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二人きりの窓
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豊穣祈願祭から半年、夏の終わり。
俺はセバスと共にライゼルの広場を歩いていた。今日は夜祭りの日、目玉である『魔法花火』の準備に領民が忙しそうだ。
夜の本番を前にして、今年は観光客も多い。
広場の出店でライゼル名物の『ドンブリ飯』を食べたり、焼き串を持ちながら皆が賑わっている。商人だけでなく普通の旅人までが訪れるようになったこの町は今、かつてない活気に溢れていた。
ざわついた人波の中、隣を歩いているセバスが俺に語り掛けてきた。
「今夜の魔法花火、楽しみでございますなギリアムさま」
「そうだな。実は俺も、話には聞いていたがこの目で見るのは初めてなんだ」
魔法花火とは、もともと魔族が大事な祭りで使う特別な品。ガリアードレが「感謝の印だ」と、今回の夜祭りのために提案してくれたのだ。
ライゼルへの出稼ぎ民が増えたお陰で、荒れていた魔族領の経済や生活も、今はだんだんと安定してきているらしい。よかった。この町の発展が魔族たちの繁栄にも繋がるなら、それは俺の望むところだ。
「違うと言っておろう、ルナよ。そうではない、こうじゃ!」
「こうって、どうなのさ。ガリアードレさまの言葉は……要領を得ないです」
見れば夜祭りの設営をしているルナとガリアードレが居た。
ルナが飛んで、高い建物の屋根から祭り飾りの垂れ幕などを設置しているようなのだが、どうもガリアードレの注文が抽象的すぎてわかりにくいぽい。
「こうは、こうじゃろう。そして、ああは、ああじゃ!」
エキサイトして説明しようとすればするほど、要領を得なくなっている。
ガリアードレは感覚派だからな、ルナの苦労を思うと苦笑が湧いて出る。
「くく、相変わらずだ。ガリアードレの奴は」
「はい。ですがルナ嬢が心から笑えるようになったのは、彼女のお陰でもあるかと。今ではすっかり姉妹のようですな」
しばらく見ていると、痺れを切らしたルナがガリアードレの小さな身体をひょいと持ち上げ、そのまま目的の場所まで運んでしまった。降ろされたガリアードレが自ら飾り付けを始めると、なるほど、確かに見事な出来栄えだった。
「最初からこうしとけば、よかった……です」
「そうじゃの。ルナは頭が良いな」
笑い合う二人。
ああ、いい顔をする。特にルナ、セバスの言う通りだな、仲良し姉妹のような笑顔を見せるようになった。
セバスの方を俺が向くと、彼は頷き。
「彼女の首輪……『イカロス』を外したくない、とルナ嬢が言ったときにはどうなるかと思いましたが。結果としては、それが彼女の居場所を作ってくれたようですな」
「ミューゼア嬢の地図作りにも貢献してくれたしな。ルナには感謝しないと」
豊穣祈願祭でルナが俺たちの下に降ったのち、彼女は俺たちに力を貸してくれるようになった。最初に行ったのは、ライゼル周辺の地図作り。「エスカさんが見たかった『世界』を記す手伝いなら、喜んで」そう言ってルナは、ミューゼア嬢の地図作りを手伝ってくれたのだった。
「地図といえば、ユーノスさまにも差し上げたのですか?」
「ああ。街道沿いの良い場所を探して旅宿を作りたいとか言ってたからな」
「そういえばユーノスさまが、ベルクラウス商会名義で宿を設置しておられましたな。とても便利だと、旅商人たちが噂しておるようです」
ユーノスが継いだベルクラウス商会のおかげで、ライゼルへの定期便が安定した。ライゼルの物資流通は良好、それは領民の生活幸福度の上昇にも繋がっている。
頑張ってくれてるみたいだからな、俺たちも負けてられない。ライゼルをもっと繁栄させていきたいものだ。
俺は活気に満ちた広場の人々を見ながら思った。もっと、もっと。この町を発展させていきたい。そしてそのとき、今の俺の横にはミューゼア嬢が居てくれる。彼女こそは力強い味方だった。
町の視察を終え、セバスが「では、私はこれにて」と執事の仕事に戻っていく。
俺は執務室に向かいながら、ついつい感慨深く呟いてしまった。
「そうだな、ミューゼア嬢。本当に、彼女が来てくれてから全てが変わったよな」
執務室の扉を開けると、ミューゼア嬢が書類仕事をしていた。
彼女は俺に気がつきもせず、書類に没頭していた。相変わらずの集中力、書物庫で大黒魔石のことを調べていたときも、こんな感じだったっけ。
俺は待った。彼女がこちらに気づいてくれるのを。
だけどなかなか気づいてくれないので、仕方なしに最後の手段を取った。
そっと彼女に近づいて、祭り会場で買っておいた『氷雪果実水』をミューゼア嬢のほっぺたに押し付ける。
「きゃっ!?」
その冷たさに悲鳴を上げて、ミューゼア嬢は『戻ってきた』のだった。
◇◆◇◆
「もう、ギリアムさま! そういう悪戯はおやめください!」
私が頬を膨らませてみせると、彼は笑いながら「ごめんごめん」と頷いた。これは反省していない。
「いつかびっくりで心臓が止まってしまいそう」
「ビックリしたら、むしろ動き出しそうですけどね」
悪びれる風もない笑顔。もー憎たらしい。
だけど、手にしたモノを私に差し出し、こう言ってくるのだ。
「お暑い部屋での書類仕事、大変だったでしょう。出来るだけこれを、冷たいうちに召しあがって欲しいと思いまして」
「あ……、氷雪果実水」
これも魔族領ではよく飲まれる、あちらの文化の産物だ。
魔法で冷たく凍らせた果実水。今はちょこちょこライゼルの屋台でも売られるようになったけど、夏場は基本大人気。
「並ばれてお買いになったのですか?」
「そうですよ、ミューゼア嬢とご一緒に飲みたいと思いまして」
わざわざ私の為に。
気が利くのか、無神経なのか、本当にわからない人です。でも、目を合わせたときニコっと笑われると、私は大抵許してしまう。
本当にこの人は、魅力的で――規格外の人。
そう規格外。つい一週間ほど前、エグドアお兄さまとの抗争を終えたばかりなのに、もうこんな無邪気な顔で笑ってる。
――――。
エグドアお兄さまが仕掛けてきた『大量の魔物による暴走』。辺境の小領地程度は軽々と蹂躙し尽くす、悪辣な計画でした。絶望的な状況のはずが、事前に情報を得ることが出来たギリアムさまはそれを、まるで子供の悪戯をいなすかのように、いともたやすく阻止してしまったのです。
ギリアムさまはこともなげにユーノスさまに連絡を取り、ベルクラウス商会の力で敵の兵站を断たせました。
稼いだ時間で、ルナさんの助けを借りて私が製作した精密地図を使い、防衛ポイントを設定。防衛ポイントで『大量の魔物による暴走』を待ち構えていたギリアムさまは、鉱黒竜ヴェガドさまの魔物を引き寄せる体質を借りて、セルベール公爵領に向けて魔物たちの行先を変更させてしまったのです。
ヴェガドさまは「面倒だ」とぼやきながらも私が作った精密地図を参考に、あちらの領民が済む町や村を完璧に避けて、セルベール公爵領の軍事砦へと魔物たちを誘導してくれました。
結果、お兄さまの軍は自らが操ったはずの魔物の対処に追われ、大損害を被りました。公爵領からほどなく離れた王都では、『大量の魔物による暴走から砦を守れなかった無能者』として、エグドアお兄さまの名前が知れ渡ったそうです。
さらには『辺境の民を救った謎の黒竜』などという流言まで流れてしまい、エグドアお兄さまの権威は失墜してしまいました。
この辺の工作は、ユーノスさんの口先に任せたらしいです。
『あいつの話し方は魅力的だから』
そう言ってギリアムさまは笑っていました。
ともあれ。
それ以来、ライゼルには反セルベールの貴族たちからの接触がチラホラ増えてきました。
あの……私もセルベールの名を持つ者なのですが、と困惑していたら、世間では私が『反セルベール派』の旗頭のように扱われていました。どうしてこうなってしまったのでしょう……。
『そりゃあそうでしょうとも。ミューゼア嬢はセルベール家の暗部を公表して追い出されたのでしょう?』
はい。ギリアムさまが言うことはもっともです。
そして、貴方は私の想像を、常識を、遥かに超えた方でした。貴方の隣に居ると、私のゲーム知識なんて本当にちっぽけなものに思えてきます。でも、それでいい。それがいい。この、予測不能な未来こそが、私が望んでいた物なのですから。
根っからの規格外、『原作ブレイカー』。
ギリアムさまは、だからこその方なのです。
◇◆◇◆
「一生懸命に氷水を飲んでおられますね。そんな喉が渇いてましたか?」
なにやら考え事をしながら無言で水を飲んでいたミューゼア嬢の顔を、心配して覗き込む。声を掛けると、改めて「え?」と俺の方を向く彼女。
「いえ、ギリアムさまは凄い方だな、と思いまして」
「どうしました急に」
「ふふ、なんでもありません」
はんなりと笑うミューゼア嬢だった。
褒められているらしいことはわかるが、突然すぎて釈然としない。どゆこと?
俺が困って頭を掻いていると。
「ギリアムさま。私思いついたのですが、この氷雪水を作る魔法をうまく使えば、生肉や魚などを新鮮なまま遠方に輸送することが出来るのではないですか?」
「む?」
「そうしたら、凄い便利だと思うのですが」
おおお。その発想はなかったな。確かに便利だ。
ていうか、上手く使えばなんか物流が変わりそう。ミューゼア嬢はやっぱり目の付け所が違うなぁ。
「いいですね。さっそく今度、ユーノスとガリアードレを交えて相談してみましょう!」
彼女は、俺の羅針盤だ。
幼い頃は進むべき道を示してくれ、今では見たこともない新しい世界を見せてくれる。
彼女となら、どこまでも行ける気がした。地球を見下ろしたあの空の、そのさらに果てまで。
それはきっと、最高に楽しい旅になるだろう。
俺は、ミューゼア嬢のことが、大好きだ。
「あ、ギリアムさま。窓の外をごらんください」
「はい?」
「ほら、あの夜空に」
ドーン、ドーン、と。
遠くから太鼓のような、雷鳴のような音が鳴り響いていた。
すると窓から覗く夜空に、大きな魔法の火花が咲く。あれが……そうか、魔法花火。もうそんな時間だったのか。
「しまった。ミューゼア嬢と一緒に見に行こうと誘いにきたつもりだったのですが、思わぬ時間を食ってしまったようです」
慌てて外に出る準備をしようとした俺を、彼女は止める。
「いいんです。このままここで」
――え?
「この窓から二人で見たい……というのは、私のワガママでしょうか?」
「いえ……。え、それはどういう……?」
「えっと、その……ギリアムさまと、誰にも邪魔されず二人きりで見たいな、って」
「あ」
あ、俺きっといま真っ赤だ。顔が熱い。
「も、もちろん、です。はい。ミューゼア嬢がそれでいいのでしたら」
「ふふ。それがいいのです。ギリアムさまは、どうですか?」
ドーン、ドーンと耳に届く音が遠くなっていく。
その代わりに聞こえるのは、大きくなっていく心臓の音。俺の鼓動。トクン、トクン、とうるさいその音をしばらく聞いたのち。
「えっと……はい。俺も、それがいいです」
窓から、魔法花火が俺のテレた顔を覗き込んでいた。
恥ずかしくて逸らしていた目を彼女に向けなおすと、彼女は囁くように言ってくれた。
「うれしい」
――と。
たぶん今、俺は幸せだ。
---------------
おしまい。14万文字、お付き合い頂きましてありがとうございます。
コンテストに応募中です、もしお気に入り頂けましたなら、投票などなど応援をして頂けますと感無量です。
俺はセバスと共にライゼルの広場を歩いていた。今日は夜祭りの日、目玉である『魔法花火』の準備に領民が忙しそうだ。
夜の本番を前にして、今年は観光客も多い。
広場の出店でライゼル名物の『ドンブリ飯』を食べたり、焼き串を持ちながら皆が賑わっている。商人だけでなく普通の旅人までが訪れるようになったこの町は今、かつてない活気に溢れていた。
ざわついた人波の中、隣を歩いているセバスが俺に語り掛けてきた。
「今夜の魔法花火、楽しみでございますなギリアムさま」
「そうだな。実は俺も、話には聞いていたがこの目で見るのは初めてなんだ」
魔法花火とは、もともと魔族が大事な祭りで使う特別な品。ガリアードレが「感謝の印だ」と、今回の夜祭りのために提案してくれたのだ。
ライゼルへの出稼ぎ民が増えたお陰で、荒れていた魔族領の経済や生活も、今はだんだんと安定してきているらしい。よかった。この町の発展が魔族たちの繁栄にも繋がるなら、それは俺の望むところだ。
「違うと言っておろう、ルナよ。そうではない、こうじゃ!」
「こうって、どうなのさ。ガリアードレさまの言葉は……要領を得ないです」
見れば夜祭りの設営をしているルナとガリアードレが居た。
ルナが飛んで、高い建物の屋根から祭り飾りの垂れ幕などを設置しているようなのだが、どうもガリアードレの注文が抽象的すぎてわかりにくいぽい。
「こうは、こうじゃろう。そして、ああは、ああじゃ!」
エキサイトして説明しようとすればするほど、要領を得なくなっている。
ガリアードレは感覚派だからな、ルナの苦労を思うと苦笑が湧いて出る。
「くく、相変わらずだ。ガリアードレの奴は」
「はい。ですがルナ嬢が心から笑えるようになったのは、彼女のお陰でもあるかと。今ではすっかり姉妹のようですな」
しばらく見ていると、痺れを切らしたルナがガリアードレの小さな身体をひょいと持ち上げ、そのまま目的の場所まで運んでしまった。降ろされたガリアードレが自ら飾り付けを始めると、なるほど、確かに見事な出来栄えだった。
「最初からこうしとけば、よかった……です」
「そうじゃの。ルナは頭が良いな」
笑い合う二人。
ああ、いい顔をする。特にルナ、セバスの言う通りだな、仲良し姉妹のような笑顔を見せるようになった。
セバスの方を俺が向くと、彼は頷き。
「彼女の首輪……『イカロス』を外したくない、とルナ嬢が言ったときにはどうなるかと思いましたが。結果としては、それが彼女の居場所を作ってくれたようですな」
「ミューゼア嬢の地図作りにも貢献してくれたしな。ルナには感謝しないと」
豊穣祈願祭でルナが俺たちの下に降ったのち、彼女は俺たちに力を貸してくれるようになった。最初に行ったのは、ライゼル周辺の地図作り。「エスカさんが見たかった『世界』を記す手伝いなら、喜んで」そう言ってルナは、ミューゼア嬢の地図作りを手伝ってくれたのだった。
「地図といえば、ユーノスさまにも差し上げたのですか?」
「ああ。街道沿いの良い場所を探して旅宿を作りたいとか言ってたからな」
「そういえばユーノスさまが、ベルクラウス商会名義で宿を設置しておられましたな。とても便利だと、旅商人たちが噂しておるようです」
ユーノスが継いだベルクラウス商会のおかげで、ライゼルへの定期便が安定した。ライゼルの物資流通は良好、それは領民の生活幸福度の上昇にも繋がっている。
頑張ってくれてるみたいだからな、俺たちも負けてられない。ライゼルをもっと繁栄させていきたいものだ。
俺は活気に満ちた広場の人々を見ながら思った。もっと、もっと。この町を発展させていきたい。そしてそのとき、今の俺の横にはミューゼア嬢が居てくれる。彼女こそは力強い味方だった。
町の視察を終え、セバスが「では、私はこれにて」と執事の仕事に戻っていく。
俺は執務室に向かいながら、ついつい感慨深く呟いてしまった。
「そうだな、ミューゼア嬢。本当に、彼女が来てくれてから全てが変わったよな」
執務室の扉を開けると、ミューゼア嬢が書類仕事をしていた。
彼女は俺に気がつきもせず、書類に没頭していた。相変わらずの集中力、書物庫で大黒魔石のことを調べていたときも、こんな感じだったっけ。
俺は待った。彼女がこちらに気づいてくれるのを。
だけどなかなか気づいてくれないので、仕方なしに最後の手段を取った。
そっと彼女に近づいて、祭り会場で買っておいた『氷雪果実水』をミューゼア嬢のほっぺたに押し付ける。
「きゃっ!?」
その冷たさに悲鳴を上げて、ミューゼア嬢は『戻ってきた』のだった。
◇◆◇◆
「もう、ギリアムさま! そういう悪戯はおやめください!」
私が頬を膨らませてみせると、彼は笑いながら「ごめんごめん」と頷いた。これは反省していない。
「いつかびっくりで心臓が止まってしまいそう」
「ビックリしたら、むしろ動き出しそうですけどね」
悪びれる風もない笑顔。もー憎たらしい。
だけど、手にしたモノを私に差し出し、こう言ってくるのだ。
「お暑い部屋での書類仕事、大変だったでしょう。出来るだけこれを、冷たいうちに召しあがって欲しいと思いまして」
「あ……、氷雪果実水」
これも魔族領ではよく飲まれる、あちらの文化の産物だ。
魔法で冷たく凍らせた果実水。今はちょこちょこライゼルの屋台でも売られるようになったけど、夏場は基本大人気。
「並ばれてお買いになったのですか?」
「そうですよ、ミューゼア嬢とご一緒に飲みたいと思いまして」
わざわざ私の為に。
気が利くのか、無神経なのか、本当にわからない人です。でも、目を合わせたときニコっと笑われると、私は大抵許してしまう。
本当にこの人は、魅力的で――規格外の人。
そう規格外。つい一週間ほど前、エグドアお兄さまとの抗争を終えたばかりなのに、もうこんな無邪気な顔で笑ってる。
――――。
エグドアお兄さまが仕掛けてきた『大量の魔物による暴走』。辺境の小領地程度は軽々と蹂躙し尽くす、悪辣な計画でした。絶望的な状況のはずが、事前に情報を得ることが出来たギリアムさまはそれを、まるで子供の悪戯をいなすかのように、いともたやすく阻止してしまったのです。
ギリアムさまはこともなげにユーノスさまに連絡を取り、ベルクラウス商会の力で敵の兵站を断たせました。
稼いだ時間で、ルナさんの助けを借りて私が製作した精密地図を使い、防衛ポイントを設定。防衛ポイントで『大量の魔物による暴走』を待ち構えていたギリアムさまは、鉱黒竜ヴェガドさまの魔物を引き寄せる体質を借りて、セルベール公爵領に向けて魔物たちの行先を変更させてしまったのです。
ヴェガドさまは「面倒だ」とぼやきながらも私が作った精密地図を参考に、あちらの領民が済む町や村を完璧に避けて、セルベール公爵領の軍事砦へと魔物たちを誘導してくれました。
結果、お兄さまの軍は自らが操ったはずの魔物の対処に追われ、大損害を被りました。公爵領からほどなく離れた王都では、『大量の魔物による暴走から砦を守れなかった無能者』として、エグドアお兄さまの名前が知れ渡ったそうです。
さらには『辺境の民を救った謎の黒竜』などという流言まで流れてしまい、エグドアお兄さまの権威は失墜してしまいました。
この辺の工作は、ユーノスさんの口先に任せたらしいです。
『あいつの話し方は魅力的だから』
そう言ってギリアムさまは笑っていました。
ともあれ。
それ以来、ライゼルには反セルベールの貴族たちからの接触がチラホラ増えてきました。
あの……私もセルベールの名を持つ者なのですが、と困惑していたら、世間では私が『反セルベール派』の旗頭のように扱われていました。どうしてこうなってしまったのでしょう……。
『そりゃあそうでしょうとも。ミューゼア嬢はセルベール家の暗部を公表して追い出されたのでしょう?』
はい。ギリアムさまが言うことはもっともです。
そして、貴方は私の想像を、常識を、遥かに超えた方でした。貴方の隣に居ると、私のゲーム知識なんて本当にちっぽけなものに思えてきます。でも、それでいい。それがいい。この、予測不能な未来こそが、私が望んでいた物なのですから。
根っからの規格外、『原作ブレイカー』。
ギリアムさまは、だからこその方なのです。
◇◆◇◆
「一生懸命に氷水を飲んでおられますね。そんな喉が渇いてましたか?」
なにやら考え事をしながら無言で水を飲んでいたミューゼア嬢の顔を、心配して覗き込む。声を掛けると、改めて「え?」と俺の方を向く彼女。
「いえ、ギリアムさまは凄い方だな、と思いまして」
「どうしました急に」
「ふふ、なんでもありません」
はんなりと笑うミューゼア嬢だった。
褒められているらしいことはわかるが、突然すぎて釈然としない。どゆこと?
俺が困って頭を掻いていると。
「ギリアムさま。私思いついたのですが、この氷雪水を作る魔法をうまく使えば、生肉や魚などを新鮮なまま遠方に輸送することが出来るのではないですか?」
「む?」
「そうしたら、凄い便利だと思うのですが」
おおお。その発想はなかったな。確かに便利だ。
ていうか、上手く使えばなんか物流が変わりそう。ミューゼア嬢はやっぱり目の付け所が違うなぁ。
「いいですね。さっそく今度、ユーノスとガリアードレを交えて相談してみましょう!」
彼女は、俺の羅針盤だ。
幼い頃は進むべき道を示してくれ、今では見たこともない新しい世界を見せてくれる。
彼女となら、どこまでも行ける気がした。地球を見下ろしたあの空の、そのさらに果てまで。
それはきっと、最高に楽しい旅になるだろう。
俺は、ミューゼア嬢のことが、大好きだ。
「あ、ギリアムさま。窓の外をごらんください」
「はい?」
「ほら、あの夜空に」
ドーン、ドーン、と。
遠くから太鼓のような、雷鳴のような音が鳴り響いていた。
すると窓から覗く夜空に、大きな魔法の火花が咲く。あれが……そうか、魔法花火。もうそんな時間だったのか。
「しまった。ミューゼア嬢と一緒に見に行こうと誘いにきたつもりだったのですが、思わぬ時間を食ってしまったようです」
慌てて外に出る準備をしようとした俺を、彼女は止める。
「いいんです。このままここで」
――え?
「この窓から二人で見たい……というのは、私のワガママでしょうか?」
「いえ……。え、それはどういう……?」
「えっと、その……ギリアムさまと、誰にも邪魔されず二人きりで見たいな、って」
「あ」
あ、俺きっといま真っ赤だ。顔が熱い。
「も、もちろん、です。はい。ミューゼア嬢がそれでいいのでしたら」
「ふふ。それがいいのです。ギリアムさまは、どうですか?」
ドーン、ドーンと耳に届く音が遠くなっていく。
その代わりに聞こえるのは、大きくなっていく心臓の音。俺の鼓動。トクン、トクン、とうるさいその音をしばらく聞いたのち。
「えっと……はい。俺も、それがいいです」
窓から、魔法花火が俺のテレた顔を覗き込んでいた。
恥ずかしくて逸らしていた目を彼女に向けなおすと、彼女は囁くように言ってくれた。
「うれしい」
――と。
たぶん今、俺は幸せだ。
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