EDEN's Order(エデンズオーダー)

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児童誘拐殺人事件 篇

目覚めれば入院中②

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 虎皇会の面々と入れ替わるようにして病室へやってきたのはスーツ姿に眼鏡を掛けた知的さと柔和さが感じられる男性と、その人物挟むように警護している制服姿の警察官二名の計三名。眼鏡の男性の顔を見たアシュリーはすぐにハッとした表情を浮かべ、咄嗟に敬礼をした。

「しょ、署長! お疲れ様です」

「君は警官じゃないんだから敬礼はいらないよ。ここだけの話、畏まられるのは苦手でね。それで、気分はどうだい? まだ身体は痛む?」

 氷室の上司であり、アシュリーの雇い主でもあるサマセットはそう言うと、氷室のベッドの横へパイプ椅子をつけて腰を下ろした。

「わざわざ見舞いになんか来させてしまってすみませんね、ボス。来て頂いて早々で悪いんですが、煙草買ってきてもらえませんか?」

「君はもうちょっとだけで良いから敬って欲しいな。まぁ、元気そうで何よりだよ」

 サマセットは苦笑を浮かべると警官の一人から茶色い紙袋を受け取り「きちんとドクターに許可取ってからにしてくれよ」とだけ付け加えて、それを氷室へと手渡す。中には、氷室が普段から吸っている銘柄の煙草が五箱ほど入っていた。

「それで、わざわざ署長自ら足を運ぶなんてどういった用件です? 単なる見舞いってワケじゃないんでしょう?」

 氷室の問いに対して、サマセットは眼鏡を押さえて答えた。

「本来なら私は君を叱責しなければならない。独断でジェイルタウンに踏み込み、戦闘行為による負傷。あまつさえ、今こうしてマフィア風情に借りを作っている。懲戒解雇するには充分過ぎるハットトリックだ」

「違うんです署長! ジェイルタウンへ誘ったのは私です。氷室さんは何も悪くは——」

 サマセットへ弁解を述べようとするアシュリーへ向かって氷室は左手を突き出した。黙っていろの合図。アシュリーに代わって氷室が口を開いた。

「クビにするならそれで構いません。いつもあんたに迷惑ばっかりかけてきたんだ。そして、その度に尻拭いをさせてきた。いい加減、自分の行動のツケは自分で払いますよ」

 いつになく真剣な顔を向ける氷室に対して、サマセットは答えた。

「いいや、クビにはしないさ。常々言っているが、私は君の能力や気概を高く評価している。しかし組織の上に立つ者として、君にだけ何のお咎めも無しと言うのは他の者たちへの示しがつかない。すまないが、しばらくは謹慎処分とさせてもらう。この期間にゆっくり体を休めて欲しい。それに伴って、バディである君も当面は休暇にしてもらって構わない。万が一、捜査に君の力が必要になった場合はその時また改めて連絡させてもらうよ」

 サマセットは氷室とアシュリーに対してそう伝えると、パイプ椅子から立ち上がった。


「さて、怪我人にあまり無理をさせてもいけない。そろそろ我々は退散しようか」

 サマセットがそう言って扉の前へと来た時、連れていた警察官の一人がデュランを見てこう告げた。

「署長、奴はよろしいんですか? 今ならすぐにでもしょっ引けますが……」

 サマセットは眼鏡を指で押してデュラン、ウィリアム、アイラの三人を一瞥した後、首を横に振ってこう答えた。

「私は別に世界の弁護士博覧会を見たいわけではないのでね」

 意味深な言葉を残し、困惑した部下と共にサマセットは病室を後にした。

「いい匂いがする……」

 アイラがここに来て初めて口を開いた。サマセットたちが出て行った際に開いた扉の向こうから、確かに美味しそうな香りが漂っている。時間的にもそろそろランチタイム。入院患者への食事の配膳が始まる頃合いだった。この病室にもカートを押した女性看護師二名がやって来て、氷室とデュランの前に昼食を並べてくれた。

「あら、デュランさんお目覚めになられたんですね。ちょうど良かった。食後にお薬出てますから少しでも食べてから服用してくださいね。錠剤二種類と粉薬。痛み止めと抗炎症剤、それと粉の方が胃薬になりますから」

 氷室の方に出されたのは、仕切られたワンプレート皿に豆とトマトの煮込み。玉ねぎとほうれん草が入った小さいオムレツ。茹でたブロッコリーとミニトマト数個にライ麦のパンが二切れ。デザートにくし切りのオレンジが一つ。デュランにはスープ皿に盛られた白い粥状の料理。しかし、アジアのそれとは少々異なっていた。まず見た目でわかる違いは米粒の大きさ。それはまるで粥というよりもオートミールのよう。次に特筆すべき点は香り。バターやチーズのような乳製品特有の香りが湯気に乗って漂っていた。デュランはそれをスプーンで掬ってしげしげと眺めている。空腹よりも料理人としての好奇心が勝っている様子だった。

「なんだこの粥、米粒が異様にデカいな。それにこの香り……チーズが入ってやがるのか?」

 デュランにとって馴染みの無い料理だったが、アイラはこれを知っていた。

「多分これ、リゾット」

 イタリア生まれのアイラにとってリゾットは故郷の味。米を出汁《ブロード》で炊くシンプルな料理だが、アジアの、特に米大国である日本の炊き方とは異なり米は洗わず粘り気をなるべく抑えて炊き上げる。また、パスタのアルデンテ同様に若干芯が残るように炊くのもイタリアならでは。仕上げにパルミジャーノやペコリーノロマーノ等のチーズを削ったりオイルで香り付けをして食す。使う米の種類もカルナローリ米と呼ばれるイタリア米を使うのが一般的とされている。アイラの母がまだ息災だった頃。機嫌が良かった時に作ってくれたことがあった。

「ほー、最近の病院食ってのは洒落たモンを出しやがるな」

 デュランはそう言うと、一口だけ食べて残りを皿ごとアイラへと差し出した。

「ちょいと行ってくるわ」

 処方された粉薬と錠剤を口に放り込んで水で一気に流し込んだデュランは、腕に刺さっていた点滴を引き抜いて徐に立ち上がった。

「ちょっとどこ行くのさデュラン!」

「目覚めたばかりなんだからまだ寝てないとダメだよ!」

 慌てて引き止めようとするウィリアムとアシュリーへ向かって、デュランはこう告げた。

「厨房だ。すぐ戻る」

 デュランの昼食をぺろりと食べ終えたアイラは、氷室から貰ったデザートのオレンジを黙々と食べながらデュランを見送っていた。
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