてヴェガドの奴を宥める。
「済みませんヴェガドさま……ギリアムさまがインパクトも欲しいと仰るんです」
「巫女よ、巫女よ……、いや申すまい。これもきっと何かの定め」
「「申し訳ありませんヴェガドさま(殿)」」
ミューゼア嬢とユーノスが言葉を被らせつつ謝罪してる。
「別に謝る必要なんかないのに、これは適材適所というものさ」
「はは。ギリアムらしい」
苦笑してユーノスは続けた。
「それにしてもギリアム」
「ん? なんだ」
「こんな町……初めてだよ、人間と魔族が一緒になって笑ってて。そこにドラゴンまでが居る。みんなさ、わだかまりなく笑ってるんだ。それがさ、本当に気持ちいい」
微笑むユーノスに、ミューゼア嬢が近づいてきて笑顔を向けた。
「ライゼルの皆さん、素敵ですよね。私も初めて見た時、びっくりしました」
「はい……なんか、胸が熱くなります」
まー悪い光景じゃないってのは、俺にもわかる。
楽しくやれるのが一番だ、住む者が笑っていける領地作りを目指したい俺ではあるのだった。
「ユーノスさーん。この商品でシメですー」
「ありがとうございますレグノアさん、助かりました!」
「いえいえ。今後も是非フリューゲント商会をご贔屓に!」
ライゼルの商人にもうまく噛んでもらえたし、準備は万端。
「よーし! じゃあユーノス、いっちょ父君を唸らせてこい」
「ああギリアム、行ってくる。皆さんありがとう!」
ユーノスはガリアードレたちにも手を振ると、ヴェガドの背に飛び乗った。
ヴェガドが翼を広げ、広場に風を巻き起こす。
「頼んだぞヴェガド」
「ふん、竜遣いの荒い」
背に大量の交易品を積んだ竜と共に、ユーノスはライゼルを後にしたのだった。
◇◆◇◆
商業都市グルニアラの喧騒から離れた屋敷の一室。
病床に臥すベルクラウス商会の大旦那、ユーノスの父は、窓の外をぼんやりと見つめていた。
広々とした庭先には大量の玉砂利が敷かれ、飾りとなる樹が置かれている。
まるで川の流れを思い起こさせるような綺麗な配置は、その昔に彼が東方の国で見た造園を真似たものである。
命は循環し、永遠である。
たしか彼の地では、そのように言っていたか。この庭の形も、流れと循環を意味しているとかなんとか。
死を前にして、弱気になっている自分を自覚していた。
こんな庭で癒されてしまう自分に、老いを感じる。
「ユーノスは、まだ帰って来ぬのか」
大旦那はベッドから上体を起こすと、傍らの番頭に聞くでもなく呟いた。
「はい大旦那さま、まだ連絡もございません」
「そうか……」
大旦那の声には隠しきれない失望が滲んでいた。
厳格な商人の顔をした裏で、息子への期待と焦りが、彼の胸を締め付ける。商会を継がせるための条件として課した「俺を唸らせる仕入れ」、あの課題、果たしてユーノスには荷が重すぎたのだろうか。
「……これまで数多の品を見て来た大旦那様を唸らせるもの。難しい注文です。私にはとても思いつく自信などございません」
大旦那の心を読んだのか、番頭が神妙な面持ちで首を振った。
「ユーノスさまの商才は本物だと私は思います。それでもご苦労なさっておられるのでしょうな」
遠慮がちに言うのは、番頭が大旦那の気持ちをわかっているからだ。
自分の子には大成して欲しい。自分を超えて欲しい。その姿を見たい、死神の手が自分の肩を完全に掴むその前に、立派な息子だと心の底から胸を張らせて欲しい。
詰まるところ、大旦那の願いはそれだけだったのだ。
……大旦那は番頭に答えずに目を閉じた。
厳しくしたのは、息子を鍛えるためだった。だが、それはそれとして、最近は心配事が彼の心によぎる。息子は――ユーノスは果たして間に合ってくれるのか。
息子の笑顔を見たい自分が居る。
息子の声を聴きたいだけのの自分が居る。
息子と一緒に笑いながら話したいだけの自分が居る。ああ、だが。
そんなものは埋めてしまえ。
息子に俺を超えさせる為に、俺の全てを使え。ユーノスを信じろ。
黙っている大旦那を残して番頭が退出すると、静寂が部屋を満たす。
水を飲もう。と、コップに伸ばす手が震えていた。ああ俺は弱まっている。そう実感した瞬間に、彼の脳裏に幼い頃のユーノスの姿が浮かんだ。
幼いユーノスは、いつも市場の片隅で俺の商売を見つめていたっけ。
そして、キラキラしたあの目で言う「父上みたいに、皆を幸せにする商人に俺もなりたい!」。根が優しい子だったから、商売上で随分と叱った。商売は決して慈善事業ではないのだ、と。ああ。どれもこれも懐かしい記憶だ。優しくて幸せな記憶。彼は自分の口元が緩んでいることに気がつかない。
しばらく幸せに呆けたあと、大旦那は顔を曇らせた。
あの子に課した課題は、難しすぎたのだろうか。番頭は言っていた、自分では想像もつかない、と。わしをどう唸らせるか、言われてみれば自分でも、今の自分がなにを見たら唸るのか、想像できなかった。
残り少ない命で、俺はユーノスの覚悟を見届けることが叶うのだろうか。
否、と考えるのは恐怖でしかなかった。だから、俺は息子を信じて少しでも長く生きなくてはならない。
――と、その時。
突然に、屋敷の中が暗くなった。……いや? これは屋敷の中だけではないな、外が、暗くなっている。窓の外から見る中庭にも影が差していた。まるで巨大な影が一面に落ちたような。
「……なんだというのだ」
急に大雨でも降るというのだろうか。夏はたまにそういうことがある。
などと大旦那が思惑していると。
「ユ、ユーノスさまが戻りました!」
慌てた番頭が飛び込んできた。
ドキンと、胸が躍る。と、同時に青ざめた番頭の顔に違和感を覚えた彼だ。
「どうした? なぜにそんな慌てておる」
「そ、それが……!」
番頭は落ち着こうとしたのだろう、言葉を一度切り、大きく息を吸った。
大旦那は笑いかけた。こうも慌てられると、こちらはどんどん冷静になってくる。要準備になるというものだ。
「中庭を、ご覧ください」
促され、窓から見てみる。そこには影が差していた。
「こちらから……どうぞ」
中庭に向かった大きな戸を、番頭が開いた。突然強風が部屋へと吹きこんできた。
木々が大きく揺れている。――なんだこれは?
冷静であったはずの大旦那の心が一気に乱れる。好奇心に駆られるまま彼はベッドから立ち上がると、部屋の中から中庭へと降り立った。
「なん……だ、あれは……!」
そこで大旦那が見たのは、信じられない光景だった。
巨大な黒いドラゴンが、中庭の上で大きく羽ばたいて静止していたのだ。
「ただいま帰りました、父上!」
そしてその背から、ユーノスが顔を覗かせたのだった。
◇◆◇◆
「ユーノス! これはどういうことなのだ! いったい、この巨大なドラゴンは!?」
大旦那――ユーノスの父は、中庭狭しとばかりに身じろぎした黒くて巨大なドラゴンを指して、息子に訊ねた。
「荷を運ぶために力をお貸し頂いた、ドラゴンの『ヴェガド』さまです」
「ヴェガ……、よ、よもや『鋼黒竜ヴェガド』? なぜそのような伝説級のドラゴンが、おまえの手伝いを?」
大旦那の言葉はユーノスに向けたものだったが、それにヴェガドが自ら答える。
「はん。適材適所、とか抜かしておったかのユーノスよ。あの男は」
「はは、言っておりました。恐縮ですヴェガドさま」
「それよりも積荷下ろしを急がせよ。我は長く一つ処に留まると魔物を呼び寄せる体質になってしまってるゆえ」
「はい。……番頭さん、手の空いてる従業員を総動員してヴェガドさまの背から積荷を下ろしてください」
「わ、わかりました、さっそく! おーい皆、集まってくれー!」
皆で総出の荷下ろしが始まる。さすが商売人の集まりと言うべきか、彼らがザワつき始めるまでに時間は必要なかった。
「お、おいこの箱全部レン草じゃないか……?」
「こっちを見ろよ、この大量のなめし革……全部ドラゴン皮だぜ」
「え!? じゃあ、この牙や爪も……!?」
ユーノスが仕入れてきたのは、ライゼル領では珍しくないのに他の土地では珍重されているものばかりだった。
「なんなんですかユーノスさま、こんな価値あるものばかりを、どうやって……!」
どれもこれも、売ればひと角の財をなせるような物ばかり。これがこんな大量に。番頭は声を震わせながら、大旦那の方を見る。
「やった、やりましたよ大旦那さま! ユーノスさまはやり遂げたんです!」
彼が尊敬する大旦那も、これならば唸るに違いない。そう確信した声で、番頭はユーノスを褒めたたえた。
――のだが。
「そうなのかユーノス?」
大旦那は表情を変えることなく、冷たい声で続ける。
「俺が唸を唸らせる、そのために仕入れたものがこれなのか?」
この場に居る商売人たちが、一斉に竦み上るほどに冷徹な声だった。番頭を始めとした皆が身体を動かすのを忘れて固まった。ただ一人、見つめられた当人であるユーノスだけが、声に臆することもなく、笑って見せた。
「いいえ?」
と。
そして丁度その頃、違う場所、遠い空の下で同じく笑う者がいた。ギリアムだ。
「持ち帰るものなんてなんだっていい、俺はユーノスにそういってやったのさ」
「その割にはノリノリで品集めをしてたのぅ。ヴェガドまで呼んで」
「そりゃそうさガリアードレ、どうせやるなら何事も真剣に。その方が面白いからな……だけど、物品的な面では本当になんでもよかった」
「わからん! わからんのじゃ! あの若造にとって大事な仕入れだったのじゃろう!? それなのに、なんともいい加減な」
「いい加減なことはしてないよ。そのためにお前たちにも荷運びを手伝って貰った。ヴェガドに協力して貰った」
そういって空を見上げた。
「ユーノスの奴に仕入れて貰ったのは――」
「――ではユーノスよ、お主はいったい、何を仕入れてきたというのだ」
「未来です」
「未来、だと?」
「はい。あの町で俺は、世の中がこうなってくれたらいいな、と思える、楽しげな未来の縮図を見たんです」
そう言うとユーノスは語り出した。ライゼルの町で見た出来事を。中央ではまだまだ蛇蝎の如く嫌われている魔族と仲良くしている町のことを。
「この積荷も魔族と町に住む普通の領民が協力して積み上げたんですよ? 子供たちが笑う大きな広場で、この巨大ドラゴンであらせられるヴェガドさまを囲みながら」
「俺はさー、ガリアードレ。見える範囲を幸せにしていきたいだけなんだよ。だから、ユーノスの奴に提供したのは、小さな可能性だけだった。ウチを支援したなら……つまりウチの未来を仕入れたなら、ちょっとだけ幸せな人間を増やすことができるかもしれないぞって」
「そうじゃのぅ、わしらは幸せになりたいからのぅ」
「ウチを支援すると言えば、父上にユーノスの覚悟をちょっぴり伝えるころができるかもよ、くらいの気持ちだった。あいつの父君が、ユーノスの本気を見たくて自分を唸らせろと言ったのだろうことは、すぐに分かったしな」
「ほうほう。なぜわかったのじゃ?」
「死に瀕した俺の父が、だいたい似たようなことを俺に言ってたからな。まあそれはともかく、軽い気持ちでもあったんだよ、ウチを支援して覚悟見せれば解決だって。ところが」
「父上」
改まった顔で、ユーノスは父の目を見つめた。
「彼の地の領主、ギリアム・グイン殿はきっとこの世界を変えます」
「……」
「見える範囲が幸せであればいい。そのように言っておりますが、ギリアム殿はどうせすぐに高いところから地平までを見渡せる場所に立ってしまうことでしょう。あの人は規格外です、ね、ヴェガドさま?」
ヴェガドは直接答えず「ふっ」とだけ笑って見せた。しかしそこに親愛が隠れていることは、この場に居る誰もが察することができる。
「俺が今日仕入れてきたのは、そんな未来への可能性です。俺が見たいんです、ギリアムが作っていく道の先を」
黙って聞いていた大旦那は、呆れた顔をしてみせた。
「まさかな。生ぬるいことを言いがちな我が息子に、商売人の覚悟を学ばせるつもりで旅へと出したら、より一層生ぬるく理想を語る男になって戻ってきた」
呆れ顔のまま、クククと笑う。
「これは唸るしかないわい、ここまで本気で生ぬるい事を言う息子を残して、まだ俺は死ぬことなどできぬと唸るしか」
クククと笑いながら、大旦那は唸った。
「番頭!」
「は、はい!」
「力を貸してくれぬか、この不肖の我が子が、生ぬるい理想を抱えて溺死せぬように! なにを抱えても、荒れる海の中を泳いで居られるように!」
「も、もちろんでございます!」
「病気などに負けてられぬ! 改めて鍛えてやるぞユーノス、まずは相場の維持という概念から! よもや、なんでも量を仕入れれば良いと思っておるまいな!?」
「ほう、青黒かった顔色にほのかな朱がさし始めおった」
ヴェガドが愉快そうに笑い声をあげた。
「わはは。ヴェガド殿がこの地に降り立ったことだって、情報をうまく使えば商売に繋げられるのですぞ!?」
大旦那も笑った。病気など吹き飛ばしそうな顔が、そこにあったのだった。
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