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春の宴の後に
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数日後、衝撃的な出来事、否、私にとっては、事件が起こった。
父が待つ広間に呼ばれた。そこには、父の他、母、兄、桃が居た。この集まっている顔ぶれを見るに、あの日、婚約を告げられた悪夢の再来を思い出す。
「次は何かしら?」
そう私が言うと、父はゆっくりと私に近づく。何を言われるのか、身構えていると次の瞬間、右頬に衝撃が走る。思考が停止する。いったい何が起こったのか、私は、その衝撃で床に倒れ込んだ。幸い、反射的に床に手が付いたので、顔面を強打することはなかったが、どうして私が父に殴られることになったのか、そこまで理解をすることはできなかった。何を言われるかと覚悟はしていたが、まさかいきなり手を出されるとは思ってもみなかった。
「何すんのよ。」
絞り出した言葉はそれだけだ。
「お前は、とんだ恥さらしだ。お前の望み通り、王家との婚約は破談だ。」
父からは、思ってもみない言葉が出た。破談、どうしてそんなことが。望んではいたことだが、突然のことだった。
「ちょっと、苑ちゃんが原因だって決まったわけじゃ……。」
そう母が助け舟のようなものを出すが、父の耳に入ることはない。矢継ぎ早に続ける。
「お前が余計なことをしたんだろう。姜家の末息子とも仲がいいみたいだしな。これ以上、お前が我がままを通そうとするなら、奉公に出すからな。肝に銘じておけ。」
そう言い、父親は、広間から出て行く。勝手に婚約を決めておいて、破棄されると、娘を殴る、我父親ながらとんでもない人間だと思った。今まで私にさして興味を抱いていないように見えていたが、実際は、道具にしか思っていなかったのだろうか、父親に対して、不信感と怒りがふつふつと湧き上がる。
「苑ちゃん、大丈夫?」
そう言って一番に駆け寄り、座り込む私の背を撫でたのは、母親だった。基本的に父親を慕い、方針には賛成する性格をしていた。もちろん今回の婚約についても喜んでいた。
「大丈夫なわけない。痛すぎる。」
「まぁまぁまぁ、冷やすものを持って来てちょうだい。」
そう母親が一言いうと、控えていた侍女がすぐに駆けていく。
「殴ることないよな。女の子の顔に傷ついたらどうすんだよ。」
そう言いながら朔が近づく。
「そう思うなら殴られる前に止めてよ、武人でしょ。」
「まさか殴るなんて思ってなかったし。」
「本当、役立たずね。」
いつもより言葉遣いが悪くなる。
「あらあら、苑ちゃん、ダメよ。女の子がそんな言葉遣いしちゃ。感情に身を任せるとろくなことがないんだから。」
母親の言うことはもっともだ、これでは頬を殴った父親と一緒ではないか。侍女に手渡された濡れた布を頬に当てる。じんじんとした痛みが、頬に伝わるのがよくわかる。
「本当、厄日だわ。」
何もかも嫌になる、いっそのこと、全て捨ててしまえたら楽なのに、そう続けたかったが、母に心配をかけるわけにはいかない。
「苑ちゃん、破談になった理由、わからないの?」
「知らない。関わってないし。」
姜家の一人娘としては、という枕詞はあえて伏せておく。相手も、私のことを侍女だと思っているのだ。何度か話したが、感触としては、侍女としての私をさほど嫌ってはなさそうだった。ではいったいどうしてこうなったのか。こんなところでも悩んでも、疑問だけが膨らむばかりだ。一人になって考えたかった、心配する桃の前を目もくれず通りすぎる。やっぱり、何もかも捨ててしまいたい、そんな感情が私からあふれていた。
父が待つ広間に呼ばれた。そこには、父の他、母、兄、桃が居た。この集まっている顔ぶれを見るに、あの日、婚約を告げられた悪夢の再来を思い出す。
「次は何かしら?」
そう私が言うと、父はゆっくりと私に近づく。何を言われるのか、身構えていると次の瞬間、右頬に衝撃が走る。思考が停止する。いったい何が起こったのか、私は、その衝撃で床に倒れ込んだ。幸い、反射的に床に手が付いたので、顔面を強打することはなかったが、どうして私が父に殴られることになったのか、そこまで理解をすることはできなかった。何を言われるかと覚悟はしていたが、まさかいきなり手を出されるとは思ってもみなかった。
「何すんのよ。」
絞り出した言葉はそれだけだ。
「お前は、とんだ恥さらしだ。お前の望み通り、王家との婚約は破談だ。」
父からは、思ってもみない言葉が出た。破談、どうしてそんなことが。望んではいたことだが、突然のことだった。
「ちょっと、苑ちゃんが原因だって決まったわけじゃ……。」
そう母が助け舟のようなものを出すが、父の耳に入ることはない。矢継ぎ早に続ける。
「お前が余計なことをしたんだろう。姜家の末息子とも仲がいいみたいだしな。これ以上、お前が我がままを通そうとするなら、奉公に出すからな。肝に銘じておけ。」
そう言い、父親は、広間から出て行く。勝手に婚約を決めておいて、破棄されると、娘を殴る、我父親ながらとんでもない人間だと思った。今まで私にさして興味を抱いていないように見えていたが、実際は、道具にしか思っていなかったのだろうか、父親に対して、不信感と怒りがふつふつと湧き上がる。
「苑ちゃん、大丈夫?」
そう言って一番に駆け寄り、座り込む私の背を撫でたのは、母親だった。基本的に父親を慕い、方針には賛成する性格をしていた。もちろん今回の婚約についても喜んでいた。
「大丈夫なわけない。痛すぎる。」
「まぁまぁまぁ、冷やすものを持って来てちょうだい。」
そう母親が一言いうと、控えていた侍女がすぐに駆けていく。
「殴ることないよな。女の子の顔に傷ついたらどうすんだよ。」
そう言いながら朔が近づく。
「そう思うなら殴られる前に止めてよ、武人でしょ。」
「まさか殴るなんて思ってなかったし。」
「本当、役立たずね。」
いつもより言葉遣いが悪くなる。
「あらあら、苑ちゃん、ダメよ。女の子がそんな言葉遣いしちゃ。感情に身を任せるとろくなことがないんだから。」
母親の言うことはもっともだ、これでは頬を殴った父親と一緒ではないか。侍女に手渡された濡れた布を頬に当てる。じんじんとした痛みが、頬に伝わるのがよくわかる。
「本当、厄日だわ。」
何もかも嫌になる、いっそのこと、全て捨ててしまえたら楽なのに、そう続けたかったが、母に心配をかけるわけにはいかない。
「苑ちゃん、破談になった理由、わからないの?」
「知らない。関わってないし。」
姜家の一人娘としては、という枕詞はあえて伏せておく。相手も、私のことを侍女だと思っているのだ。何度か話したが、感触としては、侍女としての私をさほど嫌ってはなさそうだった。ではいったいどうしてこうなったのか。こんなところでも悩んでも、疑問だけが膨らむばかりだ。一人になって考えたかった、心配する桃の前を目もくれず通りすぎる。やっぱり、何もかも捨ててしまいたい、そんな感情が私からあふれていた。
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