うそつきな友情(改訂版)

あきる

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第76話

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「ちょーっとまったぁぁ!!何やってんの久賀さーん!!!」

 腕を掴んで思いっきり叫ぶ。
 だれかコイツの頭の中をスキャンしてくれない?全くもって意味不明です。

「何って、生着替えてきなもの?」

「意味が分かりません!!なぜにここで何の前触れもなく、そんなお色気モードが発動するわけですか!!」

「いや。俺の色気は始終垂れ流れてるから、別に今に限ったことじゃねぇし」

「ハナシが逸れたー!!俺の言い方が悪かったんだなゴメンな!お前の色気どーこーはいったん置いとこう!いや、でも垂れ流すな、出来れば垂れ流さずに止めてくれ!な?たぶんその無駄な色気のせいで被害者出ちゃってるから。よし落ち着いていったん止めよう!冷静になろう?はい、深呼吸!すぅ~はぁ~」

「うーん?騒いでいるのは尾上の方ですが?」

 俺は至って冷静で真面目ですよー。などと言いながら久賀は服をめく……るんじゃないっ!

 すばっと、服の裾を掴んで阻止をする。
 いま、一瞬、ヘソチラですた。
 かなりの衝撃です。
 心臓が痛いです。

 ヤローのヘソチラにドキドキしている俺は、いっそ生まれる前からやり直したいです、お母さん。

 心臓の鼓動が痛くて、どうしよう。
 お、落ち着け。
 冷静に現状を把握し、もっとも的確で効率がいい方法を選択しよう。さて、方法ってなにをどーする事が目的だ?

『おがみんハ混乱シテイル』とか、RPGの窓的なものが思い浮かんだ俺のノーミソ、現実に戻ってください。

「ついに自分でオガミンって言っちまった……」

 脳内で、ですが。
 大ダメージだ。
 頭を抱えて、その場にしゃがみこむ。
 えー……どうしてこんなに脳内が荒れてるんだっけ?

「優雅!なぁなぁゆーが。ゆうたんってば!俺のシャツどこだよ?」

「さっきおまえの顔にぶち当てただろう」

「ちげぇーよ。アレじゃなくて黒のタンクトップ」

 俺の脳内を混乱に貶める半裸の男は、保健室の窓から頭を突っ込んで叫んでいた。

 いつの間に脱いじゃったのお前!!!

 その背中をガッツリ凝視して、思考が凍結する。
 日に焼けた肌と本来の肌の色差。
 思ったより引き締まっている肉に(もっとガリガリひょろ男だと思っていました)肩甲骨のカタチ。
 明らかな情事のしるしと、背中の至る所にあるキズアト。

 はじらいなんか飛んでっちゃうくらいの衝撃を受けて、俺は思わず相手の背中に張り付いた。

「にゃっ!な、何するかな突然?」

 吃驚したのか背筋がピーンとなった久賀が、動物の鳴き声みたいな音を発したような気がしたが、それを確認して、悶える余裕は微塵もない。

 熱を帯びてあつい背中を掌で触ると、キズアトが生み出す微妙な凹凸を感じ取ることが出来た。

 それはたぶん、たくさんの血を、流した痕だ。

「えーと、尾上?」

 俺の背中に何か珍しい生物でも引っ付いていましたでしょうか?と困惑を含むふざけた台詞が降ってくる。

「おまえ、これ何だよ。背中、傷だらけじゃん」

 心臓は早鐘を打つ。
 耳の中で聞こえるドキドキは、恋が生み出す鼓動ではない。

「まさかっ、客にヤられたんじゃないだろーな!!!」

「ピンポーン。キスマークはもれなくお客さんにつけられたのでーす」

 振り返った久賀が壁に体重を預けながらにやにや笑う。
 ふざけんなよ!と視線に込めて睨みあげても「あららん、目が怖いわよん、オガミン」と笑うばかりだ。

 ウルサいぐらい鳴り続ける心臓の音。
 それは、無力な自分に対する、憤りだった。

 たとえば俺が、もっと強くて、久賀を脅かす何かを振り払う力があったとしたら、俺はきっと惜しみなくそれを使うのに。
 理不尽で身勝手でワガママな行為だったとしても、コイツを守るためなら、迷ったりしないだろう。

 もし俺が金持ちならば、久賀の時間を全て買い取って独占して、二度と誰かにコイツを傷つけさせやしないのに。

 それが、道徳に反する売春行為であっても、コイツを守るためならどんな痛みにだって堪えられるだろう。

 だけど俺はただのガキで、ヒーローのような超人的な力も持っていなければ、億万長者の子どもでもない。

 拳を握りしめても、唇を噛み締めても、無力な自分は消えなかった。


「ただの古傷だろう。チビが想像しているような事ではない」

 バサリと、久賀の頭の上に黒い服が落ちてきた。
 椎名が投げた服に顔を半分隠されながら「個人じょーほーを流出させないで、ゆーたん」と、久賀が明るい声音で笑う。

 黒のタンクトップに頭を突っ込めば、服の下に傷は隠れて見えなくなる。

「古傷……」

 呟くように零れ落ちた音を自分が発したのだと理解するのに、かなりの時間がかかった。
 
 久賀は固まってる俺なんかにはお構いなしで、さっさとユニフォームを脱ぎ捨てて、ワインレッド・ネイビーチェック柄の制服に着替えたらしい。
 俺の脳みそがまともに動いていたら、一部始終を脳内カメラにおさめたのに、非常に残念だと、冷静になってから後悔するわけですが……。

 思考が停止していた俺は、ペチペチとほっぺたを叩かれたところでようやく覚醒した。

「おまえ、立ったまま寝てるの?器用だな」

 痛みなんてちっとも見せずに、久賀が笑う。
 きらきらと輝く粒子がこぼれ落ちるみたいに、久賀が笑う。
 友人の名前を手に入れて、一体何が変わっただろう。
 相変わらず、壁は俺たちを隔てていた。
 初めての信頼に触れて浮きだっていた気持ちは、どこに行ったのだろう。

「おまえ、痛くねぇの?」

 きれーな笑みを浮かべる相手を見ていると、とても悲しくなって、つい訊いてしまった。

 その傷は、痛まないのか?
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