堕恋 (完結)

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自宅での話し合いは、思い出したくもない。華の意志は固く、離婚以外考えられないと言われてしまった。華の両親から連絡を受けて飛んできていた涼介の両親からは、罵倒され殴られた。子供達は義母が連れ出してくれていて、殴られた現場は見せずにすんだ。泣き出す涼介の母親とは対象的に、華は終始冷静に話をしていた。あのあと、弁護士と何を話したのだろうか。華は覚悟を決めてしまっていた。もう、元には戻れなかった。
子供達は華と華の両親とともに華の実家へ。
自宅は売却して華と折半し、慰謝料は財産分与分から一括で支払い、養育費も足りない分は分割で支払うことになった。
後日、会社からは解雇が通達された。真理も同様に、解雇処分されたそうだ。
最後の出社日。自席の荷物をまとめて会社を出た。出社というより、最後の後片付けだった。誰とも話さず、一礼して営業部を出た。
「あの、」
荷物を持って車に向かっていると経理部の女性社員が声をかけてきた。真理を激しく叱責していた女性だ。女性は周りを見渡し、人がいないことを確認してから話し始めた。
「酒井さんの、ことなんですけど、以前叱ってしまったときは、私の叱り方が悪かったです。甘やかして仕事を教えようとしない課長も、悪いんです。経理が難しいなら、他の部署への打診をしてあげるべきで、私も何度も上には言ったんです」
女性は真理の話をし始めた。あれから涼介は真理と一切連絡を取っていない。今日会うことがなかったのも、会社が別日になるよう配慮してのことだろう。あまり聞きたくない話だったが、涼介は動けなかった。
「でも、課長は彼女を手放したくなかったんだと思います。もっと違う教育ができたら良かったんですが、何度教えても自分のやり方を突き通して間違える彼女に疲れてしまって…」
真理が仕事ができないのは本当のことだったようだ。正直、涼介も薄っすらと気づいていた。自分と関わりたいがために簡単な処理も頼って聞いてきてくれていると思っていたが、他の処理も間違いが多かった。経理課長が「いいよいいよ」と、この女性に後処理をさせているのも見たことがある。
「私、彼女に嫉妬なんかしていません。たぶん課長ともなんらかの関係があったんだと思うんです。そんな彼女に私、嫉妬なんかしません。それだけはどうしても言いたくて。引き止めてすみません、お疲れ様でした」
女性は頭を下げて去っていった。冷静になって思い返せば、思い当たる節はいくらでもある。経理課長の真理を見る目が、部下を見守るだけではないことも。
涼介はゆっくりと車に向かって歩き出した。


久しぶに恋をした。久しぶりではない。あんなに溺れるような恋はしたことがなかった。会えなければ、もどかしさで気が狂いそうだった。
恋は優しいだけではなく、身を焦がすような激しさを含んでいる。
涼介は真理という恋の沼に落ちて抜け出せなくなった。
もう若くない涼介にとって恋は、地獄への泥沼だった。




END
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