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児童誘拐殺人事件 篇
アイラのおでかけ①
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デュランが退院して一週間。香龍飯店は通常営業を始めた。
中華鍋が五徳を叩く音が響き、胡麻油の香ばしい香りがジェイルタウン中に漂うと、馴染みの味に飢えたクソッタレ共が引っ切りなしに訪れる。彼らの胃袋は、例え怪我人であっても容赦はしない。欲望の赴くまま食いたい料理を食いたいだけ注文する。デュランはまだ本調子ではない身体に鞭を打ち額に汗を滲ませながらその要望に応え続ける。
ウィリアムはまだ安静にしていた方が良いと忠告したが、デュランは「身体が鈍る」との理由から厨房に立つと言って聞かなかった。こうなると何を言っても無駄。長年の付き合いでそれは嫌というほど身に染みていた。
デュランが調理場に立ち、ウィリアムとアイラが接客をする。戻ってきたいつもと同じ日常。だが、変わったことも一つだけあった。
「いってきます」
ランチタイムが終わるとアイラは一人で出かけることが増えた。ディナータイムまでには帰ってくるのでデュランは別段気にしていなかったが、ウィリアムは違っていた。
「ねぇ、デュラン。アイラってさ、いつもどこ行ってると思う?」
「知るか。そんなことよりさっさとレジのチェックして皿洗い手伝え。俺は夜の仕込みで忙しいんだよ」
「そうは言っても一人で歩かせるのはやっぱりマズイと思うんだよね。出会った時もマフィアの連中に狙われていたしさぁ」
「あいつの服にゃ最強のお守りが付いてるんだ。少なくとも、ここいらの連中に襲われることは無いだろうよ」
デュランの言うお守りとは、アイラの着ているブラウスの襟に付いた金色に輝くバッジ。それは以前メイファンがあげたもので、この街ではこれ以上ないほど強力な加護の力を持つ。こんな小さなバッジ一つに「この者に危害を加える者は、如何なる理由があろうともすべからく虎の餌とするべし」という意味が込められているのだ。
また、このバッジがあれば虎皇会が仕切る施設はすべてフリーパス。支払い等々も全て免除される超VIP待遇を受けられるということもあり、それ故にこのバッジはエデンでは最も価値のある物の一つとされ、大金を積んでも手に入れたいと願うものは星の数ほどいる。しかし、気難しいメイファンが本当に気に入った人間にしか渡さないこともあり、世界に指で数えられるほどしか出回っていないのでその希少度合いはまさに値千金と言っても過言ではない。
そんな莫大な価値があるバッジだが、その価値を分からぬ子供の手に渡ったのは史上初。加えて言うならば、数回ほど洗濯機の中で衣服と一緒に洗われたものも世界中でこの一つくらいのものだろう。それらを含めても唯一無二の価値があることは間違いない。
「ねぇ、やっぱり僕ちょっと後をつけてみるよ」
「やめろやめろ、みっともねぇ。大の男がガキ一人になんでそこまでしなきゃなんねーんだよ。バカらしい」
「もしかして、彼氏でも出来たのかも」
小気味良くリズミカルに野菜を切っていたデュランの手が止まった。
「そそそそんなことある訳ねぇだろ。それにアイツにゃ色恋沙汰なんか百年早ぇっての」
背中を見せたまま上擦った声で答えるデュラン。その明確な動揺を見逃さなかったウィリアムは、すかさず言葉でデュランの心を追撃する。
「そんなことないんじゃない? 最近の若い子はかなり進んでるって言うしさ。それに小さくてもあれだけ美人なんだもん。そりゃモテるでしょ。あー、きっとあれだね。デュランが入院していた時に知り合った同年代の男の子とかいるんじゃないかな。まぁ、追うなって言わちゃったから確認は出来ないけど——」
ウィリアムの言葉を遮ったのはドンという地響きとガシャンという大量に物が壊れる音。慌てて厨房へと向かったウィリアムが見たものは、ステンレス製の調理台にめり込んだデュランの拳。そして足元に大量に散らばった皿の破片。頭に血が上り調理台を殴り、その衝撃で積んであった洗ったばかりの皿類が床に落ち、割れて粉々になった。大方そんなところだろう。
「チッ、皿が足りなくなっちまった。おい、ウィリアム。ちぃとばかしエデンまで皿買って来いや。ついでに適当な頃合いでアイラのやつも迎えに行ってこい。あと万に一つも無いと思うが、もしもうちの看板娘に手ェ出してるクソ野郎がいたら無理やりでいいから連れてこい。そいつが今夜のメインディッシュだ」
いつかそう遠くない将来。アイラに本当に良い人が現れたとしても絶対にこの男の前に出してはいけない。ウィリアムはそう思いながらアイラの後を追うようにジェイルタウンを飛び出した。
中華鍋が五徳を叩く音が響き、胡麻油の香ばしい香りがジェイルタウン中に漂うと、馴染みの味に飢えたクソッタレ共が引っ切りなしに訪れる。彼らの胃袋は、例え怪我人であっても容赦はしない。欲望の赴くまま食いたい料理を食いたいだけ注文する。デュランはまだ本調子ではない身体に鞭を打ち額に汗を滲ませながらその要望に応え続ける。
ウィリアムはまだ安静にしていた方が良いと忠告したが、デュランは「身体が鈍る」との理由から厨房に立つと言って聞かなかった。こうなると何を言っても無駄。長年の付き合いでそれは嫌というほど身に染みていた。
デュランが調理場に立ち、ウィリアムとアイラが接客をする。戻ってきたいつもと同じ日常。だが、変わったことも一つだけあった。
「いってきます」
ランチタイムが終わるとアイラは一人で出かけることが増えた。ディナータイムまでには帰ってくるのでデュランは別段気にしていなかったが、ウィリアムは違っていた。
「ねぇ、デュラン。アイラってさ、いつもどこ行ってると思う?」
「知るか。そんなことよりさっさとレジのチェックして皿洗い手伝え。俺は夜の仕込みで忙しいんだよ」
「そうは言っても一人で歩かせるのはやっぱりマズイと思うんだよね。出会った時もマフィアの連中に狙われていたしさぁ」
「あいつの服にゃ最強のお守りが付いてるんだ。少なくとも、ここいらの連中に襲われることは無いだろうよ」
デュランの言うお守りとは、アイラの着ているブラウスの襟に付いた金色に輝くバッジ。それは以前メイファンがあげたもので、この街ではこれ以上ないほど強力な加護の力を持つ。こんな小さなバッジ一つに「この者に危害を加える者は、如何なる理由があろうともすべからく虎の餌とするべし」という意味が込められているのだ。
また、このバッジがあれば虎皇会が仕切る施設はすべてフリーパス。支払い等々も全て免除される超VIP待遇を受けられるということもあり、それ故にこのバッジはエデンでは最も価値のある物の一つとされ、大金を積んでも手に入れたいと願うものは星の数ほどいる。しかし、気難しいメイファンが本当に気に入った人間にしか渡さないこともあり、世界に指で数えられるほどしか出回っていないのでその希少度合いはまさに値千金と言っても過言ではない。
そんな莫大な価値があるバッジだが、その価値を分からぬ子供の手に渡ったのは史上初。加えて言うならば、数回ほど洗濯機の中で衣服と一緒に洗われたものも世界中でこの一つくらいのものだろう。それらを含めても唯一無二の価値があることは間違いない。
「ねぇ、やっぱり僕ちょっと後をつけてみるよ」
「やめろやめろ、みっともねぇ。大の男がガキ一人になんでそこまでしなきゃなんねーんだよ。バカらしい」
「もしかして、彼氏でも出来たのかも」
小気味良くリズミカルに野菜を切っていたデュランの手が止まった。
「そそそそんなことある訳ねぇだろ。それにアイツにゃ色恋沙汰なんか百年早ぇっての」
背中を見せたまま上擦った声で答えるデュラン。その明確な動揺を見逃さなかったウィリアムは、すかさず言葉でデュランの心を追撃する。
「そんなことないんじゃない? 最近の若い子はかなり進んでるって言うしさ。それに小さくてもあれだけ美人なんだもん。そりゃモテるでしょ。あー、きっとあれだね。デュランが入院していた時に知り合った同年代の男の子とかいるんじゃないかな。まぁ、追うなって言わちゃったから確認は出来ないけど——」
ウィリアムの言葉を遮ったのはドンという地響きとガシャンという大量に物が壊れる音。慌てて厨房へと向かったウィリアムが見たものは、ステンレス製の調理台にめり込んだデュランの拳。そして足元に大量に散らばった皿の破片。頭に血が上り調理台を殴り、その衝撃で積んであった洗ったばかりの皿類が床に落ち、割れて粉々になった。大方そんなところだろう。
「チッ、皿が足りなくなっちまった。おい、ウィリアム。ちぃとばかしエデンまで皿買って来いや。ついでに適当な頃合いでアイラのやつも迎えに行ってこい。あと万に一つも無いと思うが、もしもうちの看板娘に手ェ出してるクソ野郎がいたら無理やりでいいから連れてこい。そいつが今夜のメインディッシュだ」
いつかそう遠くない将来。アイラに本当に良い人が現れたとしても絶対にこの男の前に出してはいけない。ウィリアムはそう思いながらアイラの後を追うようにジェイルタウンを飛び出した。
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