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イカロスの首輪
しおりを挟むルナを捕まえた。――のだが。
考えてみたら、ウチの町にはまともな牢屋がなかった。なのでとりあえず、ここなら抜け出せないだろうということで屋敷の地下室に幽閉することにした。
町が大きくなったら看過できない犯罪も増えるかもしれないな。
ミューゼア嬢が来るまで町の運営は俺とセバスで細々とこなせていたのだけれども、これからは人員を増やして組織化した運営部門を作っていくべきなのかもしれない。
今回みたいなケースならともかく、凶悪な犯罪で捕まえた奴の牢管理までウチの屋敷でしていくとなったら骨だもの。というか無理。
ここ半年、ちょっとした犯罪くらいしかなかったのは運が良かったと思ってそこを急ぐことにした。ちなみに街道が開けてからの罪人管理は、セバスがメインになってやってくれていたらしい。俺も書類にサインなどはしていたはずなのだけど、あまり記憶にない。ダメ領主ですみません。
やらないといけないことが山積みになっていく中で、ルナを捕まえてから既に一週間近くが経過している。
尋問、というほどに厳しいものではないが、地下室には毎日顔を出して話を聞き出そうとしている。しかし彼女は黙秘を続けているというわけで、あれから何一つ事情は進展していない。
「彼女……ルナさんは、セルベール家が寄越した刺客です」
ミューゼア嬢は言っていた。
確たる証拠は一切ない。ただ彼女は確信を持っているようで、はっきりと言い切っている。冒険者ギルドに依頼して『イカロス』とミューゼア嬢が呼ぶ飛行魔道具のことも少し調べて貰ったのだけど、そちらに関しても情報は皆無だった。
ミューゼア嬢だけが何故か知っている状態。
まあそんなこと、今に始まったわけではないので気にしない。彼女には俺たちに伺い知れない情報源があるっぽいので、俺は『なるほど』と鵜呑みにするだけだ。
イカロスはこの世界で一つしか存在しない、超高性能な飛行魔道具。
首輪として一度装着したら、その人物の首を落とさない限りは外すことができないし、その人物は奴隷として誰か主人に仕えなければならない魔法を掛けられる。ある種の呪われた道具なのだそう。
「あれ? じゃあ、あの魔道具を俺たちが得ようとしたなら……」
地下室で変わらずだんまりを決めるルナを尋問中に、不意に思い出して俺は口に出してしまった。すかさずミューゼア嬢が答える。
「ルナさんの首を落とすしかありませんね。呪われてないバージョンで見つかるルートもあるのですけど、少なくとも『敵を倒して入手ルート』での場合はそうなります」
ひえ! そんな真顔で怖いこと言わないでくださいミューゼア嬢!
俺がちょっとひいてることに気がついたのか、彼女は慌て顔で。
「いえその! ゲームの、しかもさらっと書かれたテキスト情報だけだったから、私も当時は深く考えずにいたのですが! 考えてみたらだいぶ残酷な入手方法だと思います!」
でたな『ゲーム情報』。
そうか、この一件はやっぱり重要な出来事なのだ。そんな気はしたんだ、なぜならガリアードレまで絡んできている。
この地下室での尋問に、彼女もマメに顔を出しているのだ。同じ魔族であるルナのことが気になって仕方ないらしい。
「まあまあギリアムよ。ミューゼアはあくまで情報として、わしらに正しいことを提供してくれているだけじゃ。なにもルナの首を落とすなどと、本気で言ってるわけじゃあ……」
ガリアードレはそこまで言って、少し間を置いた。
その後、ミューゼア嬢に対してちょっとだけ上目遣いで、お伺いでも立てるように。
「……ないじゃろ?」
「なんでそこ疑問形なのですか、ガリアードレさま!」
なんだか悲しそうな顔で、ミューゼア嬢は悲鳴を上げた。
いや悲鳴ではないけど、あれは悲鳴みたいなものだ。
「私、皆さんにどう思われているのですか。なんだか悲しくなってきました」
「すまぬすまぬ、冗談じゃよ。少し場を和ませようと思うて。なあギリアム」
「え? ああ! そうですよミューゼア嬢、まさか貴女がルナの首を落とすだなんて本気で言い出すわけ……」
あれれ? なんで俺はここで一瞬言葉を止めた?
「ないですよね?」
「ギリアムさままで疑問形!」
ときおり、ミューゼア嬢には凄みがあるからな。
頭も良いし、計算づくという印象もある。過激という意味では、なにせ「公爵家を叩き潰しましょう」、とか言い出す人でもあるのだ。
「……脅し、です?」
おや。だんまりだったルナが、口を開いた。
うん。さすがミューゼア嬢、やっぱり計算づくだった。あんなに黙秘していたルナの口を開かせるなんて、やっぱり彼女は凄い。「違いますから!」なんてルナにも言ってるけど、うん。
「やっと口を利いてくれたね」
俺はできるだけ柔らかい調子を保つつもりで、苦笑しながらルナの顔を見た。
彼女は相変わらずのジトっとした目で俺を見つめてくる。無表情だな、と最初こそ思っていたんだけど、ここ一週間眺めていて少し気がつけた。どうもルナは俺に、なにか文句の一つでも言いたいんじゃないか、と。
彼女は俺を見ながら、時折り少しだけその眠たげな目を大きく開いては、唇を一瞬半開きにする。だけどすぐにまた、口を閉じて歯を噛みしめ直すのだ。
そして今の表情が、まさにそれ。
喋りたいことがあるんだろう? 言いたいことを溜め込むのは良くない。また年若い女の子なら、そんなの尚更のことだ。だから俺は、今が機会とばかりに素直な気持ちをぶつけてみた。
「凄い高さまで飛べるんだな、森で見せてくれたときより滞空時間も凄かったじゃないか。魔族にも特技で飛べる奴がいるんだけど、それでもルナほどじゃない。……正直びっくりした」
ピクン、と微かにルナの瞼が動く。
彼女は目を細めて、細めて、――どうやら軽く唇を噛んだようだ。俺のことをジロリ、一瞬見つめてから横に目を逸らした。
「……でも、届かれた。ボクあんたに地上へ引き落とされた。全然すごく……ない」
「なにを言うとる、見事なものじゃったわ」
肩を竦めつつ呆れ顔を見せたのはガリアードレだ。
「あれを否定されては敵わぬ。あの場に仕事をサボったギリアムが来てくれたからどうにかなったが、わしだけじゃったらお主をどうにもできなかった」
「そんなこと……」
「いえ凄いです!」
ミューゼア嬢が突然声を上げた。
「あの『イカロス』は、凄い魔道具だけど扱うために必要な習熟度が高かったはずです。それをあの高度まで上がれるほどの力。ルナさんはまだお若そうなのに、いったいどれほどまでの訓練を積んだのか!」
その言葉に、ルナは少しだけ目を大きく広げる。
これは驚いてる顔だろう。彼女の中では、比較的わかりやすい表情だと思う。
「ミューゼア・セルベール、おまえ本当に、知らない……のか? あの人のこと」
「申し訳ありません、本当に私にはなんのことだか」
「ならなぜ、そんなにコレのこと知ってる」
「えっと、あの、その」
ミューゼア嬢は困った顔をした。ということは、これもきっと『予知』絡みの知識なのだろう。彼女が説明しにくそうにしているときは、大抵それだ。
彼女はしばらくなにか考える素振りをしたのち、ルナの表情を伺うように話し出した。
「貴女はセルベール家からの刺客ですよね?」
「…………」
黙るルナ。しかしミューゼア嬢はお構いなしに続ける。
「私はあの家のことなら大抵知っています。たぶん、エグドアお兄さまの側近に育てられた暗部の者……。あの家が奴隷を買い集め、工作員を育成していることを、私は知っています。イカロスの知識も、それ絡みで得ました」
「嘘」
ルナが間髪入れずに答えた。
「それは嘘だよね、ミューゼア・セルベール」
「え?」
「だってボク、誰にも話してないもん。この魔道具の名前も、使い方も。どうやって手に入れたのかだって……言ってない。拷問も、されたよ? 全て吐け……って。でもボクは喋らなかった、あの人が誰にも話すなって……言ったから」
ルナの声に、少しの熱が篭もる。
ああ。この子、こんな顔をするのか。声には少しだけの熱だ。だけど今、彼女の表情は――なんといえば良いのだろう、そうかこれは。
「……ルナさん?」
「言わなかった……んだ。ボクにとって、大切なことだから。だからもし、あなたが知ってるとするなら、あの人から直接聞いたに決まってるんだ。だって他に誰も知らないことだから。ねえ、あの人はどんな人だったの? ボクはあの人に命を助けて貰ったのに、あの人のことをなにも知らない。お礼だって言えなかった。言う前にあの人は殺されてしまったから」
悲鳴だ。
ルナの言葉は、どれも痛みに満ちていた。
「だから教えて欲しいんだ。それが知れるなら、ボクは仕事を放棄してもいい。あなたを殺そうとなんてしない。だからお願いです、あの人のことを、教えてください!」
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