殺人事件ライラック (ブリキの花嫁と針金の蝶々)

尾崎諒馬

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第四部 以下、事件の真相に触れる箇所が……

尾崎凌駕と鹿野信吾の会話 その2 続き

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   尾崎凌駕と鹿野信吾の会話 その2 続き

「こんな感じだ。すまん、少し疲れた」鹿野信吾はそう言った。
「なるほど、それが頭にあって、ああいう行動を――、外から鍵ねぇ」尾崎凌駕は唸った。「面白いね」
「しかし――」鹿野信吾が付け加える。「犯人は高柳一。探偵役だ」
「そうか」尾崎凌駕は笑った。「しかし、俺がその高柳だとすると、こう推理するぞ。犯人は日野茂だと」
「そうだな」
 それで二人はしばらく沈黙する。
「しかし、実際の別荘では――」尾崎凌駕が続ける。「窓は破らなかった」
「それに――」鹿野信吾も続ける。「針金の蝶々が存在しない、あれがないと密室から犯人は脱出できない」
「針金は蝶々ではなく、単に外側のドアノブに絡まっていた」尾崎凌駕が尋ねる。
「そうだ。まるで針金の蝶々を誰かが握り潰したかのように」
「馬鹿にして?」
「そうかもしれない……」
「まあ、針金の蝶々のトリックは実際には使われていない、というわけだな」
「そうだな」
「ということは、そのトリックを思い出したと。小説では思い出せない、となっているが」
「あの時は思い出せなかったが、今なら思い出せる」
「そうか」尾崎凌駕はそれだけ言った。
 またしばらく沈黙が続く。
「ライラックは何故重要なんだ?」尾崎凌駕が話題を変えた。
「実はライラックでなくてもいい」
「何だ? どういう意味だ?」
「女装してすれ違って正体を見破られる云々のところ」
「階段のいちりとせか?」
「『針金の蝶々』ではいちりとせは出てこない。階段はあるが――」
「ライラックは母屋と離れを繋ぐ渡り廊下に沿って――」
「そうだ。単に背のそれ程高くない灌木が必要だった。登場人物の大部分が渡り廊下をわたる人物を見ている。しかし、ライラックが邪魔でただ『〇〇』が――と。憶測で誰だとみんなが証言する」
「何かいい加減なんだな」
「そうだ、しかし、日野茂は階段ですれ違う際に顔をしっかり見て――」
「何だ? ちゃんと見破るのか? 仮面は?」
「あれは水沼が言い出した話だ。彼がチャチャをいれてあーだこーだと」
「小説では――つまりあの事件当時は二人ともよくわかってなくて仮面が前提だったが、今では完全に思い出して針金の蝶々では仮面はなかった、と?」尾崎凌駕は訊く。
「そうだな。かなり思い出しているな……。仮面は被っていない。ましてバケツも――。日野茂はハッキリ顔を見ている」
「小説『殺人事件ライラック~』では最初はバケツを引っ剥がして近藤社長の顔を見ている、と書いていたが、前回のお茶会で青服、黒服つまり神の視点で否定された。実際は見てないのか?」尾崎凌駕が核心に迫る。
「わからない」鹿野信吾はゆっくりと答えた。「机上でミステリーを書いている時と、実際に経験するのはまるで違うんだ。記憶も定かではないし、事件当時の恐怖と混乱は凄まじかった。白状する、僕は本当に臆病者なのだ。ホラーとか怖くて読めない……」
「生首……、それに首のない死体……」
「そうだ。いや、それよりその切断面が……」鹿野信吾は怯え切っていた。「今、思い出してもぞっとするのだ」
「なるほど」尾崎凌駕が理解を示した。「何が祝福された死だ、と」
「そうだ。予想され、期待される光景……。ミステリーなら当然の光景……」
「何か、そう書いてあったな。君は近藤社長の斬首された切断面をハッキリと見た?」
「ああ、おぞましい……。君も見たんじゃないのか? 切断面を」
「俺が?」尾崎凌駕が怪訝けげんな声を上げる。
「近藤名誉会長は切腹して――」
「ああ、あれか――確かに介錯されて……。確かにおぞましい映像だった」
「僕は近藤社長の斬首された生首も胴体側の切断面も実際に見たんだ。死体の頭のあるべき空間に何もなくて……、ただその切断面が……。上が尖った三角屋根とその下の丸みを帯びた四角の骨――それが頸椎だった。更にその下に開いた食道と気管二つの孔がポッカリと――。二つの頸動脈の出血はそれ程でもなくて、それもあって、首の断面の組織がありありと、手に取るようにわかって……」
「やめてくれ、近藤名誉会長のやつを思い出してしまう」尾崎凌駕が首を横に振る。
「小説家なら一つ一つ克明に描写するべきなんだ。埴谷雄高がプルーストを褒めていて、花が散る描写を――」
「もういいよ」尾崎凌駕が遮った。
「そうだな。僕も思い出したくない。ただ僕はあの時、ハッキリとそのおぞましい近藤社長の斬首された首の切断面を見たのだ。ベッドの上で――」
「離れで見て気を失った、予想され、期待された光景がそれなんだな」
 鹿野信吾は沈黙する。
「すまん、やはりまだつらいか……」尾崎が鹿野信吾を思いやってそう言う。
「とにかく理解はしてくれ」鹿野信吾は辛そうだった。「実際の殺人現場に僕はいたんだ。ミステリーにしようとはしているけど――やはりすんなりとは書けない」
「そうだな。実際に人が殺されている。しかも斬首されて――」尾崎凌駕がポツリと言う。
「僕は良美と良美ちゃんに生きていてほしかった。僕がミステリー作家になったばっかりに……」鹿野信吾、いや尾崎諒馬が嘆く。
「まあ、この辺でやめておこうや。でも、何だか少し君の精神状態がよくなってきている気はする。ゆっくり休んでくれ」
「たぶん、この『殺人事件ライラック~』を書き上げれば――」
「そうだな」尾崎凌駕は少し悲しそうな声で「僕も君の執筆に全力で協力するよ。だから安心したまえ」
「わかった」
 それで二人の会話は終わりました。
 尾崎凌駕はただ黙って――いつまでもただ黙ってじっとしていました。
 ――いつかはこの小説は終わるんだな。果たして鹿野信吾は俺を許してくれるんだろうか?
 
 鹿野信吾による追記
 僕も何となくわかってはきている。
 とにかく執筆は続けたいのだ。
 
 尾崎凌駕:了解
 
 鹿野信吾:僕はまだ生きているのだろうか?
 
 尾崎凌駕:それはこっちも知りたい。
 君はまだ人間かね?
 
 鹿野信吾:わからない……
 実体のない今の僕は虚体なのかもしれない。
 ただ、執筆は続けたい。


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