38 / 71
春の宴の後に
しおりを挟む
数日後、衝撃的な出来事、否、私にとっては、事件が起こった。
父が待つ広間に呼ばれた。そこには、父の他、母、兄、桃が居た。この集まっている顔ぶれを見るに、あの日、婚約を告げられた悪夢の再来を思い出す。
「次は何かしら?」
そう私が言うと、父はゆっくりと私に近づく。何を言われるのか、身構えていると次の瞬間、右頬に衝撃が走る。思考が停止する。いったい何が起こったのか、私は、その衝撃で床に倒れ込んだ。幸い、反射的に床に手が付いたので、顔面を強打することはなかったが、どうして私が父に殴られることになったのか、そこまで理解をすることはできなかった。何を言われるかと覚悟はしていたが、まさかいきなり手を出されるとは思ってもみなかった。
「何すんのよ。」
絞り出した言葉はそれだけだ。
「お前は、とんだ恥さらしだ。お前の望み通り、王家との婚約は破談だ。」
父からは、思ってもみない言葉が出た。破談、どうしてそんなことが。望んではいたことだが、突然のことだった。
「ちょっと、苑ちゃんが原因だって決まったわけじゃ……。」
そう母が助け舟のようなものを出すが、父の耳に入ることはない。矢継ぎ早に続ける。
「お前が余計なことをしたんだろう。姜家の末息子とも仲がいいみたいだしな。これ以上、お前が我がままを通そうとするなら、奉公に出すからな。肝に銘じておけ。」
そう言い、父親は、広間から出て行く。勝手に婚約を決めておいて、破棄されると、娘を殴る、我父親ながらとんでもない人間だと思った。今まで私にさして興味を抱いていないように見えていたが、実際は、道具にしか思っていなかったのだろうか、父親に対して、不信感と怒りがふつふつと湧き上がる。
「苑ちゃん、大丈夫?」
そう言って一番に駆け寄り、座り込む私の背を撫でたのは、母親だった。基本的に父親を慕い、方針には賛成する性格をしていた。もちろん今回の婚約についても喜んでいた。
「大丈夫なわけない。痛すぎる。」
「まぁまぁまぁ、冷やすものを持って来てちょうだい。」
そう母親が一言いうと、控えていた侍女がすぐに駆けていく。
「殴ることないよな。女の子の顔に傷ついたらどうすんだよ。」
そう言いながら朔が近づく。
「そう思うなら殴られる前に止めてよ、武人でしょ。」
「まさか殴るなんて思ってなかったし。」
「本当、役立たずね。」
いつもより言葉遣いが悪くなる。
「あらあら、苑ちゃん、ダメよ。女の子がそんな言葉遣いしちゃ。感情に身を任せるとろくなことがないんだから。」
母親の言うことはもっともだ、これでは頬を殴った父親と一緒ではないか。侍女に手渡された濡れた布を頬に当てる。じんじんとした痛みが、頬に伝わるのがよくわかる。
「本当、厄日だわ。」
何もかも嫌になる、いっそのこと、全て捨ててしまえたら楽なのに、そう続けたかったが、母に心配をかけるわけにはいかない。
「苑ちゃん、破談になった理由、わからないの?」
「知らない。関わってないし。」
姜家の一人娘としては、という枕詞はあえて伏せておく。相手も、私のことを侍女だと思っているのだ。何度か話したが、感触としては、侍女としての私をさほど嫌ってはなさそうだった。ではいったいどうしてこうなったのか。こんなところでも悩んでも、疑問だけが膨らむばかりだ。一人になって考えたかった、心配する桃の前を目もくれず通りすぎる。やっぱり、何もかも捨ててしまいたい、そんな感情が私からあふれていた。
父が待つ広間に呼ばれた。そこには、父の他、母、兄、桃が居た。この集まっている顔ぶれを見るに、あの日、婚約を告げられた悪夢の再来を思い出す。
「次は何かしら?」
そう私が言うと、父はゆっくりと私に近づく。何を言われるのか、身構えていると次の瞬間、右頬に衝撃が走る。思考が停止する。いったい何が起こったのか、私は、その衝撃で床に倒れ込んだ。幸い、反射的に床に手が付いたので、顔面を強打することはなかったが、どうして私が父に殴られることになったのか、そこまで理解をすることはできなかった。何を言われるかと覚悟はしていたが、まさかいきなり手を出されるとは思ってもみなかった。
「何すんのよ。」
絞り出した言葉はそれだけだ。
「お前は、とんだ恥さらしだ。お前の望み通り、王家との婚約は破談だ。」
父からは、思ってもみない言葉が出た。破談、どうしてそんなことが。望んではいたことだが、突然のことだった。
「ちょっと、苑ちゃんが原因だって決まったわけじゃ……。」
そう母が助け舟のようなものを出すが、父の耳に入ることはない。矢継ぎ早に続ける。
「お前が余計なことをしたんだろう。姜家の末息子とも仲がいいみたいだしな。これ以上、お前が我がままを通そうとするなら、奉公に出すからな。肝に銘じておけ。」
そう言い、父親は、広間から出て行く。勝手に婚約を決めておいて、破棄されると、娘を殴る、我父親ながらとんでもない人間だと思った。今まで私にさして興味を抱いていないように見えていたが、実際は、道具にしか思っていなかったのだろうか、父親に対して、不信感と怒りがふつふつと湧き上がる。
「苑ちゃん、大丈夫?」
そう言って一番に駆け寄り、座り込む私の背を撫でたのは、母親だった。基本的に父親を慕い、方針には賛成する性格をしていた。もちろん今回の婚約についても喜んでいた。
「大丈夫なわけない。痛すぎる。」
「まぁまぁまぁ、冷やすものを持って来てちょうだい。」
そう母親が一言いうと、控えていた侍女がすぐに駆けていく。
「殴ることないよな。女の子の顔に傷ついたらどうすんだよ。」
そう言いながら朔が近づく。
「そう思うなら殴られる前に止めてよ、武人でしょ。」
「まさか殴るなんて思ってなかったし。」
「本当、役立たずね。」
いつもより言葉遣いが悪くなる。
「あらあら、苑ちゃん、ダメよ。女の子がそんな言葉遣いしちゃ。感情に身を任せるとろくなことがないんだから。」
母親の言うことはもっともだ、これでは頬を殴った父親と一緒ではないか。侍女に手渡された濡れた布を頬に当てる。じんじんとした痛みが、頬に伝わるのがよくわかる。
「本当、厄日だわ。」
何もかも嫌になる、いっそのこと、全て捨ててしまえたら楽なのに、そう続けたかったが、母に心配をかけるわけにはいかない。
「苑ちゃん、破談になった理由、わからないの?」
「知らない。関わってないし。」
姜家の一人娘としては、という枕詞はあえて伏せておく。相手も、私のことを侍女だと思っているのだ。何度か話したが、感触としては、侍女としての私をさほど嫌ってはなさそうだった。ではいったいどうしてこうなったのか。こんなところでも悩んでも、疑問だけが膨らむばかりだ。一人になって考えたかった、心配する桃の前を目もくれず通りすぎる。やっぱり、何もかも捨ててしまいたい、そんな感情が私からあふれていた。
0
あなたにおすすめの小説
【書籍化決定】憂鬱なお茶会〜殿下、お茶会を止めて番探しをされては?え?義務?彼女は自分が殿下の番であることを知らない。溺愛まであと半年〜
降魔 鬼灯
恋愛
コミカライズ化決定しました。
ユリアンナは王太子ルードヴィッヒの婚約者。
幼い頃は仲良しの2人だったのに、最近では全く会話がない。
月一度の砂時計で時間を計られた義務の様なお茶会もルードヴィッヒはこちらを睨みつけるだけで、なんの会話もない。
お茶会が終わったあとに義務的に届く手紙や花束。義務的に届くドレスやアクセサリー。
しまいには「ずっと番と一緒にいたい」なんて言葉も聞いてしまって。
よし分かった、もう無理、婚約破棄しよう!
誤解から婚約破棄を申し出て自制していた番を怒らせ、執着溺愛のブーメランを食らうユリアンナの運命は?
全十話。一日2回更新
7月31日完結予定
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
離婚した彼女は死ぬことにした
はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし
さき
恋愛
愛のない結婚と冷遇生活の末、六年目の結婚記念日に夫に殺されたプリシラ。
だが目を覚ました彼女は結婚した日の夜に戻っていた。
魔女が行った『六年間の時戻し』、それに巻き込まれたプリシラは、同じ人生は歩まないと決めて再び六年間に挑む。
変わらず横暴な夫、今度の人生では慕ってくれる継子。前回の人生では得られなかった味方。
二度目の人生を少しずつ変えていく中、プリシラは前回の人生では現れなかった青年オリバーと出会い……。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる