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最終回
最終話
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息せき切って漕いできた自転車を停め、双葉の姿を探す。畑の方から、土を触る音が聞こえる。
「加世田さん!」
半ば無我になって名前を呼ぶと、双葉が驚いた顔をあげた。
「柚原くん……」
日向は自転車を降りて、双葉の元へと走った。
「……柚原くん、どうしたの? 私、また何か忘れてたかな……」
「違う、あの、あの」
急上昇した心拍数が、告白の邪魔をする。手足も震え、冷風に晒されている体は熱い。
これは全力で自転車を漕いできたからではない。双葉への気持ちが、そうさせている。
「あ、あの、好き、で」
言いかけて、息を呑む。
気持ちを伝える時は、ちゃんと目を見て、心を込めて、はっきりと。
いつかに決めた自身の中のルールを思い出し、ぎこちなく双葉と視線を合わせた。
「好きです」
夕闇に伴い、静寂があたりに満ちる。農具を持っていた双葉の右手が、力なく垂れた。
「スマホ届けにきた日から、ずっと、好き」
驚く様子を崩さない上目遣いに訴えかけるように、日向は続ける。
「畑仕事してる加世田さんはすごくかっこいい、……し、玉ねぎのこと話してる時はすごい嬉しそうで可愛くて、何だか僕まで玉ねぎが好きになって、それと一緒に、加世田さんのこともどんどん好きになって……」
語尾にかけて消えてゆく声を、双葉は仄かに頬を赤く染めて聞いていた。口は閉じたまま、彼女の視線は地面に落とされる。
「……だから、あの」
深呼吸をして、もう一度息を吸って、
「大人になったら僕と玉ねぎ農家やりませんか……!」
言葉と共に吐き出す。
それは僅かに反響し、空気に溶け込んでいった。
双葉の瞳が、潤んでいる。瞬く間にその双眸から涙が流れ始め、畑の土に一粒、二粒と滲んでゆく。
「……やりたい、柚原くんと玉ねぎ農家、やりたい……!」
涙ぐんだ音吐は、嬉しいとか、切ないとかいう言葉では表せない感情を引き連れて、日向の胸に染み渡る。
「私も柚原くんのことが好き……!」
汚れた作業着で、双葉が無造作に涙を拭う。そんな彼女を見兼ねて、日向はポケットに入っていたハンカチを濡れた頬に宛がった。
「……暫く会えなくなるけど、私絶対ここに戻ってくる。柚原くんと玉ねぎ作って、一緒に食べたいから……!」
「うん、僕もそのときまでに色々勉強しておく」
幸福感が、全身を包み込む。あと一日で会えなくなってしまう悲しみをも上回る、生きてきた中で一番の幸せだ。
これはきっと、双葉が玉ねぎ農家として、玉ねぎを作っていたおかげだ。玉ねぎと言う存在があり、それを受け取って、そこから全てが始まったといっても過言ではない。
目の前に広がる広大な大地と、その地中に埋まっている数百個の玉ねぎに、心から感謝する。
「柚原くん、抱きついてもいい?」
「えっ……うん」
唐突な問い掛けに、背筋がピンと伸びる。
赤らんだ顔で軍手を外し、双葉はそっと寄り添うようにして、日向に抱きついた。
初めて触れる彼女の温みと柔らかさに、心が震えだす。
日向は周りに人影が無い事を確認し、小柄な彼女を優しく抱き返した。やはり、この小さな体が農業と言う過酷な仕事に毎日向き合っているとは思えない。
隠された強かさと、変わらない愛らしさは、日向の恋情に、また火を灯す。
やっと、双葉との未来を夢見る事が出来た。
薄らと紅葉が色付き始める山々を背に、日向は今年で二度目の春の訪れを感じていた。
「加世田さん!」
半ば無我になって名前を呼ぶと、双葉が驚いた顔をあげた。
「柚原くん……」
日向は自転車を降りて、双葉の元へと走った。
「……柚原くん、どうしたの? 私、また何か忘れてたかな……」
「違う、あの、あの」
急上昇した心拍数が、告白の邪魔をする。手足も震え、冷風に晒されている体は熱い。
これは全力で自転車を漕いできたからではない。双葉への気持ちが、そうさせている。
「あ、あの、好き、で」
言いかけて、息を呑む。
気持ちを伝える時は、ちゃんと目を見て、心を込めて、はっきりと。
いつかに決めた自身の中のルールを思い出し、ぎこちなく双葉と視線を合わせた。
「好きです」
夕闇に伴い、静寂があたりに満ちる。農具を持っていた双葉の右手が、力なく垂れた。
「スマホ届けにきた日から、ずっと、好き」
驚く様子を崩さない上目遣いに訴えかけるように、日向は続ける。
「畑仕事してる加世田さんはすごくかっこいい、……し、玉ねぎのこと話してる時はすごい嬉しそうで可愛くて、何だか僕まで玉ねぎが好きになって、それと一緒に、加世田さんのこともどんどん好きになって……」
語尾にかけて消えてゆく声を、双葉は仄かに頬を赤く染めて聞いていた。口は閉じたまま、彼女の視線は地面に落とされる。
「……だから、あの」
深呼吸をして、もう一度息を吸って、
「大人になったら僕と玉ねぎ農家やりませんか……!」
言葉と共に吐き出す。
それは僅かに反響し、空気に溶け込んでいった。
双葉の瞳が、潤んでいる。瞬く間にその双眸から涙が流れ始め、畑の土に一粒、二粒と滲んでゆく。
「……やりたい、柚原くんと玉ねぎ農家、やりたい……!」
涙ぐんだ音吐は、嬉しいとか、切ないとかいう言葉では表せない感情を引き連れて、日向の胸に染み渡る。
「私も柚原くんのことが好き……!」
汚れた作業着で、双葉が無造作に涙を拭う。そんな彼女を見兼ねて、日向はポケットに入っていたハンカチを濡れた頬に宛がった。
「……暫く会えなくなるけど、私絶対ここに戻ってくる。柚原くんと玉ねぎ作って、一緒に食べたいから……!」
「うん、僕もそのときまでに色々勉強しておく」
幸福感が、全身を包み込む。あと一日で会えなくなってしまう悲しみをも上回る、生きてきた中で一番の幸せだ。
これはきっと、双葉が玉ねぎ農家として、玉ねぎを作っていたおかげだ。玉ねぎと言う存在があり、それを受け取って、そこから全てが始まったといっても過言ではない。
目の前に広がる広大な大地と、その地中に埋まっている数百個の玉ねぎに、心から感謝する。
「柚原くん、抱きついてもいい?」
「えっ……うん」
唐突な問い掛けに、背筋がピンと伸びる。
赤らんだ顔で軍手を外し、双葉はそっと寄り添うようにして、日向に抱きついた。
初めて触れる彼女の温みと柔らかさに、心が震えだす。
日向は周りに人影が無い事を確認し、小柄な彼女を優しく抱き返した。やはり、この小さな体が農業と言う過酷な仕事に毎日向き合っているとは思えない。
隠された強かさと、変わらない愛らしさは、日向の恋情に、また火を灯す。
やっと、双葉との未来を夢見る事が出来た。
薄らと紅葉が色付き始める山々を背に、日向は今年で二度目の春の訪れを感じていた。
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