16 / 23
第六話
6-1
しおりを挟む
理士がひそかを退職してから、店に行く回数はあからさまに減少した。
その代わりとでも言うように彼の自宅を訪ねる日は増えて、定休日の前日は泊り込むことが習慣になりつつあった。
夜を共に過ごす度、理士との関係が分からなくなる。
同じ布団で寝ることもなく、指を絡ませて寄り添い合うこともない。
それでも、理士の無防備な寝顔を見られることが嬉しかった。
明け方、物音で目を覚ます。
キッチンに向かい、理士の後姿を映す。
彼の作る朝食を食べるのは、あの日を含めて五回目になる。
料理の腕前は確かなもので、その理由は飲食店で働いていたということだけでは無さそうだ。
些細なことで感じる、理士と彼の母親との暮らしぶりは、どこか物悲しい。
栄養バランスによく配慮した食事、整理された部屋、心を落ち着かせる観葉植物や生花。
きっと理士は母親を心から愛していたのだ。それゆえに、追い込まれてしまったのだろう。
思索に耽りながらも手料理を味わっていると、理士が薄く唇を開いた。
「あの、静真君……僕、自首しようと思うんだ」
思わず手が止まる。
自覚するほどに、表情は強張った。
「大丈夫だよ、全部ひとりでやったことにするから」
問題はそこではない。
二人だけの秘密が公になるのが嫌だった。
自分だけの理士ではなくなるのが、怖かった。
「……きっと、この先もばれませんよ。だから自首なんてやめましょう。桐ヶ谷さんが悪者にされてしまうだけです」
語気を和らげて言ってみせるが、心は焦燥している。繋ぎ止めたい一心で作った微笑みは、俯く理士には見えていない。
「もう耐えられないよ。……悪者でもいい、本当のことだから」
顔をあげた理士の、力の無い笑みを見たその時、荒々しいものがこんこんと胸に流れ込んできた。
「……桐ヶ谷さんは勝手すぎます」
「わかってる……」
「警察に言ったりなんかしたら、一緒にいられなくなるかもしれないじゃないですか」
それは嫌だ、とそう言ってほしかった。しかし望んだ返事はどれだけ待っても聞こえない。待ったその分だけ絶望が深まるばかりだ。
「……あの時好きって言ってくれたのは、僕に死体を埋めさせるためだったんですか……?」
思わず零れ落ちた言葉に、理士が黙り込む。数秒後に彼が口にした『ごめん』の一言が、静真の胸に、明確で切実な痛みを齎した。
「……僕は、……僕は桐ヶ谷さんにとって何なんですか……」
「静真君は……」
一粒、二粒と机上に涙が落ちる。いつかに聞いたような、心を噛み殺すような嗚咽だ。
照明の下、鮮明に見える泣き顔に、あの時もこんな顔をしていたのだろうかとぼんやり考える。問い質すことも憚られるような、そんな顔を。
混沌とした感情に押し潰されそうになり、居た堪れなくなった静真は逃げ出すように部屋を出て行った。
その代わりとでも言うように彼の自宅を訪ねる日は増えて、定休日の前日は泊り込むことが習慣になりつつあった。
夜を共に過ごす度、理士との関係が分からなくなる。
同じ布団で寝ることもなく、指を絡ませて寄り添い合うこともない。
それでも、理士の無防備な寝顔を見られることが嬉しかった。
明け方、物音で目を覚ます。
キッチンに向かい、理士の後姿を映す。
彼の作る朝食を食べるのは、あの日を含めて五回目になる。
料理の腕前は確かなもので、その理由は飲食店で働いていたということだけでは無さそうだ。
些細なことで感じる、理士と彼の母親との暮らしぶりは、どこか物悲しい。
栄養バランスによく配慮した食事、整理された部屋、心を落ち着かせる観葉植物や生花。
きっと理士は母親を心から愛していたのだ。それゆえに、追い込まれてしまったのだろう。
思索に耽りながらも手料理を味わっていると、理士が薄く唇を開いた。
「あの、静真君……僕、自首しようと思うんだ」
思わず手が止まる。
自覚するほどに、表情は強張った。
「大丈夫だよ、全部ひとりでやったことにするから」
問題はそこではない。
二人だけの秘密が公になるのが嫌だった。
自分だけの理士ではなくなるのが、怖かった。
「……きっと、この先もばれませんよ。だから自首なんてやめましょう。桐ヶ谷さんが悪者にされてしまうだけです」
語気を和らげて言ってみせるが、心は焦燥している。繋ぎ止めたい一心で作った微笑みは、俯く理士には見えていない。
「もう耐えられないよ。……悪者でもいい、本当のことだから」
顔をあげた理士の、力の無い笑みを見たその時、荒々しいものがこんこんと胸に流れ込んできた。
「……桐ヶ谷さんは勝手すぎます」
「わかってる……」
「警察に言ったりなんかしたら、一緒にいられなくなるかもしれないじゃないですか」
それは嫌だ、とそう言ってほしかった。しかし望んだ返事はどれだけ待っても聞こえない。待ったその分だけ絶望が深まるばかりだ。
「……あの時好きって言ってくれたのは、僕に死体を埋めさせるためだったんですか……?」
思わず零れ落ちた言葉に、理士が黙り込む。数秒後に彼が口にした『ごめん』の一言が、静真の胸に、明確で切実な痛みを齎した。
「……僕は、……僕は桐ヶ谷さんにとって何なんですか……」
「静真君は……」
一粒、二粒と机上に涙が落ちる。いつかに聞いたような、心を噛み殺すような嗚咽だ。
照明の下、鮮明に見える泣き顔に、あの時もこんな顔をしていたのだろうかとぼんやり考える。問い質すことも憚られるような、そんな顔を。
混沌とした感情に押し潰されそうになり、居た堪れなくなった静真は逃げ出すように部屋を出て行った。
10
あなたにおすすめの小説
死ぬほど嫌いな上司と付き合いました
三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。
皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。
涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥
上司×部下BL
サラリーマン二人、酔いどれ同伴
風
BL
久しぶりの飲み会!
楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。
「……え、やった?」
「やりましたね」
「あれ、俺は受け?攻め?」
「受けでしたね」
絶望する佐万里!
しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ!
こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。
真剣な恋はノンケバツイチ経理課長と。
イワイケイ
BL
社会人BL。36歳×41歳なので、年齢高めです。
元遊び人と真面目なおっさんという、割とオーソドックス(?)なお話です。個人的には書いてて楽しかった記憶あり。
サンタからの贈り物
未瑠
BL
ずっと片思いをしていた冴木光流(さえきひかる)に想いを告げた橘唯人(たちばなゆいと)。でも、彼は出来るビジネスエリートで仕事第一。なかなか会うこともできない日々に、唯人は不安が募る。付き合って初めてのクリスマスも冴木は出張でいない。一人寂しくイブを過ごしていると、玄関チャイムが鳴る。
※別小説のセルフリメイクです。
happy dead end
瑞原唯子
BL
「それでも俺に一生を捧げる覚悟はあるか?」
シルヴィオは幼いころに第一王子の遊び相手として抜擢され、初めて会ったときから彼の美しさに心を奪われた。そして彼もシルヴィオだけに心を開いていた。しかし中等部に上がると、彼はとある女子生徒に興味を示すようになり——。
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる