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黄昏と共に5

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 これは、夢だ。
 そう知りながらも、私は、目の前の光景をぼんやりと見続ける。
 場所は、陽宝だった。
 華春に来てからそう時間も経ってはいないが、懐かしいという気持ちが湧き上がる。
 私は、姜家の屋敷の門前で桃と話している。

 「私、少し出かけてくるから。」

 そう言って一人で街を歩く。そんなことを言って出かけたことなどない。隣には必ず桃が控える。一人で行く場所といえば、先生の屋敷くらいなものだったが、私が向かうのはそこではなかった。爛の屋敷の前で止まる。彼の家を訪れたのは初めてだが、感覚では、ここは覇家の屋敷だった。私は彼の屋敷の前を行ったり来たりと、不審者のような行動をする。それを止める者はいない。しばらくすると、屋敷の門が開く。私は、迷いなく敷地内に足を踏み入れる。すれ違う人に『こんにちわ』と挨拶をして、屋敷内を歩く。どこへ向かっているのかわからないが、私は風呂敷を大事に抱えていた。目的の部屋まで来ると私は、扉を何度かたたく。扉は、ひとりでに開く。何人もの人が丸机に集まっている。桃、朔、憂榮、千華、爛、凌雅、黎、黒仕、凌雅。
関わり合ったことのないであろう、私の見知った人物がそこには、座っている。ここは、爛の家だと思っていたのだが、そうではなさそうだともぼんやり思い始める。私が到着したのに気付くと、爛が口を開く。

 「何で、桃ちゃんと来ないんだよ。一人で勝手にフラフラして。」

 爛は、ぷいっと横を向きながら怒る。
 口を尖らせているあたり、本気で怒ってはいないようだ。
 私は、風呂敷を差し出す。
 ここに持ってくるための手土産であったようだ。
 受け取った爛は、それを机の中心に置く。
 そして、その包みを開いていく。
 中からは木箱が出てきた。蓋を垂直に持ってあげる。箱の中には、たくさんの文が入っていた。皆はそれを適当に手に取り、読み始める。
 私も一つを手に取り、内容を読む。

 『苑へ
 おはよう。寒くなってきたから風邪をひかないようにね。それと、今度の休みにお茶でもどう?考えておいて。  爛より』

 爛からの短い文だった。これは全て私に届いた文であろうか。いったい彼らは何をしているのだろうか。ぼんやりとその光景を見ながら、文の束を見つめている。
 

 目覚めると明け方の薄暗い空が広がる朝だった。目の下には、涙が伝った感覚があった。
 よくわからない夢だった。
 私は、あんなに大切に文を保管していただろうか。全て机の上に放り投げていたので、木箱に入れた記憶などはない。私の心にしまった文を夢で取り出したのか。悶々と考えても夢なのだから、意味などないだろう。

 ただ、陽宝が恋しくて見てしまった夢だ。
 今、桃は、どうしているのだろうか。
 そろそろ一言、夢に出てきた文でも書くべきだろうか。そう思い、目を閉じる。
 私は、再び深い眠りへと落ちていった。
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