蒼い春も、その先も、

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昨春の今より

14-1

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 日中のみならず朝晩もだんだんと暖かくなってきて、穂希は半袖で過ごす事が多くなった。
 もちろんそれは家に居る時に限った話ではあったが、窓を擦り抜けて入ってくるそよ風を素肌に感じるのは、やはり心地好かった。

 軟風で、椿の髪が揺れている。日の光を浴びる彼の横顔は、穂希から見ても魅力的だ。
 ぼーっと見つめていると、椿はすぐに視線に気付いて微笑んだ。

「もうすぐ夏休みだね」
「うん。椿は夏休み何するの?」
「バイトと夏期講習かな」

 さらりと言ってみせた椿の指は、今現在も参考書を捲っている。

「……疲れないの?」
「うーん、疲れないことはないけど、夏休みは授業もないし自主学習だけじゃ補えないから」

 諦念に満ちた声遣いと、自分を騙そうとしているような笑顔が胸に引っ掛かった。顔を覗き込み、改めて彼の心底を窺ってみる。

「……椿無理してる?」
「そう見える?」
「うん」

 即答すると、椿は苦笑した。どうやら図星だったらしい。

「僕そんなに分かりやすいかな」
「分かりやすくないけど……何となく悩んでるように感じる」

 椿の表情が翳りだす。普段大人びているからこそ、今の椿は実年齢よりもずっと幼く見えた。

「……最近色々考えちゃって」

 こんな時“普通”の人ならどうするのだろうと考える。
 肩を摩るとか、労わる声を掛けるとか、気分転換に適した場所に連れてゆくとか、幾つか頭に浮かんだものの、どれも違う気がした。

 ――――結局、自分に出来る事はこれしかない。
 カッターナイフを握り、首に線を刻む。
 驚いた椿が穂希の手首を掴んだが、傷からは既に血液が流れ出していた。

「そんな、……死んじゃうよ!」
「大丈夫。首切ってもさ、思いっきり深くまで切らないと死ねないんだよ」

 首筋には、過去に自殺未遂をした時の傷が残っていた。激痛に耐えながらも抉り切り裂いたのに、死に損なってしまったのだ。
 穂希はふわりと蘇った記憶を振り払い、椿の視線を誘導する。

「これ見たら落ち着く?」

 傷口を晒し周囲の血管を圧迫すれば、再び血が滲み出してくる。自責と欲望の狭間で、椿は吐息を震わせて、ただ呆然と生傷を見つめた。

「おいで」

 手を広げると、彼は驚くほど素直に言葉を聞き入れて、力なく肩に顔を埋めた。

「せめて俺の前では本当の椿でいて」

 抱擁を解かないままに、椿が小さく頷く。

 多分、これは自分が誰かに言われたかった言葉だ。
 そして、そんな言葉によって椿が“等身大の自分”で居てくれたなら、自分自身もありのままの姿で生きてゆける。そう思った。
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