いざなみさまごっこ

杏樹まじゅ

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【第三章.妹】

【十八.妹】

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 お母さんに連れられて、運転する四駆の助手席に座って、名古屋から車で二時間かけて……私は、三重県の山奥にある、あの場所にやってきた。

 宗教法人 いざなみのいえ。

 二年半ぶりの来訪。思い出されるは痛みと苦痛まみれの地獄の日々。

「あら、熾神さん、いらっしゃい」

 玄関先で「せんせい」が出迎える。私はびくん、と身体を強ばらせた。怖い、怖い、怖い、怖い──。

「大丈夫よ」

 お母さんが言った。

「あなたを知っているひと、スカーレット様以外もういらっしゃらないから」

 ? それはなんでなんだろう、と私は思った。確かにこの人も、あっちで花々に水やりしてる人も、知らない人ばかりだ。今日は面会に来ました、とお母さんが伝えると、くんれんしつの横にある面会室に入った。

「ほら、これ。渡してあげなさいよ」

 お母さんは、そう言ってバッグから取り出したものを渡してきた。どこで買ったのか、子猫のキャラクターが描かれていてかわいい、真新しい便せんと封筒のセットだ。手紙を書いてあげて。お母さんはそう言うと、引きつった顔でわらった。いや、とても疲れているのかもしれない。しばらくして、面会室に美影が入ってきた。

「ようこそおきがみつきこちゃん。わたしの最高を見に来てくれてありがとう」

 そう言って、聖母スカーレット様は、まるでサーカスの一座のように仰々しく、スカートをちょっとつまんでお辞儀するカーテシーをした。

「さあ、ご覧入れましょう、いざなみのいえの芸術・熾神茜さんのご入場です! はくしゅー!」

 ……がちゃり。あのくんれんしつの重い鉄の扉が開いて、茜が入ってきた。いや、運ばれてきた。

「茜……!」

 私は、絶句して口を手で覆った。だって、二年半ぶりに会った妹は──。

 目を包帯でぐるぐる巻きにされて、後ろ手に手錠をはめられて、「せんせい」たちに引き摺られてきたのだから。

「──あ。茜が見える。てことはお姉ちゃん。き、来てくれたんだあ」

 にいい。あかねは抜けてスカスカになった歯を見せて笑う。そのまま、面会室のパイプ椅子に座らせられた。骨が浮き出るほどにやせ細った手足。首なんて骨と皮しか見えない。

「何を……したの? 妹に何をしたのっ!」

 私は声の限りで怒鳴った。

「いざなみさまごっこ、だよ。居なくなったおきがみつきこちゃんに代わって、毎日毎日。それはもう熱心にくんれんをしていたから。茜ちゃんはなんとたったの二ヶ月でいざなみさまのお遣いになったんだよ」

 美影は信じられない程に優しい声でそう伝える。

「もう物を見る必要もなくなっちゃったからね、お目目もこっちで預かってるよん」
「──っ!」

 私は悲鳴にも似た声を上げた。はらり、と包帯を取った「そこ」には何も無かった。本来あるべき、きらきらしたあの可愛いトパーズの瞳の眼球が。

「え、えへへ、大丈夫。よ、良く見えてるよ、お姉ちゃん。茜が」

 ひまわりのヘアピンがよく似合う可愛かった妹は、不自然に舌っ足らずな口で微笑んだ。

「茜──。あかね……」

 ぽたっ。ぽたたっ。目から涙が、何粒も、何粒もとめどなく溢れた。それは妹があまりにも痛々しい姿を見たショックによるものなのか。それとも妹を置いて逃げた自分への自責の念によるものなのか。それとも──。

 自分でなくてよかったという、安堵によるものなのか。

 私はそれを、生涯死ぬまで考え続けることになるのだが、今はまだそのことを知ることはない。

「それよりさ、そ、それ、なあに?」

 そんな私の葛藤を知らぬ変わり果てた妹は、私が零す涙の先に見える便せんセットが気になるようだ。ああ、これ。

「……茜にあげるよ。お手紙、書こうね……」

 感情の濁流に溺れる今の私には、そう答えるのがやっとだった。

「うん! う、うれしい、お姉ちゃん。だ、だいす」
「はーい、面会時間終了でぇすっ!」

 この同い年の聖母様には、ヒトとしての心が欠落してしまっているのだろうか。空きっ歯になってしまった口で微笑む妹を後ろから羽交い絞めにして無理やり立たせた。でも、妹は終始笑顔のままだ。

「きょ、今日は、き、来てくれてありがと。またね」

 がちゃん。

 しばし、残された私たち母娘の間に静寂が流れる。次に、沈黙を破ってお母さんが口を開いた。

「良かった。茜、月子が来てくれて喜んでたね」

 このひとは、本気でそんなことを言っているのだろうか。あんな、余りにも痛々しい姿を見たばかりだというのに。でも、責める気にはならなかった。私の方が「重罪」なのだから。
 こうして私は、新たな地獄にまた身を置くこととなったのである。

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