うそつきな友情(改訂版)

あきる

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第26話

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 力を失い、地に落ちた腕に、そっと触れた。

 倒れた体を、ぎゅっと抱き締める。
 意識を手放した相手の顔には、疲労の色しか見えない。
 抱き締める腕が訳の解らない恐怖に震えた。

「どうしよう、保健室っ。いや、誰かを呼んでっ」

 久賀の体を抱きかかえながら、落ち着けと頭の中で繰り返した。
 冷静さを失って、衝動的に行動したからさっきは大変な目にあったんじゃないか、主に久賀が。
 人間クッションにした件はまたあとで改めて謝罪するとしてだ……現状をどうにかしなければ。

 まずは深呼吸だ。

 手を胸に当てて、大きく息を吐き、大きく息を吸う。数回それを繰り返し、よしっと小さく呟いた。

 状態の確認。

 心臓は動いてる。
 呼吸も大丈夫。
 頭を打ったわけじゃない。

 原因の追求。

 発熱による、意識不明?
 それともやっぱ、下敷きにした所為かな。

 応急処置。

 ……よし。わからん。
 俺は医者じゃないっつーの!

 やっぱ保健室だと決め、背中に背負っていこうと久賀の腕を掴んで、はっとする。

 手首には、怪しすぎる縄の痕。
 ヤバいヤバイマジでヤバイだろうコレハ。
 視線を彷徨わせて、うっかり気づいてしまった首筋の鬱血。
 ああ……キスマークだよなぁ、よく見りゃ鎖骨の上にも。ううっ、非常にマズい。絆創膏でカバー出来るか、コレ。

 よしんば、キスマークは誤魔化せても、両腕はアウトだろう。先生に見つかったら即親呼び出しの生活指導室送りだ。

 虐待。
 イジメ。
 過激で特殊な性的行為。

 選択肢はそれぐらいか。

 縄目=ウリにはならないだろうけど、従兄弟さんに内緒にしているんだよなコイツ。

 身内で一緒に暮らしてる従兄弟さんには「久賀龍二君が腕に怪我をしてますが、理由は知ってますか?」的な質問が入ると思う。

 マズい、よな。
 コイツ。誤魔化すのか?それとも開き直る?いや、多分前者だ。
 だってこいつ、サボってる間、北海道に居ることになってたんだぜ。

 昨日、従兄弟さんに話を聞いて、心底驚いた。

『北海道に出張中の従兄弟がいて、仕事のアシスタントに行っている。日曜に帰る予定がスケジュール変更で人手が足りず、戻ってくる日が延びた』と、説明された。

 人の裏表を見抜く特技は無いが、従兄弟さんが嘘をついているようには思えなかった。おそらく、多分。
 だとしたら、嘘つきは久賀龍二の方だ。

 ナガノさんとの金のやり取りを偶然目撃したのは日曜日のこと。

 そのあと北海道に舞い戻った可能性も無きにしも非ずだが、久賀はあの日『また明日な』って言ったんだ。

 あの日はもう、どんなに急いでも北海道行きの飛行機には間に合わないだろうし、翌日に飛行機に乗った可能性もゼロではない。ゼロではないが……。

 じっと手首の痕を凝視する。

 ―あの日は、こんなとこに傷なんて無かったよなぁ……。

 わざわざ、北海道に出張してる従兄弟のところまで行って、手首を縛られてきた。そんなの、あり得ないだろう。
 いや、サド帝=従兄弟(北海道出張中の)なら可能性はあるか?
 わからない。
 答えを持っている相手は、青い顔してオヤスミ中だ。
 はぁ……どうしよう。
 従兄弟の史彦くんにウリを隠しているなら、保健室はやはりアウトだよな。 
 バラしたら殺すとまで言われたんだから。

【殺す】だなんてそんなの、ただの脅しで本気ではないだろう、と、そう楽観する事が出来ないほど、コイツの言葉には殺意が満ちていた。

 だけど、このまま放っておける?
 もしかしたら、命に関わるような問題が起きてるかもしれないのに?

 保健室に行けば、まず間違いなく久賀の体についてる痕の異常さには気づかれてしまう。
 でも、ウリを止めさせるには、いっそバレた方がいいのかな?
 そうなったら確実に憎まれるだろうけど、久賀が身を売るような真似なんて、しなくてもよくなるかも……。

 殺すとハッキリ言葉にしたくらいだ。
 もしバラしたら、誰かにバレるような真似をしたら、久賀は俺を許さないだろう。
 恨まれて、嫌われて、今までみたいに軽口を交わすことも出来なくなって……ああ、ダメだ。
 無理。
 俺には無理だ。

 心が、ぎしぎしと軋んでいた。
 どうしよう、俺、弱い……。
 嫌われることが、常識を見失うくらい、怖い。

「……はっ……マジかよ最悪」

 最悪で、最低なのは俺の方だ。
 友人が死ぬかもしれないって時に、自分が嫌われたくないって自己中心的なキモチの方が上回った。
 そして、必死に言い訳を探してる。

 殺すとまで言ったんだから、久賀は絶対にバレたく無いはずだ。とか。
 大丈夫。息もしてる、脈もある、大丈夫。とか。
 体調がもともと悪かったんだ。
 寝不足みたいだったし。
 限界が来てぶっ倒れただけ。
 大丈夫。
 そんな簡単にヒトは死んだりしない。

 大丈夫。大丈夫。大丈夫……。


 ホントウに?

 ぎゅっと、久賀の体を抱きしめた。
 熱っぽいけど、一定のリズムで吐き出される息が首筋にあたった。
 どくどくと、命が巡る音が聞こえる。
 嫌われたく、ない。と、ひたすらに願った。

 好かれていないことは知ってる。
 気づいてる。
 久賀にとっては、俺なんていてもいなくても変わらない存在だ。それも分かってる。

 でも、笑うんだ。コイツ。
 嘘をつくときの顔じゃなくて、ただ可笑しくて仕方ないってカンジで笑うんだよ。
 俺がバカな発言をした時なんかに「ちょーウケる。尾上っ」つってケタケタ笑うんだよ。

 そしたら、俺も楽しくなって、嬉しくなって「うっせ。笑ってんじゃねぇよ。ムカつくな」って小突き合って、フザケ合える。
 確かな友情があると勘違いしてしまうくらい、側にいると居心地がいい。
 
 うそつきな友情だと、薄っぺらい関係だと、今はもう知っているのに、ちゃんと分かっている。

 分かっている、のに。
 手放せない。
 
 嫌われたら、死んでしまうかもしれないなんて、真剣に思ってしまったくらいだ。

 脳みそ、イカレてんのか。
 なんだろうコレ。
 なんでこんなに、執着してるんだろ。

 女よりもヨくて。
 カネで寝るなんて行為、止めさせたくて。
 うそつきな友情なんかじゃ悲しくて。
 会えない日が続くと、つまらなくて、とても寂しい。

 馬鹿なハナシをして笑えば、誰といるより楽しくなれる。
 嘘臭い笑顔の時もサイコーにカッコよくて憧れた。
「イケメンずりぃぞ」なんて茶化して笑う日常に、不思議なくらい幸せを感じていた。

 教室の自分の席から見える背中と横顔は、いつだってリアルに思い出せる。
 教科書を捲る指の動きすらも、鮮明に思い描ける。

 不敵に笑うコイツから目が離せなくて、弱みを握り合った取引が必要なくらい信用されていない事が辛くて、嫌われて憎まれるかも知れないと思っただけで、喉の奥が熱くなる。

 まるで遊びのように交わされた大人のキスに、雄のプライドはガタガタに傷つけられた。
 触れるだけの唇に、どうしようもなく心が躍った。
 泣きそうなくらい、心が躍った。

(あー……いやだ。認めるな)

 バシッと自分の頬を両手で叩く。

「いってぇ」

 ヒリヒリする頬に、ちょっぴり涙が出た。
 しっかりしろよ、俺!なにセンチになってんだよ。

 自分が抱いている感情の名前に気づかないフリをして、久賀の腕をぐっと掴んだ。

「保健室」
 
 に、連れて行く。

 恨まれて、嫌われて、今までみたいに軽口を交わすことも出来なくなって……もしかしたら久賀は学校をやめてしまうかもしれない。

 想像するだけで、痛い。
 だけど、このまま、放っておくことは出来ない。


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