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第1章 はじまりの街 編
020 山の洞窟1層 <04/03(水)AM 10:48>
しおりを挟むはじまりの街[スパデズ]周辺で、唯一のダンジョン[山の洞窟]1層で、入り口から少しすすんだ最初の分かれ道を、罠を避けて左ルートに進んだ俺達は、『最初の戦闘』と、『最初の宝箱の罠解除』を行い、俺考案の『微妙な交換イベント』を終えた。
そして俺達4人と1匹は、再び[山の洞窟]1層の探索を再開したのだった。
「この先は少し広くなってますね」
「みたいだね~、モンスターに注意しよ~」
「……うん」
「了解です」
「………」シノブさんは、『みならい斥候』である。そのため、
警報:罠[トラップアラート][P] 半径5m範囲の罠の存在を察知する。
警報:急襲[レイドアラート][P] 半径15m範囲の戦闘状態の存在を察知する。
…という『常時発動』の強力なスキルを備えているのだが、この 警報:急襲[レイドアラート]は、『〈戦闘状態〉の存在』…しか≪察知出来ない≫のだ。
つまり攻撃されないと襲ってこない『非アクティブモンスター』はもちろん、敵を発見しないと襲いかかってこない『アクティブモンスター』も、敵を発見していない間は『〈通常状態〉の存在』にすぎないため、察知は出来ないのである。
※ただしPK等による襲撃や、相手に先に発見された場合の急襲を、相手が〈戦闘状態〉に切り替えた瞬間に察知し、味方に注意を促し相手の先制攻撃に備えられる等、味方の≪危機回避≫に絶大な威力を発揮する。
言ってみれば時代劇などで、剣豪などが「殺気!」などと言って、即座に敵の奇襲攻撃に反応してみせるような感じである。
『非アクティブモンスター』は無視するも、こちらが一方的に先制攻撃するのも可能であるため、ぶっちゃけ≪どうでもよい≫のだが、『アクティブモンスター』は先に発見した方が、『先制攻撃のチャンスを得る』ので、斥候系の察知能力にばかり頼らずに、それぞれが周囲を目視や音などで警戒しておく事が大切である。
「……居ますね。『山ゾック(斧)』? が2体、『ヒキ蝙蝠』が3体」
1人で通路の陰から広間の様子を窺ったユウコさんが、俺達の所へ戻ってきて声を潜めて報告する。
「………」『山ゾック(斧)』はLV6の『アクティブモンスター』で、『イルカモネ山猫』LV5より強敵だ。賞金首になって[山の洞窟]に逃げ込んだ、かつて『斧を使っていた戦士』のなれの果て…という設定だ。彼等は何故か『緑の一つ目模様の兜』を着用している。
『山ゾック』達の下っ端で、一撃の威力は高いが動きは割と鈍い。『ヒキ蝙蝠』は先ほど戦った、LV4の『非アクティブモンスター』だ。
この2体が[山の洞窟]1層に出現するモンスターで、おそらく冒険初心者に、「『アクティブモンスター』との戦闘中に、『非アクティブモンスター』に攻撃を誤爆、流れ弾を当ててしまうと大変な事になりますよ」…という事を教えるための配置であると思われる。
「シノちゃん、罠があるか調べてくれる?」
「……うん、探知:罠[トラップディテクション]」
「………」探知:罠[トラップディテクション]は、警報:罠[トラップアラート]の『アクティブスキル版』である。
・パッシブスキルの[トラップアラート]が、半径5m範囲の罠を『自動で察知』するのに比べ、
・アクティブスキルの[トラップディテクション]は、『使用する』と、半径15m範囲の罠の存在、形状、名称、LVを探知し、その脅威(罠LV)を半減する。
距離が3倍となり名称、形状などまでも判明するので、『斥候(偵察兵)』の名に恥じぬ性能と言えるだろう。
「……ピット(落とし穴)LV18が、広間の右隅にある」
「ありがと。それじゃ右隅には近寄らないように注意して…とりあえずこちらに近い、左の『山ゾック(斧)』に攻撃を集中して倒しましょう。それからまわりの『ヒキ蝙蝠』達に、攻撃を当てないように気を付けてね」
リーダーのユウコさんの指示が入る。倒さずに先に進むのは不可能だろうし、的確な作戦だ。まぁ俺は後方にいて回復するだけなんですけどね。
「わかったよ~」
「……わかった」
「了解です」
「それじゃ行くよ。私が左の『山ゾック』のFA〔※1〕を取ります! 右の『山ゾック』には注意してっ」
「………」この作戦の流れとしては、まずユウコさんが突撃すると、≪見通しの良い広間≫のため、おそらく攻撃する前に、両方の『山ゾック』に発見されてしまう。
すると『山ゾック』達は、とりあえずユウコさんを攻撃しようとして〈戦闘状態〉に切り替える。そこでユウコさんが、『左の山ゾック』に攻撃を当ててFAを取る。
『FAをとった左の山ゾック』は、ユウコさんにヘイトが集中するが、『右の山ゾック』は、ユウコさんを『最初に発見したから』襲いかかってくるに過ぎず、≪それほどヘイトが高くない≫ため、うかつに手を出してしてしまうと、その相手に反撃しようとして、『簡単にターゲットを変更してしまう』のだ。
…つまり、「『右の山ゾック』(は私がFA取るまでは、すぐターゲットが変わっちゃうから、うかつに攻撃や反撃をしない様)に注意して」…である。
ユウコさんが〈戦闘状態〉に切り替え、『青銅の盾』と『鉄の長剣』を構えて、静かに広間に走り込む。戦闘中BGMが聞こえはじめる。
「まやかしの切れ味[フロードシャープ]〔※2〕」
すかさずツカサさんも〈戦闘状態〉に切り替えて、駆けていくユウコさんに魔法をかける。
「UuRAAAaaa!」「UUuGOAaa!」
突然の侵入者(俺達)に、『2体の山ゾック』が威嚇する様な声をあげる。そして侵入者のユウコさんを攻撃しようと〈戦闘状態〉に切り替え、腰に提げていた『斧』を振り上げながら近寄ってくる。
ユウコさんは確実にFAを取るためだろう、『青銅の盾』を左手で構えた状態で、右手の『鉄の長剣+1』を引いて、左の山ゾックの避けにくい腹部を目掛けて、隙の少ないモーションで突き刺した。
「やぁっ」
「UGAAAAAA」
腹部を刺された『左の山ゾック』が、悲鳴とも怒声ともつかぬ声を上げて、自分を攻撃したユウコさんをにらみつける。ユウコさんはすでに『青銅の盾』を構えて反撃に備えている。
そこへ無傷の『右の山ゾック』が『斧』を振り下ろしてきた。ユウコさんはそれを見て、少し盾の角度を斜めに調整し、斧の衝撃を受け流している。
「まやかしの切れ味[フロードシャープ]」
その間にツカサさんが、おそらくシノブさんにも魔法をかけた。
「……えい」
またしてもいつの間にか、『左の山ゾック』の背後にまわりこんでいたシノブさんが、『鉄の刀+1』を逆手に構えて、無防備な『山ゾック』の背中をスパッと横一文字に切り裂いた。
「GUUUU」
『左の山ゾック』は背中を斬られ怯んだが、やはり最初に攻撃(FA)をしてきたユウコさんに対しての憎しみからか、ユウコさん目掛けて『斧』を振りかぶる。
ユウコさんはそれを見て、『左の山ゾック』の攻撃に備えようとしたが…ほぼ同時に先ほどユウコさんに『斧』を受け流され、地面を叩いた『右の山ゾック』も、再び『斧』を振り上げて、ユウコさんに攻撃をしようと力を込めた。
「URAAAAA!」「UGAAA!」
『左右の山ゾック』が、ほぼ同時に『斧』を振り下ろす。ユウコさんは受け流すのを諦め、しっかりと正面に『青銅の盾』を構えて衝撃に備えた。受け流そうとして、どちらかを下手な角度で受けてしまうと、≪テコの原理≫で盾ごと吹き飛ばされかねないからだろう。
ガギーーン!、ガィーーン!
2発の金属製の衝撃音が響き渡るっ! 構えていた『青銅の盾』に、強力な『斧』の衝撃をまともに受けて、ユウコさんは大きくグラついた。
「ユウちゃんっ!」
ユウコさんのHPゲージが5%ほど減少している。≪ガードした≫のに凄い威力だ。
「大丈夫っ」
ユウコさんは体勢を立て直し、またしっかりと『青銅の盾』を構えて、目の前の2体を見据えている。
「……やぁっ」
再びシノブさんが背後から『鉄の刀+1』を逆手に構えて、無防備な『左の山ゾック』の背中に横一文字に切りつける。「ザシュッ!」という効果音とともに、≪大きな血しぶき≫があがった! 『クリティカルヒット』だ。
「GYAAaaa!」
『左の山ゾック』が悲鳴をあげた。かなり効いたようだ。
「………」先制攻撃の『不意打ち』や、『背後からの攻撃』は『クリティカルヒット』になりやすい。打撃武器よりも斬属性武器、攻撃力よりもDEXや隠しパラメータの『運』が高いほど、また武器の『品質』が高いほど、クリティカルヒット発生率が上がると言われている。
「お返しっ」
背後からのクリティカルヒットを受けて『左の山ゾック』が≪大きく怯んだ≫隙を見逃さずに、ユウコさんが右手の『鉄の長剣+1』をピッチャーの様なフォームで、右上段から斜め下に向けて思いきり斬り下ろした。
「guaa……」
ユウコさんに袈裟斬りにされた『左の山ゾック』が、うめき声をあげてその場に倒れ、息絶える。
「やった」
そう思った瞬間、『右の山ゾック』が右肩を構えて、ユウコさんに向けて『ショルダータックル』を敢行してきた。
「URYAAAA!」
『左の山ゾック』にトドメをさして、右手の『鉄の長剣+1』を振り下ろしていたユウコさんは、無防備になった右側面におもいきり直撃を受けてしまう。
「きゃああぁっ」
「「ユウちゃんっ!」」
右側面に『ショルダータックル』の直撃を受けてしまったユウコさんは、体勢を崩して吹き飛んだ。HPゲージが半分近くまで減少している。斧での攻撃じゃないのに凄い威力だ。
「治癒魔法[ヒーリング]」
すぐに唱えられる様に準備はしていたので、すかさず回復をかける事が出来た。ユウコさんのHPが90%ぐらいに回復する。
「………」んん? 外で『辻ヒール』をしていた時は、相手が50%をきってから治癒をかけてあげても全快していた。あの後で俺はLVが6に上がって、パラメータは振っていないが、補正などで回復量は上がってるはず。
それなのに『40%ぐらいしか回復しない』という事は、戦士職で職ボーナスや職補正があるとしても、ユウコさんはかなりVITに振ってHPを増やしている…とみて間違い無いだろう。
そして恐ろしい事だが、その『青銅の防具一式』で『高HP』のユウコさんが、あれだけダメージを喰らった、という事は…『山ゾック(斧)』LV6 ヤバイ、マジヤバイ! だてに『イルカモネ山猫』LV5よりLV高くない。
「あ、ありがとうございますっ」
HPが回復したユウコさんは、お礼を言いながら立ち上がり、『青銅の盾』を左手で構えて突進すると、右手の『鉄の長剣+1』で素早く、残った『右の山ゾック』の腹部に突き刺した。威力を考えずFAをとったのだろう。
「魔法いくよ~……火球[ファイヤーボール]」
ツカサさんは、ユウコさんが『右の山ゾック』のFAを取ったのを確認し、魔法を使う警告の声を発した。それを聞いたユウコさんは、巻き添えを食わないように『青銅の盾』を左手でしっかり構えた。その様子を見てツカサさんは火球[ファイヤーボール]を唱える。
ユウコさんに腹をさされ、ユウコさんに対する憎しみでにらみつけていた、『右の山ゾック』のむき出しの背中に、ツカサさんの構えた『樫の杖』の先から、直進してきたソフトボールほどの火の玉が、直撃して燃え上がった。
「AJYAAAA!」
火の玉が当たった衝撃と、炎による熱で皮膚が焼け焦げ、『右の山ゾック』が苦悶の表情? で悲鳴をあげる。そして2人は、その隙を見逃さなかった。
「……えい」
「てやぁーっ!」
『右の山ゾック』の背後から、シノブさんが『鉄の刀+1』を逆手に構えて、焼け焦げた背中を横一文字にスパーッ…と切りつける。
そして斬られて『右の山ゾック』がのけぞったところへ、ユウコさんが正面から右手の『鉄の長剣+1』を、右上段から斜め下に向けて思いきり斬り下ろした。
「agaaaa……」
火球[ファイヤーボール]に続けて、≪前後からの強烈な攻撃≫を受けて、『右の山ゾック』もその場に倒れた。3人が武器を納め、戦闘BGMが止まる。俺達(俺以外)の勝利だ!
「治癒魔法[ヒーリング]」
例によって俺の空気感がひどい中、ユウコさんのHPを全快させる。俺を見上げるミケネコの悲しそうな視線が痛い……また評価が下がったようだ。
だって「回復しかしない」って最初に言ったし、サボってないし、そんな目で見んなし。
『山ゾック(斧)』2体は、196G、207G、203G、それと『青銅の斧』を2本落とした様だ。強いだけあって先ほどの、82Gと『ヒキ皮』だった『ヒキ蝙蝠』よりだんぜん稼ぎは良い。
1体ずつなら美味しいのかもしれない。今回も代表してツカサさんが『インベントリ』に収納し、[山の洞窟]1層での2度目の戦闘は終了した。
---------------------------------------------------------------------------
LV:6(非公開)
職業:みならい僧侶(偽装公開)(みならい僧侶)
サポートペット:ミケネコ/三毛猫型(雌)
所持金:525G
武器:なし
防具:布の服
所持品:8/50 初心者用道具セット(小)、干し肉×9、バリ好きー(お得用)75%、青銅の長剣、樽(中)95%、コップ(木)、サクランボ×1、鋼のナイフ
〔※1〕TJOにおいて、『最初の攻撃』を、『ファーストアタック』(略されて『FA』と呼ばれている)という。この最初の攻撃(FA)をしたプレイヤーは、そのモンスター(達)からのヘイトが一際高く、基本的に生半可な事では、他のプレイヤーにターゲットが移動する事はない。(一部に移り気なモンスター等も存在するので絶対ではない)
〔※2〕まやかしの切れ味[フロードシャープ]
半径10m範囲内の〈戦闘状態〉の対象1人が装備している武器の品質を、『その戦闘中に限り+1する』(効果は重複しない、+9には効果が無い)
魔法力により対象の武器の鋭さを増し、切れ味をあげる。あくまで切れ味だけであり属性などは付与されない。何故か切れ味の無い武器でも効果はあるので安心。
『戦闘時の専用魔法』であるのと、『〈戦闘状態〉の相手にしか効果が無い』ため、両者が〈戦闘状態〉にならないとならず、戦闘前にあらかじめかけておく事が出来ない。
(おそらく悪用しての交換サギなどの防止のためであろう。〈戦闘状態〉では取り引き行為は出来ない)
低品質では+1の効果はさほどでも無いが、元が高品質であるほど効果が高くなる。また長期戦が予想される場合には、使用する、しないで総ダメージにかなりの差が出てくる。
火球[ファイヤーボール] ソフトボール大の火球を作り出し、対象1体にぶつけて炎と衝撃によるダメージを与える。
「したっぱ つよい~」
「あぁ、LV6 だからな」
「ご主人さまも~、れべる6なのに……」
「≪なのに≫言うなし」
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