堕恋 (完結)

Oj

文字の大きさ
2 / 6

2

しおりを挟む
外回りからの帰り、経費精算のためにウキウキで経理課に行くと、怒鳴り声が聞こえてきた。
「何度言ったらわかるの!このやり方だとあとで金額が合わなくなるの。ちゃんと確認してちょうだい!」
覗くと、真理が涙をためて叱られていた。
「ちょっと、待ってください。そんなに怒らなくても」
ヒートアップしている女性社員に声をかけると、怒りの矛先は涼介に向いた。
「そうやって甘やかすから、この子がまともに覚えないのよ!」
女性社員はカンカンに怒ったまま自分の席に戻った。
経理課の課長は不在のようだ。真理は立ったまま泣きそうになっている。
「真理ちゃん、ちょっとこっちに」
外に連れ出し、自動販売機でコーヒーを買って渡す。
ベンチに腰掛けて静かに涙を流す真理のそばで、涼介はコーヒーを飲みながら彼女が落ち着くのを待った。
「ごめんなさい、ごちそうさまです」
真理は小さく呟いてコーヒーを飲み始める。
怒りでも悲しみでも、女性が感情的になったときはなにも言わずにただそばにいる。無理に聞き出さず、余計なことも言わない。妻から学んだ処世術だ。
「いやいや。少し休憩して、戻ろうか」
真理は笑顔を見せてくれた。
その日の帰り。車通勤の涼介が車に向かうと、影から真理が現れた。
「あの、さっき、ありがとうございました。これ、お礼です」
真理が缶コーヒーを差し出してくれた。受け取ると、一緒に紙を渡される。それがなんなのか聞く間もなく、真理は去ってしまった。
車に乗り込み折りたたまれた紙を開くと、アプリの名前とIDが書かれている。その下に『連絡待ってます』の文字を見つけて、涼介は慌ててスマホを開いた。



土曜日。妻と子供たちと共に公園へ向かう。公園へ行く前に、例の保育園を外から覗いてみた。見学はできないが、雰囲気だけでも知ってほしいという妻の提案だった。正直なにがどう良くて悪いのかわからないが、保育園の子供たちは元気そうだ。
「いいんじゃない?華が選んだなら、間違いないよ」
近所でも大きい公園で、子供達はふたりとも楽しそうに遊んでいる。上の子はブランコ、下の子は滑り台。涼介は上の子について子供を眺める。子供達は元気で、妻は下の子を追いかけ回している。
(平和だなぁ)
スマホが震えてすぐさま画面を開くと、メッセージの通知が見えた。アプリを開くと、真理からの連絡だった。
『天気がいいですね。何してますか?』
『子供達と公園にきています。』
返信をしようと思ったが、子供がブランコから落ちてしまっていた。擦りむいたのか、膝から血を流して泣いている。
「あー、血が出ちゃったな。ママのところに行こう」
スマホをしまって、涼介は子供を抱き上げた。
その後もバタバタと時間が過ぎ、真理に返事ができたのは夕方だった。
『今日は公園に行きました。子供が怪我をして大変だったよ。』
絵文字を入れるべきだろうか。入れるならどの絵文字がいいだろう。おじさんと思われてしまわないだろうか。
そんなことを考えながら、涼介の気持ちはウキウキと弾んでいた。




外回りからの帰り道、時計を見て涼介はため息をついた。
今日は件数が多い上に場所が遠かったため、とても時間がかかった。定時はとっくに過ぎていて、会社の電気はついているものの、人はまばらだった。
(真理ちゃん、もういないよな)
そう思いつつ経理課に顔を出すと、私服の真理がデスクにいた。
「真理ちゃん?」
声をかけると、真理は顔を上げて笑顔を見せてくれた。
「鈴木係長!」
疲れた体に、真理の笑顔が染み込んでいく。しかし、こんな時間に私服で何をしているのか。近づいてみると、デスクに伝票が広げられていた。
「勉強してたんです。この処理は、どうだったかなーって」
「そうなんだ。えらい、勉強熱心だね」
真理が頬を染めて笑い返してくれた。
するりと、真理の手が涼介の手に絡みつく。そのまま真理の手が、涼介の手を一つの伝票に導く。
「これって、どうやって処理するんですか?」
「そ、それはさすがにわからないな…明日課長に、聞いたほうが」
「鈴木係長に、教えてほしいんです」
真理の潤んだ瞳が見上げてくる。涼介はごくり、と生唾を飲み込む。
「この後、時間、あるかな」
真理は頷いて、二人別々に涼介の車へ向かった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

抱きしめて

麻実
恋愛
夫の長期に亘る不倫に 女としての自信を失った妻は、新しい出会いに飛び込んでいく。

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

ローザとフラン ~奪われた側と奪った側~

水無月あん
恋愛
私は伯爵家の娘ローザ。同じ年の侯爵家のダリル様と婚約している。が、ある日、私とはまるで性格が違う従姉妹のフランを預かることになった。距離が近づく二人に心が痛む……。 婚約者を奪われた側と奪った側の二人の少女のお話です。 5話で完結の短いお話です。 いつもながら、ゆるい設定のご都合主義です。 お暇な時にでも、お気軽に読んでいただければ幸いです。よろしくお願いします。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

処理中です...