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しおりを挟む二週間ほど美保先生が出張で学校に来ないため、調理実習の授業がどのクラスも延期になった。
各々作ってきた弁当やら、買ってきたパンなどを教室や中庭、食堂なんかで食べる。オレは作ってきた弁当を爽太と一緒に教室で食べていた。
「みほちゃんいなかったらガッキーどうしてるんだろ」
甘酢で和えた肉団子を箸で摘んだ時だ。窓際の席に座り、外の景色へ視線を向ける爽太。
この校舎の窓際は、中庭に面している。庭を挟んだ向いには別の校舎があって、主に職員室や教科別の控室、ようは教員が拠点とする校舎があった。
爽太が見たのは向かいの校舎の最上階、三階部分。二年のオレたちの教室は二階にあるので、一段上の階。そこが社会科教諭専用の、社会科準備室になっている。職員室にいないときは、基本どの先生も自分の教科の準備室にいる。
石垣先生も一日の大半はそこを拠点にしていた。
「ガッキーのことだから、食いっぱぐれてそうだよな」
「流石にパンとか買ってるでしょ」
「でも毎日いろんなクラスの実習に混ざってた人だぜ? パンの買い方とか、知ってるのかな?」
それは馬鹿にしすぎだ。爽太の発言を咎めようとも思ったが、スーパーで見かけた先生は、野菜売り場で野菜を眺めるだけで買わずに帰った。もしかして本当に、などと考える自分がいて、その考えを打ち消すように首を横に振る。
でもあながち、爽太の発言も間違ってないような気がしてきた。先生を実家の定食屋へ招いた日のことを思い出す。
先生はチキン南蛮の定食を、綺麗にたいらげた。米粒ひとつも残さず食べてくれたことに、姉は目を見張って驚いていた。ご飯を盛った茶碗が使われる前と同様の輝きを放っていて感動したのだろう。お会計をする、という先生の好意を姉は笑顔で断っていた。
あのあと、先生と姉はオレを差し置いて話をしていた。店内ですればいいのに、食器を下げて洗うオレの目に触れないように、店の外で二人話していた。
何の話をしていたのか気になったけど、調理場で食器を洗うオレの元に帰ってきても、姉は何も言わずにその日店で出す惣菜の下準備を始めた。
だからさりげなく、会話の内容を探るように先生の話をした。食べる気分じゃないって言ってたけど、綺麗に食べてくれてよかったね、と言えば、姉はとりささみ肉の筋を取りながら「一人じゃ食べられないんだよ」と言った。
「食べても一人じゃ、飲み込めないんだよ」
意味がわからなかった。
姉はそれきり喋らなくて、食器を片づけ終えたオレはそのまま住居の方へ帰った。
姉の口ぶりは、まるで石垣先生を昔から知っているようだった。もしかしたら先生は、姉の学生時代の先生だったのかもしれない。それなら姉の口調も納得できる。
世間って狭いんだなぁとベッドに寝転がりながら思った。しばらく先生の幸せそうに食事をする姿を思い出していたが、いつの間にか翌日の弁当のおかずを何にするか考えていた。
「……食いっぱぐれてそうだなぁ」
弁当を食べ終えて蓋を閉めた爽太の向かいの席で、オレは肉団子を口に入れることなく呟いた。つやつやのタレがかかった光沢のある肉団子の表面に、オレの顔がうつっているような気がする。
小さなオレの声を聞いた爽太が「ん?」と不思議そうに首を傾げている。緩く口角を上げ微笑を浮かべる彼に「明日、」と声をかけた。
「石垣先生のところに行ってみる?」
「お、いいねぇ~。ついでに運動会の時みたいなお重で弁当作ってくる?」
「いいね、楽しそう」
何段もある弁当を作るのは気がひけるけど、お願いすれば姉も用意を手伝ってくれるかもしれない。なんだかんだ結局姉はオレに弱い。きつい口調で詰られることもあるけれど、後から甘い物を与えてくれるなど、フォローを怠らないような人だ。定食屋自慢の惣菜が詰め込まれた弁当が完成しそうな予感がする。
「意外とこんなこと考えてるの、俺たちだけじゃないかもよ」
学校中の生徒がガッキーを心配して準備室に集まってるかも、と笑う爽太。全校生徒が狭い準備室を占領する絵を想像して、オレはフッと笑いをこぼした。箸で挟んでいた肉団子を、一気に口の中へ放り込む。
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