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運命の悪戯5
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春が始まったばかりのまだ肌寒い時期だった。帰宅中に雨が降り始めたため、制服を濡らし、天音が家に帰ると、誰も居ないようで、部屋は暗かった。濡れた体を拭こうと洗面所に置いてあるタオルを手に取り、そのまま、明かりをつけたリビングに入ると、朝は花瓶以外何も置かれていなかった机の上に2通の封筒が置かれていることに気が付く。よく見るとそれは手紙で、1通の宛名は、昴、もう1通には天音の名前が書かれていた。天音は、字を一目見て、差出人は、翼であることがわかった。不審に思った天音は、すぐに糊付けされた封筒を丁寧にハサミで開け、内容を確認する。
『天音へ おかえり。学校は楽しかった?早速だけど、僕はしばらく家を空けます。天音と仲良くなれて良かった。良かったどころじゃないな。天音のおかげで決心がついた。天音は、僕の恩人だよ。いつかこの仮はちゃんと返すから。暫しばらく連絡は一切できないけど、心配はしないで。昴のことよろしくね。すぐ悪いことしちゃうから。僕が居なくても、天音が居れば大丈夫ってわかっているけど、やっぱり心配だよ。凜ちゃんとも仲良くね。 諏訪翼』
紛れもなく翼の字で、言葉だった。すぐに差出人である翼に電話をするが、コールが鳴る前に、電源が入っていないか、電波が通じない場所にいることを伝えるメッセージが流れ始める。何度かけても変わらないだろう。手紙に書かれている通り、本当に連絡が取れなくなっている。いくら置手紙があるとは言え、出て行くことについて相談や素振りも無かったことに対し疑問が生まれる。
次に、昴に電話を掛ける。何度も留守番電話に繋がれるが、その度に掛けなおす。その後、いくつかのコールが鳴った後、やっと繋がる。彼はバイトの最中だったようで文句を言いながらも不在着信がいくつも入っていることに驚いたのか、きちんと電話に出てくれた。小声で返事をする昴に要件だけを伝える。
「翼が置手紙をして出て行った。電話も通じない。」
天音が伝えると電話越しの昴が息を呑むのがわかる。
「今日、早めに上がらせてもらう。」
そう言い、電話が切られる。それから数時間後、午後9時過ぎになって昴がようやく帰宅する。昴の身体は、本降りの雨に打たれたようで水が滴り落ちるほど濡れていた。天音は急いで昴のためにバスタオルを取りに行き、リビングに戻ると、昴は、濡れた手のまま雑に封筒を破り、翼からの手紙を読んでいた。昴の手は震えていて、それは寒さからなのか、不安や怒りからなのか、表情のない顔からは読み取ることができなかった。
「天音、翼に何か言ったか?」
手紙を読み終えたであろう昴が、唐突に天音に問いかける。
「私、翼が出て行こうとしてるなんて、本当に知らなかった。私のおかげで決心がついたって書いてたけど、どこでその決心をさせちゃったのか、思い当たらない。……ごめんね、昴。翼、いなくなったのは、私の……。」
「違う。これは、翼が決めたことだ。俺たちはもう大人みたいなもんだ。……俺こそ、双子失格だよ。今まで翼のことは何でも分かっていたつもりだったのにな。」
その言葉は、本心から出た言葉のようで、酷く弱弱しく見えた。天音は、早く戻ってきてほしいと願うばかりだった。翼の言う“しばらく”の期限は、誰一人としてわからなかった。春の嵐は、2人の元から翼を奪っていった。
『天音へ おかえり。学校は楽しかった?早速だけど、僕はしばらく家を空けます。天音と仲良くなれて良かった。良かったどころじゃないな。天音のおかげで決心がついた。天音は、僕の恩人だよ。いつかこの仮はちゃんと返すから。暫しばらく連絡は一切できないけど、心配はしないで。昴のことよろしくね。すぐ悪いことしちゃうから。僕が居なくても、天音が居れば大丈夫ってわかっているけど、やっぱり心配だよ。凜ちゃんとも仲良くね。 諏訪翼』
紛れもなく翼の字で、言葉だった。すぐに差出人である翼に電話をするが、コールが鳴る前に、電源が入っていないか、電波が通じない場所にいることを伝えるメッセージが流れ始める。何度かけても変わらないだろう。手紙に書かれている通り、本当に連絡が取れなくなっている。いくら置手紙があるとは言え、出て行くことについて相談や素振りも無かったことに対し疑問が生まれる。
次に、昴に電話を掛ける。何度も留守番電話に繋がれるが、その度に掛けなおす。その後、いくつかのコールが鳴った後、やっと繋がる。彼はバイトの最中だったようで文句を言いながらも不在着信がいくつも入っていることに驚いたのか、きちんと電話に出てくれた。小声で返事をする昴に要件だけを伝える。
「翼が置手紙をして出て行った。電話も通じない。」
天音が伝えると電話越しの昴が息を呑むのがわかる。
「今日、早めに上がらせてもらう。」
そう言い、電話が切られる。それから数時間後、午後9時過ぎになって昴がようやく帰宅する。昴の身体は、本降りの雨に打たれたようで水が滴り落ちるほど濡れていた。天音は急いで昴のためにバスタオルを取りに行き、リビングに戻ると、昴は、濡れた手のまま雑に封筒を破り、翼からの手紙を読んでいた。昴の手は震えていて、それは寒さからなのか、不安や怒りからなのか、表情のない顔からは読み取ることができなかった。
「天音、翼に何か言ったか?」
手紙を読み終えたであろう昴が、唐突に天音に問いかける。
「私、翼が出て行こうとしてるなんて、本当に知らなかった。私のおかげで決心がついたって書いてたけど、どこでその決心をさせちゃったのか、思い当たらない。……ごめんね、昴。翼、いなくなったのは、私の……。」
「違う。これは、翼が決めたことだ。俺たちはもう大人みたいなもんだ。……俺こそ、双子失格だよ。今まで翼のことは何でも分かっていたつもりだったのにな。」
その言葉は、本心から出た言葉のようで、酷く弱弱しく見えた。天音は、早く戻ってきてほしいと願うばかりだった。翼の言う“しばらく”の期限は、誰一人としてわからなかった。春の嵐は、2人の元から翼を奪っていった。
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