殺人事件ライラック (ブリキの花嫁と針金の蝶々)

尾崎諒馬

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尾崎凌駕の手記

いろいろあって……

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   いろいろあって……
   
 確かにいろいろあった……
 そして、それが、
 
  読者と探偵が同じ情報を持つ
  
 に繋がっている。
 SEの■■さんは知っているのだろう。しかし、彼はそれをはっきり書かないでひたすら匂わせてきた。要は私に「自分で書け」そう促しているのだろう。
 やはり書くしかないか……
 少し惨めなことではあるのだが……
 
 私はある障害を抱えている。あの別荘の事件から遡ること二年ほど……
 交通事故で障害を負った。
 
 考えてみたまえ。なぜ、脳外科医が、重症とはいえ、専門外のやけど患者の治療に当たるのか? 医療センターは人手不足だったのかもしれないが、専門が脳外科の医師が当直で救急搬送されてきたやけど患者の治療に当たるのは少しおかしい、そう読者も思ったんじゃないだろうか?
 それに――
 
 特A医師……
 
 地下にいる、特別扱いの医者……
 
 そうなのだ、私は最早もはやまともな医者ではないのだ。
 その抱える障害のため、この医療センターでもまともな医者として扱われてはいない……
 地下送りと称して、まだ生きている患者の死亡診断書を書くという、やばい裏仕事を請け負ってきたのもそのためだ。
 
 私の抱える障害……
 いろいろ――複数あるが、深刻な障害の一つは失顔症――相貌失認……
 
 私には人の顔がわからない。というか、区別ができない。すべてが同じ顔に見える。
 目があって、鼻があって、口がある。それはわかる。しかし、顔の区別がつかない。すべてが同じ顔……
 それが私の脳が抱える障害だ。
 先天的ではなく、後天的で――
 交通事故で、頭に損傷を受け――
 いや、実は交通事故での頭の損傷自体が原因ではないのだ。原因は手術にある。しかし、治療のための手術自体は原因ではなく……
 
 詳しく語ろう……
 
 私は脳外科医だ。そしてBMI実験に興味を持っていた。それで、もし自分が開頭手術を受けるようなことがあったら、是非BMI実験に自分の脳を使ってみてほしい、とかねてより要望を出していたのだ。
 交通事故で脳内出血を起こし、脳挫傷もあり、開頭手術は必須になった。手術前に意識はあったので、その意志――BMI実験の被験者になる意志を明確に示した。
 出血にも挫傷にも影響を受けていない健康な脳の一部に数十本の電極を挿入し、コンピューターに接続する。その実験の被験者に自ら志願したのだ。
 自分自身がBMI実験の被験者になることは、得難い体験になると思っていた。コンピューターに脳が直接アクセスできる、というのはまるで超能力を持つようなものではないか! そう思っていた。しかし――
 実験は無残に失敗した。私の脳髄――右側頭・後頭葉に挿入された電極は、結局酷い損傷を脳に与えただけだった。それが原因で私は……
 
 それは嘆いても仕方ない……
 とにかく、私は一年間入院し、ただ治療とリハビリに明け暮れていた。
 そんな失意のどん底にいる私を献身的に支えてくれた看護師が一人いた。胸のネームプレートに佐藤とあった。私にはすべての看護師が同じ顔に見える。そのネームプレートだけが彼女を他の看護師と区別し認識するすべてだった。
 彼女には心から感謝していた。退院後、彼女とは何回か会ったが、感謝以上の感情はない。それが彼女は不満だったようだが……
 そして――
 彼女の名前を聞いたのだが……
 良美と名乗って笑っていた……
 眩暈がした……
 
 結局、私は彼女から逃れられなかった。彼女から求められれば、応じるしかなかった……
 その時、彼女は既婚者だったのだが……
 
 繰り返すが、彼女には感謝の気持ちはあったが、恋愛感情は持っていなかった。しかし、不倫の関係が始まってしまっていた。
 

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