蒼い春も、その先も、

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不治の病と春めく唇

7-3

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 何日経過したのか曖昧であったが、椿の焦燥しきった顔を見る限り、会うのは久々だと言う事が分かる。

 穂希は俯く彼を招き入れ、ふらふらと居間に向かった。
 床や机上に散乱したものをベッドに置いて、まずは椿の座る場所を確保する。それから、自殺の為に使おうとしていたロープをカーテンレールから巻き取った。

「……穂希くん、その……大丈夫?」
「あんまり。……って、ごめん。反応に困るよね」

 苦笑し、纏めたロープもベッドに放り投げる。着地した途端にそれは呆気なく解けた。

 今回の自殺も、失敗に終わった。
 椿の声を聞いて、気持ちが揺らいでしまったのだ。

 正気を取り戻した今、先程まで抱いていた自殺念慮は他人事にも思えた。

「穂希君、何かあった?」
「まぁ、ちょっとね。でも大した事じゃないんだ、俺が弱いだけで」

 何度目かの自殺を試みた理由は“母親の声を電話越しに聞いたから”。ただそれだけだった。

 たったそれだけの事で体調を崩し、電話も面会も拒絶し、自ら命を絶とうとする意気地無しを、常に真摯に生きる彼はどう思うのだろう。

 ぎこちない空気が流れ、沈黙が深まる。

「……あ、そういえば今日葉月さんと会ってね。穂希君のことすごく心配してたよ」
「……そう」

 葉月の顔が、心中を掠めた。
 この伝言が無かったとしても、スマートフォンの着信履歴を見れば、彼女がどれだけの不安を募らせていたか、ある程度推し量る事が出来る。

「葉月、他になんか言ってた?」
「あ……えっと、『私が原因だったらごめんって言っておいて』って……」 

 やはり、葉月は勘付いていたようだ。
 穂希は一瞬表情を強張らせたが、すぐに柔らかい笑みを作った。

「そっか、ありがとう。また俺から電話しとくね」

 会話に終止符を打ったつもりだったのだが、椿の視線がなかなか離れない。だからといって見据えているわけではなく、逸らしては見つめてを繰り返していた。

「……ロープの痕?」
「……いや、あの……唇切れてる……」

 唇に触れると、指先に真っ赤な血が付着する。椿はこれが気になっていたらしい。
 普段は何事もテキパキとこなし流暢に話す彼が、今は随分と子供っぽく見える。
 穂希は立ち上がり、椿の右隣に座った。

「椿、何か言いたそうだね」

 身を寄せると、彼が僅かに後退する。頬を紅潮させ、明らかにうろたえていた。

「キ……」
「何?」
「キス……したい」

 消え入りそうな声で、椿は言った。体は震えていて、顔は面白いくらいに火照っている。

「血、付いちゃう」
「……それでもいい」

 誠実で素直な瞳が、血の滲む唇を映した。

 何も言わずに、目を閉じる。躊躇っていた気配が去り、肩を引き寄せられたかと思えば、潤った唇が静かに触れた。

 初めての口付けで、穂希の心は華やぐ事も、多幸感を覚える事もなかった。
 だが、求められる事への安心感だけはその胸を満たしていた。
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