EDEN's Order(エデンズオーダー)

後出 書

文字の大きさ
6 / 62
児童誘拐殺人事件 篇

怒りの矛先

しおりを挟む
「ねえ、デュランってば。おーい、聞いてるー?」

 ウィリアムの声にデュランはふと我に返る。

「どうしちゃったのさ、ボーッとして」

「別になんでもねぇよ。それよりなんか用か?」

「なんか用か? じゃないよ。そろそろ八時だよ」

 ウィリアムが壁にかかっている時計を指す。ここの住人の大半が腹を空かせて帰ってくる頃で、香龍飯店が一日で一番盛り上がる時間帯だ。

「ちっ、もうそんな時間かよ。外の様子は?」

「まるでアッティカ刑務所さ。ハラペコ囚人たちが今にもドンパチやりそうな雰囲気だよ」

「おーおー、おっかねぇ。暴動を起こされる前になんとかしねぇとな!」

 デュランは十字架の装飾が施された短剣を手にすると、猛烈な勢いで大量の野菜を切っていく。まな板の上で切られた野菜は宙を舞い、全て中華鍋の中へと落ちていく。

「客に伝えろ! 今夜は野菜か魚の注文をしやがれってな!」

 轟々とコンロから炎が踊る。底が真っ赤に焼けた鍋を豪快に振るい、デュランは注文を受けた料理を次々と仕上げていく。その香りに釣られてまた別の客が来る。ウィリアムも額に汗をにじませ、慣れたステップで外と店内を往復する。正に阿吽の呼吸。目が回るほどの忙しさだが、それを感じさせないほど二人の連携は完璧だった。

「デュラン! ち、ちょっとタンマ!」

「んだよ、ウィリアム。せっかく良い流れなんだから止めんなよ」

「そ、それがさ……」

「あ?」

 困惑の色を濃くした苦笑い。ウィリアムがこういう顔をする時は大概の場合、厄介事が舞い込んできたという合図だ。

 デュランが作業の合間に余った人参や茄子で作ってやった可愛らしい花や動物の飾り切りを手に取りしげしげと眺めるアイラを一人店内に残し、デュランは調理の手を止めるとバンダナを外して溜息交じりに表へと出る。すると、見慣れぬ連中が二十名ほど銃を構えて立っていた。

「間違いねえ、あの金髪の男だ!」

 連中の一人がデュランの横に立つウィリアムを指差し、声を張り上げた。

「お前、またどっかの女に手を出したのか?」

「違うよ! ホラ、さっき話したあの女の子を追ってた連中だよ」

「はーん、こいつらがそうか」

 デュランはポケットから煙草を取り出して火をつけ、連中の身なりを上から下まで見定めた。

 なるほど、とデュランは一人で納得した。話で聞いた通り、礼儀知らずで怖いもの知らずな田舎者丸出しだ。

「よー、そこの金髪の兄ちゃん。さっきアンタが連れていったガキ、どこへやった?」

 如何にも小物臭のするリーダー格らしき男がウィリアムに尋ねる。

「正直に答えたら御褒美にアップルパイでも焼いてくれんの?」

 いつもの軽口を叩くウィリアムの足元に一発の銃弾が撃ち込まれた。

「俺たちはあまり気が長い方じゃねぇ。神と拳銃こいつの前では真実を語るのが利口だと思うがねェ」

 何の躊躇いもなく銃を弾いた余所者にジェイルタウンの住人は殺意を剥き出し、各々ホルスターの銃に手をかける。だが、誰一人として抜くものはいない。その様子を見て余所者は更に付け上がる。

「ヒャハハハ、どうやらコイツらブルっちまったらしいぜ!」

「最凶最悪と名高いジェイルタウンの住人ってのは、銃の扱いも知らねぇどうしようもない腰抜けの集まりらしいな!」

 ジェイルタウンに小悪党の嘲笑が響く。ここまでコケにされて黙っていられるほどここの住人たちは優しくはない。しかし、ここは堪えるしかないのだ。怒りを噛み殺し必死に侮辱に耐える。皆一様に、ここが香龍飯店前でなければと歯痒さを感じていた。

「俺らも早いとこあのガキ売っ払ってこんなドブ臭えとこから国へ帰りてえんだよ。手間かけさせんなよな……っと!」

 連中の一人がデュランとウィリアムの間へ目掛けて威嚇用にもう一発弾いた。その直後、何を思ったかデュランは咄嗟に手を伸ばし、その銃弾を己が腕に受けたのだ。滴る鮮血。地面をゆっくりと赤く染めていく。

「あーん? 何、アンタ。自分から当たりにいくとか、ひょっとしてマゾなの? それとも自殺志願者か何か? まあ、いいか。用があるのはそこの金髪だけだし、こいつは殺しても――」

 刹那、男の顔面に走る衝撃。それはまるで爆発のようだった。銃の引き金が引かれ、撃鉄が雷管を叩くよりも速く間合いを詰めてきたデュランの拳が男を打ち抜いた。

 ダンプカーにでも轢かれたかのように軽々とふっ飛ばされ、壁に体を強打し、顔面から大量の血を流して痙攣した後に男はピクリとも動かなくなった。

「俺の店に銃弾ブチ込もうとしたっつーことは、テメーら全員マゾっ気たっぷりの自殺志願者と見ていーんだよなァ?」

 怒りに燃える金色の瞳。獣のように唸る赤毛の男。残りの連中が皆一斉にデュランへ向けて銃を構えたのは、デュランの放つ強烈な殺意に対する反射的防衛本能だった。

「テメェらの神に聞いてみろ、明日まで生きられそうかってな」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ
ファンタジー
 僕は十年程闘病の末、あの世に。  そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?  幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。   ※画像はAI作成しました。 ※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

処理中です...