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6.悪戯っ子
あの日と同じように、沢山作ったテルテル坊主をオーナメントボールの代わりにツリーに飾って。
『光が大切な人に会えますように』
ロイが書いてくれた短冊の隣に
『ルシェに未来を返せますように』
そう書いた短冊を、祈るような気持ちで吊るした時だった。
ズガン!!!!
そんな爆音と共に、窓の外を酷く眩しい紫がかった稲光が包んだ。
その直後、バリバリバリバリという生木が裂けるような音と共に、周囲が真っ暗闇に包まれる。
その次の瞬間には、手を伸ばせばその頬に触れられるくらい近くに居たはずのロイの姿が突然見えなくなって。
「ロイ?」
慌ててその名を呼んだのだが、返事がないどころか気配すら感じられず。気づけば、聞こえるのは激しい雨音と吹き付ける風音ばかりとなっていた。
窓の外でゴボリという気泡音が聞こえた後は、打ち付ける雨風の音はどこかくぐもったものに代わり。
やがて、それも全く聞こえなくなった。
それと同時に外から淡い青白い光が差してきたので、雨が止んだのだと思った僕は、外の様子を確認する為、窓を開けようとして……。
触れたそれが窓などではなく、ずっと僕が恋しく思っていた水槽のガラスである事に気が付いた。
それにハッとして目の前の光景に目を凝らせば、やはりそこは、僕が最期に居た海の底で。
青白い光の先に僕は、ずっと……ずっとずっとずっとずっと、会いたくてたまらなかったルシェの姿を見つけた。
「ルシェ! ルシェ!!」
ルシェの部屋に置いてあった時とはあべこべに、僕が今いる水槽の内側には空気があって。
初めて音として確かに自分の耳に届いたルシェの名前に、どうしようもなく胸が詰まった。
「ルシェ……、そこは寒かったよね。遅くなって本当にごめん。キミを助けに……キミに未来を返しに来たよ」
だらりと落とされた、ルシェのその白い手に触れたくて。力任せにガラスを叩くが、相変わらずそれはビクともしない。
傍にあるツリーの鉢を掴み、それで水槽を割ろうとした時だった。
「止めておけ。外は深海、もし水槽のガラスが割れればお前なんて、あっという間に溺れて死ぬぞ」
僕のすぐ後ろから、ずっともう一度だけでいいから聞きたいと願って止まなかった声がした。
パッと首を巡らせ、期待に胸を焦がしながら声の主を振り返えれば。そこに立って居たのはずっと僕がもう一度会いたいと願って止まなかったその人だった。
「ルシェ!!」
彼に向かい懸命に伸ばした僕の手を無視して。
存命中は決して超える事の出来なかった分厚いガラスの板をあっさりすり抜けてみせた彼が向かった先。
それは夢見るように死せるルシェの体の前ではなく、地面に落ちた、沢山の白い小さな欠片の前だった。
「自分の時代に帰れ」
ルシェに伝えたかった言葉は、数えきれないくらい沢山あったのに。
ルシェの声がまた聞こえる。
その事だけで酷く胸が詰まってしまって、僕はかつて人魚だった時のように、また声が出せなくなってしまったから。
投げられたその言葉に対し、僕は懸命に首を横に振った。
「もしレリが、仲間達と楽しく海で暮らしていた時をずっと恋しく思っていて。ボクに買われる前に時間を戻したいと願うのなら、ボクにそれを止める権利はないと分かっている。でも……。もしお前が、ただボクからレリを奪うつもりなら、他の誰でもないボクが、そんな事は許しはしない」
許さなくていい。
例え、ルシェをまた泣かせる事になっても僕は、ルシェに未来を返したい。
僕は誰よりもルシェに幸せになって欲しいと、ただそれだけを願っているというのに
「レリに会えて、最期にレリと共にいられて、ボクはちゃんと幸せだった」
そんな僕の思いを知ってか知らずか、ルシェがあの日と同じ様に嬉し気に笑って、またしてもそんな哀しい事を言う。
それでも、あんな最期が幸せなものかと、そう思った時だった。
フッと僕に背を向けたルシェが、地面に落ちていた白い一片にそっと触れた。
その白片に向けられたルシェの眼差しが、どうしようもないくらい優しかったから。
僕は、それがレリの指の欠片である事に気づくと同時に、ルシェが幸せだったと語ったその気持ちにもまた、偽りが無かった事に気づいてしまった。
自分の零した涙の海に、溺れて死んでしまうのではないかと思うくらい泣いて泣いて。
散々迷った末、それでも僕はルシェに未来を返す事を決めた。
ルシェのその美しいダークグリーンの瞳を目に焼きつけ、ゆっくり目を閉じる。
そうして、僕は僕の破棄を願った。
……それなのに。
「レリ、レリ」
再び聞こえた、聞こえる筈のない僕を呼ぶその声に驚いて、閉じていた瞼を開けば。
ガラス越しにもうそこに居る筈のないルシェと、またしても実に間近で目が合った。
「見てよ、コレ」
遠い昔にもよくそうしていたように、ガラスに押し付けられたルシェの手元に目をやれば。
そこには僕の足元にあるツリーのてっぺんに飾られている筈の星があった。
「これは、ボクがもらっておく」
そう言って。
いたずらが成功した子供の様に笑ったルシェが、僕の入った水槽を陸に向けてそっと押した。
それを合図に、ゆっくりと水槽が陸に向かって上昇を始める。
そうして僕がどれだけ僕の処分を、過去の改変を願っても、もうそれが叶う事はなかった。
「ルシェ?! 嫌だ!! ルシェ!!!」
もう一度。
最後にもう一度だけでいいから、僕に向かって小さく手を振るルシェのその手を取りたくて。
水槽のガラスを拳が砕けんばかりに叩き続けたが、やはりそれが割れることはなかった。
涙で滲む視界の中、グングン遠ざかっていくルシェの姿に懸命に目を凝らせば。
歪な形のトップスターを改めて見たルシェが
「何だコレ」
と無邪気に笑うのが、小さく小さく見えた。
そんな気がした。
泣き疲れ、いつの間に眠っていたのだろう。
「光?! 大丈夫??!」
そんな声と共に肩を揺すられ目を開けば。
そこに見えたのは海の水面などではなく、住み慣れた僕のアパートの部屋の天井だった。
ロイが呼んだ雨はもうすっかり止んだのだろう。
部屋は柔らかな春の日差しに満ちていて、酷く心配した様子でこちらを覗き込むロイの瞳は木漏れ日を反射し、深い深い海を思わせる黒みを帯びた緑に見えた。
「具合悪い?? 救急車呼ぼうか?!」
心配のあまり真っ青な顔をしたロイに、その必要は無い、ただ眠くなっただけだと言えば。
ベッドに置かれたツリーの鉢にもたれるようにして、脱力したロイがヘナヘナと床に座り込むのが分かった。
これまでと何ら変わらない外界の様子に。
もしかして、僕は本当に眠っている間に夢を見ていただけだったのではないだろうかと、胸が潰れるのではないかと思うくらいの酷い寂しさを覚えた時だった。
「あれ?? 無い!?」
ロイが酷く焦った様子で突然ガバッとその体を起こした。
どんな大事な物を失くしたのかと思い、ロイが見ている先に目線を向ければ。ツリーの上に確かにあったはずの星が無くなってしまっている。
床に這いつくばりベッドの下を懸命に探すロイに
「もういいんだ」
僕は本心から、そう声をかけたのだけれど。
今にも泣き出さんばかりの顔をしたロイは全く納得してくれなくて。
結局僕はまた、ロイの納得するようなヒトデを作れるまで、実に沢山の星を切り出す羽目になった。
床に誕生した、出来損ないの沢山の星で出来た天の川をベッドの上から見るとはなしに眺めていた時だ。
「眠れない?」
まるで僕の胸の中に顔を埋めるようにして。
こちらに向けて寝返りを打ったロイが、眠たげに目を擦りながらそんな事を聞いてきた。
『いいや』
これまでの様にそんな当たり障りのない事を言って、寝たふりをしようかと思わないでもなかったが、それは止めた。
その代わり、ポツリポツリとルシェとレリの話を始めたはずの僕は……。
気が付いた時には結局、深い深い夢の中に落ちていたのだった。
『光が大切な人に会えますように』
ロイが書いてくれた短冊の隣に
『ルシェに未来を返せますように』
そう書いた短冊を、祈るような気持ちで吊るした時だった。
ズガン!!!!
そんな爆音と共に、窓の外を酷く眩しい紫がかった稲光が包んだ。
その直後、バリバリバリバリという生木が裂けるような音と共に、周囲が真っ暗闇に包まれる。
その次の瞬間には、手を伸ばせばその頬に触れられるくらい近くに居たはずのロイの姿が突然見えなくなって。
「ロイ?」
慌ててその名を呼んだのだが、返事がないどころか気配すら感じられず。気づけば、聞こえるのは激しい雨音と吹き付ける風音ばかりとなっていた。
窓の外でゴボリという気泡音が聞こえた後は、打ち付ける雨風の音はどこかくぐもったものに代わり。
やがて、それも全く聞こえなくなった。
それと同時に外から淡い青白い光が差してきたので、雨が止んだのだと思った僕は、外の様子を確認する為、窓を開けようとして……。
触れたそれが窓などではなく、ずっと僕が恋しく思っていた水槽のガラスである事に気が付いた。
それにハッとして目の前の光景に目を凝らせば、やはりそこは、僕が最期に居た海の底で。
青白い光の先に僕は、ずっと……ずっとずっとずっとずっと、会いたくてたまらなかったルシェの姿を見つけた。
「ルシェ! ルシェ!!」
ルシェの部屋に置いてあった時とはあべこべに、僕が今いる水槽の内側には空気があって。
初めて音として確かに自分の耳に届いたルシェの名前に、どうしようもなく胸が詰まった。
「ルシェ……、そこは寒かったよね。遅くなって本当にごめん。キミを助けに……キミに未来を返しに来たよ」
だらりと落とされた、ルシェのその白い手に触れたくて。力任せにガラスを叩くが、相変わらずそれはビクともしない。
傍にあるツリーの鉢を掴み、それで水槽を割ろうとした時だった。
「止めておけ。外は深海、もし水槽のガラスが割れればお前なんて、あっという間に溺れて死ぬぞ」
僕のすぐ後ろから、ずっともう一度だけでいいから聞きたいと願って止まなかった声がした。
パッと首を巡らせ、期待に胸を焦がしながら声の主を振り返えれば。そこに立って居たのはずっと僕がもう一度会いたいと願って止まなかったその人だった。
「ルシェ!!」
彼に向かい懸命に伸ばした僕の手を無視して。
存命中は決して超える事の出来なかった分厚いガラスの板をあっさりすり抜けてみせた彼が向かった先。
それは夢見るように死せるルシェの体の前ではなく、地面に落ちた、沢山の白い小さな欠片の前だった。
「自分の時代に帰れ」
ルシェに伝えたかった言葉は、数えきれないくらい沢山あったのに。
ルシェの声がまた聞こえる。
その事だけで酷く胸が詰まってしまって、僕はかつて人魚だった時のように、また声が出せなくなってしまったから。
投げられたその言葉に対し、僕は懸命に首を横に振った。
「もしレリが、仲間達と楽しく海で暮らしていた時をずっと恋しく思っていて。ボクに買われる前に時間を戻したいと願うのなら、ボクにそれを止める権利はないと分かっている。でも……。もしお前が、ただボクからレリを奪うつもりなら、他の誰でもないボクが、そんな事は許しはしない」
許さなくていい。
例え、ルシェをまた泣かせる事になっても僕は、ルシェに未来を返したい。
僕は誰よりもルシェに幸せになって欲しいと、ただそれだけを願っているというのに
「レリに会えて、最期にレリと共にいられて、ボクはちゃんと幸せだった」
そんな僕の思いを知ってか知らずか、ルシェがあの日と同じ様に嬉し気に笑って、またしてもそんな哀しい事を言う。
それでも、あんな最期が幸せなものかと、そう思った時だった。
フッと僕に背を向けたルシェが、地面に落ちていた白い一片にそっと触れた。
その白片に向けられたルシェの眼差しが、どうしようもないくらい優しかったから。
僕は、それがレリの指の欠片である事に気づくと同時に、ルシェが幸せだったと語ったその気持ちにもまた、偽りが無かった事に気づいてしまった。
自分の零した涙の海に、溺れて死んでしまうのではないかと思うくらい泣いて泣いて。
散々迷った末、それでも僕はルシェに未来を返す事を決めた。
ルシェのその美しいダークグリーンの瞳を目に焼きつけ、ゆっくり目を閉じる。
そうして、僕は僕の破棄を願った。
……それなのに。
「レリ、レリ」
再び聞こえた、聞こえる筈のない僕を呼ぶその声に驚いて、閉じていた瞼を開けば。
ガラス越しにもうそこに居る筈のないルシェと、またしても実に間近で目が合った。
「見てよ、コレ」
遠い昔にもよくそうしていたように、ガラスに押し付けられたルシェの手元に目をやれば。
そこには僕の足元にあるツリーのてっぺんに飾られている筈の星があった。
「これは、ボクがもらっておく」
そう言って。
いたずらが成功した子供の様に笑ったルシェが、僕の入った水槽を陸に向けてそっと押した。
それを合図に、ゆっくりと水槽が陸に向かって上昇を始める。
そうして僕がどれだけ僕の処分を、過去の改変を願っても、もうそれが叶う事はなかった。
「ルシェ?! 嫌だ!! ルシェ!!!」
もう一度。
最後にもう一度だけでいいから、僕に向かって小さく手を振るルシェのその手を取りたくて。
水槽のガラスを拳が砕けんばかりに叩き続けたが、やはりそれが割れることはなかった。
涙で滲む視界の中、グングン遠ざかっていくルシェの姿に懸命に目を凝らせば。
歪な形のトップスターを改めて見たルシェが
「何だコレ」
と無邪気に笑うのが、小さく小さく見えた。
そんな気がした。
泣き疲れ、いつの間に眠っていたのだろう。
「光?! 大丈夫??!」
そんな声と共に肩を揺すられ目を開けば。
そこに見えたのは海の水面などではなく、住み慣れた僕のアパートの部屋の天井だった。
ロイが呼んだ雨はもうすっかり止んだのだろう。
部屋は柔らかな春の日差しに満ちていて、酷く心配した様子でこちらを覗き込むロイの瞳は木漏れ日を反射し、深い深い海を思わせる黒みを帯びた緑に見えた。
「具合悪い?? 救急車呼ぼうか?!」
心配のあまり真っ青な顔をしたロイに、その必要は無い、ただ眠くなっただけだと言えば。
ベッドに置かれたツリーの鉢にもたれるようにして、脱力したロイがヘナヘナと床に座り込むのが分かった。
これまでと何ら変わらない外界の様子に。
もしかして、僕は本当に眠っている間に夢を見ていただけだったのではないだろうかと、胸が潰れるのではないかと思うくらいの酷い寂しさを覚えた時だった。
「あれ?? 無い!?」
ロイが酷く焦った様子で突然ガバッとその体を起こした。
どんな大事な物を失くしたのかと思い、ロイが見ている先に目線を向ければ。ツリーの上に確かにあったはずの星が無くなってしまっている。
床に這いつくばりベッドの下を懸命に探すロイに
「もういいんだ」
僕は本心から、そう声をかけたのだけれど。
今にも泣き出さんばかりの顔をしたロイは全く納得してくれなくて。
結局僕はまた、ロイの納得するようなヒトデを作れるまで、実に沢山の星を切り出す羽目になった。
床に誕生した、出来損ないの沢山の星で出来た天の川をベッドの上から見るとはなしに眺めていた時だ。
「眠れない?」
まるで僕の胸の中に顔を埋めるようにして。
こちらに向けて寝返りを打ったロイが、眠たげに目を擦りながらそんな事を聞いてきた。
『いいや』
これまでの様にそんな当たり障りのない事を言って、寝たふりをしようかと思わないでもなかったが、それは止めた。
その代わり、ポツリポツリとルシェとレリの話を始めたはずの僕は……。
気が付いた時には結局、深い深い夢の中に落ちていたのだった。
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〈登場人物〉
瀧川 千波矢 タキガワ チハヤ 高1
高城 慶 タカシロ ケイ 高3
表紙イラストは、生成AIによる自作です。
エールをありがとうございます!(ω〃)