その秘め事は誰の為

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第六話

6-1

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 理士がひそかを退職してから、店に行く回数はあからさまに減少した。
 その代わりとでも言うように彼の自宅を訪ねる日は増えて、定休日の前日は泊り込むことが習慣になりつつあった。

 夜を共に過ごす度、理士との関係が分からなくなる。
 同じ布団で寝ることもなく、指を絡ませて寄り添い合うこともない。
 それでも、理士の無防備な寝顔を見られることが嬉しかった。


 明け方、物音で目を覚ます。
 キッチンに向かい、理士の後姿を映す。
 彼の作る朝食を食べるのは、あの日を含めて五回目になる。
 料理の腕前は確かなもので、その理由は飲食店で働いていたということだけでは無さそうだ。

 些細なことで感じる、理士と彼の母親との暮らしぶりは、どこか物悲しい。
 栄養バランスによく配慮した食事、整理された部屋、心を落ち着かせる観葉植物や生花。

 きっと理士は母親を心から愛していたのだ。それゆえに、追い込まれてしまったのだろう。
 思索に耽りながらも手料理を味わっていると、理士が薄く唇を開いた。

「あの、静真君……僕、自首しようと思うんだ」

 思わず手が止まる。
 自覚するほどに、表情は強張った。

「大丈夫だよ、全部ひとりでやったことにするから」

 問題はそこではない。
 二人だけの秘密が公になるのが嫌だった。
 自分だけの理士ではなくなるのが、怖かった。

「……きっと、この先もばれませんよ。だから自首なんてやめましょう。桐ヶ谷さんが悪者にされてしまうだけです」

 語気を和らげて言ってみせるが、心は焦燥している。繋ぎ止めたい一心で作った微笑みは、俯く理士には見えていない。

「もう耐えられないよ。……悪者でもいい、本当のことだから」

 顔をあげた理士の、力の無い笑みを見たその時、荒々しいものがこんこんと胸に流れ込んできた。

「……桐ヶ谷さんは勝手すぎます」
「わかってる……」
「警察に言ったりなんかしたら、一緒にいられなくなるかもしれないじゃないですか」

 それは嫌だ、とそう言ってほしかった。しかし望んだ返事はどれだけ待っても聞こえない。待ったその分だけ絶望が深まるばかりだ。

「……あの時好きって言ってくれたのは、僕に死体を埋めさせるためだったんですか……?」

 思わず零れ落ちた言葉に、理士が黙り込む。数秒後に彼が口にした『ごめん』の一言が、静真の胸に、明確で切実な痛みを齎した。

「……僕は、……僕は桐ヶ谷さんにとって何なんですか……」
「静真君は……」

 一粒、二粒と机上に涙が落ちる。いつかに聞いたような、心を噛み殺すような嗚咽だ。
 照明の下、鮮明に見える泣き顔に、あの時もこんな顔をしていたのだろうかとぼんやり考える。問い質すことも憚られるような、そんな顔を。

 混沌とした感情に押し潰されそうになり、居た堪れなくなった静真は逃げ出すように部屋を出て行った。
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