玉ねぎが、恋のキューピットだったなんて僕は知らなかった

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最終回

4-2

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 いつもと変わらない肌寒い朝と、教室の風景の中に、相も変わらず可憐な姿の双葉がいる。農業とは全くの無縁に見える彼女を、後方のドアからそっと見つめた。

「おはよ日向!」

 友人に背中をドンッと押されて、否応無しに教室の中に踏み入る。

「……おはよ」
「どうした? ボーっとして」
「あ、ううん。何でもないよ」

 本当に何でもない顔を繕って、定位置に着席すると、双葉が白い歯を見せて挨拶をした。
 同じように返すと、続け様に『ねぇ』と声がする。

「今日家来れたりする?」
「え? うん……!」
「良かったぁ。……おばあちゃんがね、今日かき揚げ作ってくれるから柚原君にもお裾分けしようと思ったの。帰りの時間に合わせて作ってくれるみたいだから出来立てを持って帰れると思うよ」
「すっごい楽しみ」
「おばあちゃんの作るかき揚げは絶品なんだよ! 私と作り方は変わらないのに、何でだろう……?」

 後半の愛らしい独り言につい微笑んでしまう。彼女の発言に釣られて、双葉のエプロン姿と手料理を想像するが、こんな状況では夢を見ることさえ出来ない。

「あ、ついでに玉ねぎも持って帰る?」
「お、また貰えるの? ちょうど無くなってきた頃だから助かる」

 どんな調理法にも合う万能食材に、心が浮き立つ。双葉も今にも鼻歌を口ずさみ出しそうな顔で、ニッコリと笑ったが、その笑みはすぐに消えていった。

「……柚原くん、いっぱい食べてくれるから嬉しいな」

 言葉とは裏腹に、視線は斜め下に落ち、顔は僅かに俯いていた。

 半年間双葉と対話をして、分かった事がある。
 彼女が、農業と玉ねぎを心から敬愛しているということだ。

 幼い頃から触れてきた馴染みのあるものを、彼女は一ヵ月後には手放さなければいけないのだ。
 それでいて、ずっと暮らしてきた家とも、親しい友人とも、離れ離れになってしまう。
 感傷的になるのも無理はない。

 励まそうという思いはあっても、その肩に手を伸ばす事もままならない。

「あー、早く授業終わんないかな!」

 もどかしさを紛らわす為に、敢えて調子のいい声色を装ってみる。

「……まだ始まってすらいないよ」

 くすくすと笑う横顔を何気なく見遣った日向は、双葉への気持ちの強さをあらためて確認した。
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