神と従者

彩茸

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第四部

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―――嗚咽を漏らしながら泣く糸繰の背を暫く撫でていると、段々と落ち着いて
きたのか泣き声が小さくなってくる。
やがて泣き止んだ糸繰は、ごめんと呟いて俺から離れた。

「大丈夫か?」

「うん・・・泣いたら、何かスッキリした」

 俺の言葉にそう返した糸繰は、ここまで泣いたのは小さい頃以来だと恥ずかし
 そうに笑う。そっかと微笑むと、機を見計らったかのように扉がそっと開いた。

「おはよう」

 そう言って部屋に入ってきたのは狗神。治療のお礼を言う俺に合せて小さな声で
 お礼を言った糸繰は、気まずそうな顔をしていた。

「何じゃ?死にかける程に体を酷使したのがそんなに気まずいか?」

「えっと・・・すみません・・・」

 狗神の言葉に、糸繰は目を逸らしながら謝る。狗神は笑みを浮かべると、謝れて
 偉いぞと糸繰の頭を撫でた。

「それにしてもお主、そんな声だったんじゃなあ」

「変ですか・・・?」

「いいや、予想通りの大人しい声じゃと思ってのう」

「初めて言われました」

 狗神と糸繰のそんな会話を聞いていると、再び扉が開く。今度は誰だとそちらを
 見ると、そこには妖を抱えたままの利斧と、涙ぐんでいる御鈴が立っていた。

「糸繰いいいい!!」

 御鈴が糸繰に飛び掛かる勢いで抱き着く。糸繰は御鈴を抱きとめようとするが、
 勢い余って床に倒れ込んだ。

「こら御鈴、力加減には気を付けなさいと言ったでしょう。ただでさえ彼は
 軽すぎるんですから」

 利斧が呆れたように言うと、だってぇ・・・と御鈴は涙を流しながら言う。

「妾、心配で心配で・・・!」

「御鈴様、心配かけてごめんなさい。それで、あの・・・ちょっと、苦しいです」

 ぎゅううと抱き着かれている糸繰が、助けを求めるような目で俺を見る。俺が
 御鈴を引き剥がすと、起き上がった糸繰に利斧が妖を抱えたまま近付いた。

「何でそいつ抱きかかえたままなんですか・・・」

 俺がそう言うと、利斧は思い出したように妖を地面に降ろす。

「一切暴れないので、存在を忘れかけていました」

「《武神》様、そりゃねえべよ・・・」

 利斧の言葉に、妖がそう言って溜息を吐く。そして糸繰を見た妖は、意を決した
 ように言った。

「ここにいる神様方と重役の方々には、事の顛末を伝えちまった。勝手に話して
 悪かった」

「・・・重役達、怒ってたか?」

「一ツ目さんは激怒してたけど、他の方々は受け入れてくれただよ。重役の一人が、
 従者に・・・ああ、糸繰に会いたがってたけど」

 妖がそう言った瞬間、糸繰は目を見開く。どうしたんだろうと思っていると、
 糸繰が震える声で言った。

「名前、呼んだ・・・?」

「ん?ああ、おめえ糸繰っていうんだろ?もう神様の従者じゃねえし、それどころか
 神様もいねえし。従者呼びするのもなあと思って」

「信者に名前呼ばれたの、初めてだ・・・!」

 とても嬉しそうな糸繰に、そうかあ!と妖は笑みを浮かべる。

「そうだそうだ、重役の一人が糸繰に会いたがってたんだ。会ってくれるか?」

「良い、けど・・・蒼汰も一緒が良い。一人で話すのは嫌だ」

 妖の言葉に糸繰はそう返し、俺を見る。別に良いけどと答えると、じゃあ後日
 連れて来るな!と妖は言った。
 ・・・突然、扉がノックされる。入って良いぞと狗神が言うと、ガチャリと
 ドアノブが回されそっと扉が開かれた。

「やあ、わんコロ。調子はどうだい?」

 そう言いながら部屋に入ってきたのは、高身長の女性。ぱっと見、俺より少し
 高いくらいだろうか。

「だーれがわんコロじゃ。調子は見ての通りじゃよ」

 狗神の言葉に、女性は俺と糸繰を見てふーんと興味無さげに言う。誰なんだろうと
 思っていると、女性は利斧を見て言った。

「まーそれにしても、利斧のヤローが駆け込んでくるとは驚いたよ。珍しく慌ててた
 もんなあ」

「一目でだと分かりましたからね。貴女の家が一番近かったんです、どうせ
 暇してたんでしょう?」

「利斧と一緒にしないでほしいねえ。アタシはアンタみたいに年がら年中暇してる
 訳じゃないんだ」

「そうですか。年がら年中無気力な貴女が、ねえ・・・?」

 互いを煽り合っている様子の女性と利斧。一触即発に思えたその空気は、狗神の
 一言で収束した。

「・・・喧嘩するなら、雨谷の所でやったらどうじゃ」

「嫌ですよ。絶対面倒なことになりますし」

「嫌だよ。絶対刀谷様に怒られるし」

 ほぼ同時に言った利斧と女性。雨谷とも知り合いなのかと思っていると、利斧が
 思い出したように俺と糸繰を見て言った。

「そうでした、貴方達には紹介していませんでしたね。彼女は弓羅きゅうら、弓の《武神》
 です」

「《武神》様?!」

 いつの間にか俺の服を掴んでいた糸繰が、驚いた声を上げる。女性・・・弓羅は、
 糸繰の反応に少し頬を緩めた。

「アンタ、生死の境を彷徨ってたってのにケロッとしてるなんてやるじゃないか」

「あ、の・・・弓羅様は、どうしてオレ達を家の中へ入れてくれたんですか?」

 少し震える声で糸繰がそう聞くと、弓羅はニコリと笑う。そして、糸繰に一歩一歩
 近付きながら言った。

「興味でしか動かないような利斧が、必死な形相で血塗れの妖と変な気配の神を
 連れて駆け込んできたんだ。あの利斧が、自分のこと以外で必死になるような
 理由がアンタらにはあった。それにあのヤローの話じゃ、アンタら兄弟なん
 だろう?種族の違う兄弟が、血の繋がりなど気にせずこうして何柱もの神に
 見守られながら生きている」

 思ったよりも長い話に、糸繰がやらかしたという表情になる。

「死にかけているというのに、アンタらに触れようとしたアタシから無意識に互いを
 守るように身体を動かしたあの様・・・死んでも守るという意思が感じられて、
 本当に兄弟愛というものがあるのだと実感したよ!種族を超えた兄弟の愛情・・・
 浪漫があるだろう?」

 弓羅の話が終わると同時に溜息が聞こえ、思わず利斧を見る。彼は眼鏡をクイッと
 上げると、冷めた目を弓羅に向けながら言った。

「浪漫に辿り着くまでの話が長いんですよ。一言で言えば良いじゃないですか、
 浪漫を感じたから受け入れたと」

「分かってないなあ。刀谷様はちゃんと聞いてくれるのに、利斧ときたら・・・」

「刀谷は・・・雨谷は諦めているだけです。適当に相槌を打つことがあります
 からね、彼は・・・」

 微妙な空気の中、糸繰が弓羅から離れ俺の後ろに隠れるようにして小さく息を
 吐く。大丈夫だろうかと思いながら糸繰の頭を撫でると、彼は少し照れ臭そうに
 しながらも頭を摺り寄せてきた。

「そうじゃ弓羅、妾が頼んでいた事は・・・」

 思い出したように、御鈴が言う。弓羅はああ!と声を上げると、口を開いた。

「そうだそうだ、お嬢ちゃんが欲しがっていた物は全部あったよ。台所は貸して
 あげるから作っといで」

「そうか、助かる!」

 弓羅の言葉に、御鈴は嬉しそうに言って部屋を出ていく。俺は糸繰の頭を撫で続け
 ながら、何をするんだろうと首を傾げていた。
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