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第1章 はじまりの街 編

011 辻ヒール <04/02(火)20:18>

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 はじまりの街[スパデズ]西口の門から出て、そのまま道なりにずんずん進んでいくと、このはじまりの街[スパデズ]のある半島を抜けて、そのまま大陸へつながっている。
 半島と大陸の境には崖があり、その間の20mほどの幅の橋道を通るのだが、そこを渡り終えると[スパデズ]周辺とはモンスターの分布が変化し、より手強いモンスターが生息する 出会いの街[ヘアルツ]へと続いている。
 街道を外れなければ滅多に襲われないため、低LVの内に護衛を頼んだり、強行突破してさっさと出会いの街[ヘアルツ]へ向かう者も居る。


 そんな旅立ちの場でもある はじまりの街[スパデズ]西口付近には、伯爵はくしゃくレグホンLV3 が主に闊歩かっぽしている。伯爵レグホンとは…オスがかなり立派なトサカを持つため、『伯爵』と呼ばれる白いニワトリである。
 『非アクティブモンスター』であるため、襲いかかっては来ないのだが、南口の『バルーンラビット』、東口の『シマブタ』等に比べると、鋭いクチバシと爪を持つのでやや危険。
 しかし≪しょせんニワトリ≫なので、『バルーンラビット』、『シマブタ』同様、『イルカモネ山猫』の獲物である。ただ残念ながら本体、通常ドロップ=『伯爵ササミ』、レアドロップ=『伯爵ウィング』…と、全て美味しく頂かれてしまうので、『バルーンラビット』の様に『皮』が落ちていたりはしない。
 一応、極稀に『伯爵』をドロップするのだが、取り引き価格は1,000G程度と、激レアなのにあまり嬉しくない。上級者等が試し切り中にドロップすると、そのまま≪ドブ川に捨てる≫事もあるとかないとか…


「ご主人さま~、どうするの~?」
 ミケネコが前方を見ながらたずねてきた。辺りもずいぶん薄暗くなって視界が悪くなった中、その前方からは戦闘中BGMが聞こえてきて、戦っているプレイヤーとモンスターの影が見える。
 頭上には『LV3 ヒビキ みならい戦士』と表示されていて、その下にHPバーが表示されている。まぁこの『みならい戦士』というのは俺のように偽装している可能性があるが…名前は白色だ。ちなみに≪LVと名前は偽装出来ない≫。LVは表示/非表示のみ可能。
 ただおそらく先ほどまでの俺同様に『初期状態』だろう。

 相手は『伯爵レグホン』LV3、同じLV3同士だから調度良い相手に思えるが、人数、装備や職、戦闘慣れ、相性等でその都度変わるので、自分のLVとモンスターのLVをあまり過信してはいけない。

「ご主人さま~、よくなさそうだよ」
 見ていると回復アイテムよりも受けるダメージの方が多いようだ。ジリ貧になりつつある。

「治癒魔法[ヒーリング]」
 再びHPが半分をきったので、範囲ギリギリから≪1度だけ≫治癒魔法をかけてあげて様子を見る。こういった行為を『つじヒール』というが、TJOでは≪必ずしも歓迎されるわけでは無い≫ので相手の意思を確認する。

「ありがとう」

 「………」どうやら歓迎〔※1〕の様なので、HPが減少する度に治癒魔法[ヒーリング]で癒してあげた。合わせて3回目の治癒の後で、無事に伯爵レグホンを討伐できたようだ。戦闘中BGMが聞こえなくなる。

「よし、南に向かおう」
「は~い」
 無事倒せたならもう用は無い。引き続き宝箱を探しながら南へ向かう。


「ご主人さま~、またいるよ~」
 ミケネコが前方を見ながら報告してきた。ちなみに先ほど設定したプレイヤー名表示や、HPバーの表示はサポートペットであるミケネコにも適用されている。プレイヤーとペットの見ている物が違っていては、会話や意思疎通に齟齬そごが生じるためだ。
 相手は同じく『伯爵レグホン』LV3で、かなり苦戦しているようだ。
『LV2 カワジ みならい戦士』…先ほどのプレイヤーとLVも職業も似た様なものなのだが、名前がかなり黄色い。

「…行こう」
「かいふくは~?」
「いい」
「は~い」
 引き続き宝箱を探しながら南へ向かう。周囲には伯爵レグホンLV3が少なくなり、バルーンラビットLV1が目立つ様になってきた。この辺りはもう南口周辺と言ってもいいだろう。

 「………」TJOには善行悪行値ぜんこうあくぎょうちという要素がある。
 良い事をするとプラスされ、元は白いネームが少しずつ青色になっていく
…青ネーム、ブルーネームと呼ばれる。
 悪い事をするとマイナスされ、元は白いネームが少しずつ黄色になっていく
…黄ネーム、イエローネームと呼ばれる。
 さらに悪事を続ける、またはプレイヤーを殺害するPKプレイヤーキラーをすると一発で赤色になる。…赤ネーム、レッドネームと呼ばれる。

 『白色を基準』として、『青に傾くと様々な恩恵』があり、『黄色、赤色に傾くと相応のペナルティ』が課せられる。特に赤色は強制的に『賞金首』という職業に転職させられて、悪事に応じて賞金が設定され、あらゆるプレイヤーから逮捕、処刑される状態になる。

 先ほどの2人目のプレイヤーは、低LVでありながら、すでに名前が≪かなり黄色≫だったので、よほどの悪人であろうという事が想像できる。
 そしてゲーム時代からの経験上、この濃い黄色ネームプレイヤーを治癒してあげても「余計な事するな」だの「俺で『経験値稼ぎ』するな」だの、難癖を付けられる事が多かったので、初犯程度の≪極薄い黄色≫以上の悪人には関わらない事にしている。

「今後も名前が赤いのと、黄色いのには関わらないでいくぞ」
「は~い」
 なるべく草原の端の方を通り、街を大きくまわりながら宝箱を探す。しかし南の草原は暗くなってきても見晴らしがいいので、見過ごされた宝箱というのは期待薄の様だ。視界の右下の方へ意識を向けると<04/02(火)21:07>と表示されている。『辻ヒール』とかしていた割に時間は経ってない。

「ご主人さま~、しろいひとだよ~」
 ミケネコが前方を見ながら報告してきた。見晴らしがいいので暗くなってきても人影がよくわかる。LVは1、『みならい魔法使い』で、相手は『バルーンラビット』LV1…だがあまり慣れていないのか戦闘がぎこちないうえ、魔法使いで防御力が無いので旗色が悪い。

「治癒魔法[ヒーリング]」
 HPがとっくに半分をきっていたので、範囲ギリギリから1度だけ治癒魔法をかけてあげて様子を見る。





 「………」反応が無い、戦闘で手一杯なのだろう。ローカルルール〔※1〕すら知らない本当の初心者の可能性が高い。その内に『治癒魔法をかけると経験値が入るから善意だけじゃない』と知って複雑に思うかもしれないが、白色ネームの人を見捨てるのも後味が悪いので、その後もHPが少なくなるたびに治癒魔法[ヒーリング]で回復してあげた。

「よし、東に向かおう」
「は~い」
 無事に『バルーンラビット』を倒せたのを確認し、なるべく草原の端の方を大きくまわりながら宝箱を探す。すると…黒い文字のプレイヤーネームが見つかった。

「ご主人さま~、くろいよ?」
「あぁ」
 「………」TJOには先ほど言ったようにネームカラーがある。簡単に列挙すると…
・『青ネーム』、ブルーネーム、(聖人)、善良プレイヤー
 様々な恩恵がある。色に濃淡がある。
・『白ネーム』、ホワイトネーム(一般人) 、一般プレイヤー
 全プレイヤーが最初はこれ。俺もこれ。
・『黄ネーム』、イエローネーム(軽犯罪者)、軽犯罪プレイヤー、前科者プレイヤー
 様々なペナルティがある。色に濃淡がある。
・『赤ネーム』、レッドネーム(賞金首)、重犯罪プレイヤー、指名手配
 様々な重いペナルティがある。
・『黒ネーム』、ブラックネーム(死亡跡)、プレイヤーが死亡した跡
 殺人事件とかの白いチョークで書いた人型みたいなモノ。
・『緑ネーム』、グリーンネーム(GM)、ゲームマスター
 運営側の人。

 ……と、この様になっており、一目で「相手がどういう者なのか?」が、おおよそ判断出来るようになっている。
 そしてこの『黒ネーム』状態である内は、激レアアイテムである『蘇生アイテム』等を使用すれば『蘇生できる』が、かなり終盤のボスドロップなので、序盤のこの時点で持っている者など皆無であろう。
 ちなみにゲーム時代は、最低でも100万G、1M、つまり1,000,000Gである。そのため、よほどメンバーの欠落が痛いボス戦等…以外で使用される事はまず無かった。
 つまり目の前の彼が蘇生される可能性はゼロである。さて…


「ご主人さま?」
「あぁ、これも≪一種の宝箱≫なんだ」
「これが たからばこ~?」
 『黒ネーム』に近付くと名前の下に『小さな袋』が置いてある。『デスペナルティ』だ。

TJOでは死亡時にはデスペナルティ(死んだ罰則)として以下の罰則がある。
・赤ネームだと所持金の1/10を落とすうえ、LVが1ダウンする
・黄ネームだと所持金の1/10を落とす
・白ネームだと所持金の1/100を落とす
・青ネームだと所持金の1/1000を落とす
※これらは死体から『遺産』として入手する事が可能で、遺産を入手する事への罰則は無いと明記されている(突発的な宝箱みたいな扱いらしい)

 『小さな袋』を見つめてみると…
《名:ユータロー の遺産 所有者:なし 〈最期〉シマブタLV2と戦って敗れる》

 やはり『所有者:なし』でシステムは変わってないようだ、ありがたく遺産を頂戴する。
袋の中には……320Gだ。
 白ネームだった…とすると、32,000Gも持ち歩いていた事になる。
すると、赤か黄だった可能性が高いだろう、3,200Gくらいなら持ち歩いていても不思議は無い。根拠は単純だ、32,000Gもあれば はじまりの街[スパデズ]の武器にしろ防具にしろ、最高級装備が買えるほどだからだ。こんなところで『シマブタ』LV2にやられながら、無意味に現金で32,000Gも持ち歩く意味がわからない。

「この≪黒いの≫も、見つけると「しあわせになる」からな」
「くろいのも いっぱいみつけて、いっぱい しあわせになる!」
 チャチャチャーン♪ ミケネコのテンションがまた上がった。尻尾も、うねうねウェーブしている。

 さて中には「死人の目の前で遺産を取得するのに躊躇ちゅうちょしないのか?」と思う方も居るかもしれないが、この『黒ネーム』の間は実は『デスペナルティ中』なのだ。
 この間死亡した本人は、パイプオルガンの様な音楽の中で、三途の川っぽい風景や、お花畑の様な風景や、地獄の様な風景を見せられているのである。
 そして察しの良い方はおわかりかと思うが、その≪見せられる時間≫も善行悪行値によるネームカラーによって変わるのだ。青ネームだと2分、白ネームだと5分、黄ネームだと10分、赤ネームだと15分である。

 このペナルティタイムが終了すると、『最期に接触したクリスタル前で復活』し、こちらの黒ネームは消える。そして復活した本人が急いでこの遺産を回収に来る…当然ネームカラーが良いほど早く復活出来、本人が回収出来る可能性が高い。
 逆に言うと≪黒ネームの間だからこそ≫、何の気兼ねも無く遺産を頂戴できるのだ。黒ネームが消えて『遺産だけが落ちている』とイコール『本人は復活済み』である。いつ本人が回収に来るかわからない。
 ちなみにゲーム時代の話であるが、ログアウトをしても次回きっちり、≪続きからデスペナルティ映像を見せられた≫。ついでに言えば本人がログアウト中も、≪黒ネームのままゲーム上に残っている≫ので遺産の回収は絶望的となる。
 『蘇生される』か『ペナルティタイムを消化し終わる』まで復活は出来ない。俺は当時白ネームだったので、この間トイレに行ったりしていた。


 「………」それにしても、この世界では生き返れるのだろうか? 視界の右下の方へ意識を向けると<04/02(火)21:56>と表示されている。そう早くも無い…か。

「ご主人さま?」
 突然難しい顔をして考え込んだ俺を、ミケネコが不安そうに見上げている。

「少し早いが予定を変更してすぐに帰る。宝箱はざっと探すだけでいい」
「かえるの~?」
「あぁ、少し急ぐ」
 『遺産』を『巾着』にしまうと、東口へ向けて早足で移動を開始した。


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LV:1(非公開)
職業:みならい僧侶(偽装公開)(みならい僧侶)
サポートペット:ミケネコ/三毛猫型(雌)
所持金:1,520G
武器:なし
防具:布の服
所持品:4/50 初心者用道具セット(小)、干し肉×9、バリ好きー(お得用)85%、鉄の長剣


〔※1〕TJOでは戦闘ではなく様々な行為、行動によって経験値が得られるため、必ずしも回復は善意のボランティアとは限らないのだが、それでもTJOでは慢性的な僧侶不足のため大抵は喜ばれる。
(僧侶が余っていれば、味方僧侶の経験値稼ぎの邪魔になりかねないが、僧侶不足のため相手の思惑はどうあれ回復してもらう=単に回復アイテムが浮いて助かり、また回復を行う必要が無くなれば、攻撃だけに専念できるので大幅に戦闘が楽になるからである)

 また暗黙のルール(ローカルルール)として『定型チャットでその意思を伝える』というモノがある。キーボードのF9~F12にはそれぞれ、F9「ありがとう」、F10「結構です」、F11「はい」、F12「いいえ」と割り当てられており、戦闘中でも1タッチで即座に会話(意思の伝達)が出来るようになっている。
 回復されてありがたいなら F9「ありがとう」、迷惑であればF10「結構です」を押せばよい。ちなみにこれらは〈PCの地域設定〉に対応しており、相手が〈英語〉を選択していると、相手側で F9「Thank you」、F10「No thank you」、F11「Yes」、F12「No」等と自動的に変換されて表示されている。


「ご主人さま~、とつぜん『さぶたいとる』のうしろにすうじが~」
「あぁ、前回から日時表示ONにしたから、らしいぞ。大体何日の何時頃の話なのか、一目でわかりやすいかな? とか思ったらしい」
「さぶたいとるがいいかげんだよ~」
「あぁ、≪最初に予定した展開≫でタイトル付けて、展開に迷ったらサイコロ振って決めてるらしいぞ」
「さいころ~?」
「そもそも、北の森で『イルカモネ山猫』と戦闘するはず…だったらしい」
「いないかもやまねこ~」
「あれだけ居るかもね? 連呼して居なかったな」
「あえてたいとるしゅうせいしないゆうき?」
「……ノーコメント」
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