熱血⭐︎転生〜汗と涙の悪役令嬢活劇〜

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試験対策

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「さて、アサクラ様。まずは色々と聞きたいことがあるかと思いますので何なりとどうぞ」

 両親から逃げるように大広間から手を引き、向かった先はロザリアの自室。アネモネに招かれるように二人並んでベッドに腰を落とす。

 アネモネはこちらの目を見つめ、麻倉と呼んだ。その一言で、アネモネの心中を察することが出来た。

「確かに聞きたいことはあるけれど、まずはそちらの質問に答えますわ。アネモネ」

「気を遣ったつもりが逆に気を遣わせてしまいましたね。では、改めて幾つか伺わせてください。ロザリアお嬢様の身に何が起こったのかを知ること。そしてアサクラ様自身のこと。私が知っていること。これらの情報をきちんと把握して今後どうするべきかを考えていかねばなりませんので」

 至極真っ当。
 麻倉自身もそこの擦り合わせが必要だと考えていたところであった。このアネモネという女中。歳はこのロザリアより少しだけ上のように見受けられるが実に冷静かつ聡明。そして何より、今まさに瀕している異様で異質な状況に対しても順応に対応しようとしている。この世界で初めて親しくなれたことがとても誇らしく、頼もしく思えた。

「では、率直にお伺いします。アサクラ様は今後どうされたいですか?」

 どうしたい、か。
 それは二つの選択肢が麻倉には用意されているということ。

 一つは、ロザリアという少女としてこの世界で生きていく覚悟を決めるということ。

 もう一つは、元いた世界に戻るということ。
 
 ただ、後者には問題が複数ある。
 戻る術があるのか否か。
 そして仮に戻る術があったとしてそれは生者としてか、死者としてか。

 麻倉がこの世界にやって来たキッカケは交通事故。女性を庇ってトラックに轢かれたところが麻倉信司として最後の記憶。普通に考えれば既に死んでいるだろう。或いは、生死の境を彷徨っており元の世界に戻れれば意識を取り戻すのか。不確定要素は多いが、麻倉の答えは決まっていた。

「元の世界に戻りたいですわ」

 訳がわからない状況に居ながらも、確かなことが一つだけある。今こうしていることで、ロザリアという一人の少女の人生を奪っているということ。それが麻倉にはどうしても我慢出来ないのだ。自身の生き死になどどうでもいい。

 どうせ追い先短かった老齢の身。
 そんな自分が前途ある若者の未来を奪って良いはずがないのだから。

 それにもし、死んでいるならいるで構わない。先立たれた妻子の元へ行けるのならば。

 ロザリアの身体を介した麻倉の覚悟をアネモネは確かに見た。

「わかりました。では尚更、ルミナス学園には入学するべきです」

 アネモネの口から飛び出したのは予想外の回答。麻倉が疑問を投げかけるより早く、アネモネは続けた。

「旦那様が仰っていた通りルミナス学園は唯一無二の魔法学を教える学舎です。つまり、この世界における魔法に関する叡智が集約されている場所なのです。そこになら、アサクラ様を元の世界に戻せる魔法についての手掛かりがあるかも知れません」

 魔法。そういえば、ロザリアの父親も確かそんな事を言っていた。それを思い出した麻倉はアネモネに問うた。

「この世界には魔法なんてものが存在するのですか?」

「成程。今の質問でアサクラ様のいた世界には魔法が無いということがわかりました。まずはそこから説明しましょう。この世界には魔法と呼ばれる力が存在し、主に六つの魔元素を元に属性が分けられております。その六つとは、水、火、風、土、闇、そして王や聖女、勇者や救世主と呼ばれる神に選ばれたというべき特別な存在のみが扱う事ができるとされる光。まぁ、基本この世界の九割は光を除いた五属性が主な魔法だと思って頂いて結構です。そして旦那様が仰っていたようにこのマルグス家は五属性の中で闇の魔術を極めた貴族。お嬢様にもその才がございます」

「闇魔法って、なんだか禍々しくて邪悪な感じがするのだけれど……」

 恐々としている麻倉に対して、アネモネは答える。

「確かにそういった類のものもございますが、闇魔法は全ての属性の根幹的なものであり、最も原初的な魔法とも言われております。実際に水、火、風、土などの他属性魔法は闇から派生して生まれたとされているのが今現在まで語られている魔法学の定説。しかし、光属性に関してはこの闇属性の要素を介さないが故に特殊とされているのです。話が少し逸れましたが、そこから魔法の基礎知識や訓練を経てそれぞれの才能に適した属性に派生していくものとされています。ですので、例えば……」

 アネモネはそう言いながら室内をキョロキョロ見渡すと、少し離れた化粧台の上に置いてあった櫛《くし》を指差した。すると、それがひとりでに宙に浮き上がったのだ。

 まるで魔法のよう、ではなく正に魔法である。

「とまぁ、こんな感じで物を浮かせたり移動させたりする一般的な魔法の類は多少の魔力がある者なら誰しも扱えます。魔力のレベルが高い者ならばあの化粧台ごと浮かすことが出来ますね」

「そ、その魔法はわたくしにも出来るのかしら!?」

 目をキラキラさせたロザリア——もとい、麻倉は興奮気味でアネモネに問う。

「ロザリアお嬢様はマルグス家の中でも秀でた魔術の才をお持ちなので、その気になればあの化粧台を粉々に破壊させることも可能でした。実際に癇癪《かんしゃく》を起こす度に屋敷のあらゆる物を破壊していましたから」

「えっ、なにそれ。物騒……」

「ですが、今は中身がアサクラ様ですのでその場合はどうなるのか私も気になるところです。試しにやってみますか。では、先程私がやったみたいに櫛《くし》を浮かせてみましょうか。対象物に向かって浮くように念じてみてください」

「わっ、わかりました……ふんっ!」
 
 麻倉はアネモネがやったように櫛を指差して強く念じてみた。

「ぐぬぬっ……! ふぬぬぬっ……! うぎぎぎぎぎっ……!」

 力みまくって整った顔がぐしゃぐしゃになりながら必死に念じるも、櫛はピクリとも動かない。

「……ゼーハー、ゼーハー、まっっったく動かせませんわ!」

「まぁ、始めはみんなそんなものでしょう。それにアサクラ様が行なうべきは魔法ではなくまず座学の方かと。では、早速始めましょうか」

 そう言うと、アネモネは指を鳴らした。
 直後、部屋の中心に黒い魔法陣が出現。

「ひぃっ!?」

 悪魔でも出て来そうなその禍々しさとは裏腹に中からゆっくり迫り上がって来た物は木製の学習机。そして椅子の一式。

「……学習机の姿の悪魔?」

「正真正銘のただの学習机でございます。物を移動させる魔法を使って別室にあったものこの部屋に持って来ただけでございます。さぁ、アサクラ様。お座りください」

 麻倉は恐る恐る椅子に座り机に向き合う。
 職員室にあった机とは違う、何やら懐かしい木製机の質感。かつて自分も確かに学生だった時代があったのだと実感させられた。

「この世界の言葉や読み書きはお嬢様の記憶で補完しているとのことなので、まずは子供でも分かる科目から始めていきましょう」

 アネモネはそう言うと、どこからか参考書らしき本を取り出しアサクラに問題の解き方を説明していく。

(あれ……? これって……)

「ちょっとその問題集、見せて頂いていいかしら?」

「ええ、どうぞ」

 アネモネは持っていた本を手渡す。それを数ページほど捲った麻倉はアネモネに対してこう尋ねた。

「あの、入試レベルの問題集か参考書ってありますか?」

「こちらでございます」

 アネモネはまたもやどこからか本を取り出して麻倉に手渡す。その本をまたもや数ページほど捲り、麻倉は確信した。

(やはり間違いない。勉強の内容は一般的な偏差値の高校入試クラスだ)

 高校教師であった麻倉にとって、これくらいの問題を解くことは正直言って何ら問題はない。寧ろ、この程度のレベルならぶっつけ本番で試験を受けても満点を取る自信がある。それほどまでに優し過ぎる内容であった。本当にエリート校かと疑いたくなるほどに。

 麻倉はそれをアネモネに伝え、模擬試験問題を用意させるとそれをスラスラと解いていき、二十分足らずで全てを解き終えるとアネモネに回答用紙を渡して採点させた。

「……驚きました。満点です」

「内容を見ればなんてことありません。わたくしがいた世界の学問と大差ありませんでした。寧ろ、少し優しいくらいですわ。それにわたくし、言ってませんでしたが向こうの世界では教師をしておりましたの」

「成程。教育の実務がお有りであるならこれくらいのレベルの学問は修めていて当然と言う訳ですか。であるならば、入試試験は問題ないですね。早速この事を旦那様と奥様に報告してきます」

 そう言うと、アネモネは学習机を再び魔法陣の中に収めて部屋のドアへ向かって歩いていく。

「いや、ですが魔法の方がまだ……」

 心配そうなロザリアの問いかけに対し、アネモネは振り返って答える。

「正直、最も危惧していた学力がここまでとは思いませんでした。魔法に関してはお嬢様の身体を使っている以上、時間の問題で何とかなるでしょう。要は慣れでございます。魔法に関しては明日からゆっくり始めていくとしましょう。今日は早起きされてお疲れでしょう。夕食の時間までゆっくりお過ごしください」

 それだけ伝えると、アネモネはロザリアに一礼して部屋を出て行ったのだった。
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