サウザンド・ジョブ・オンライン ~あるみならい僧侶の話~

アヤマチ☆ユキ

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第1章 はじまりの街 編

029 人目 <04/03(水)PM 04:04>

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 はじまりの街[スパデズ]周辺で、唯一のダンジョン[山の洞窟]の探索を終了した俺達は、最後の最後で今まで遭遇しなかった『イルカモネ山猫』LV5 2体に襲われながらも、無事に 出発地点である はじまりの街[スパデズ]北口広場へと帰りついた。


「とりあえず無事に探索が出来ました。ありがとうございます」
 おそらく初めて? のリーダー役だった、ユウコさんからお礼の言葉が出る。

「いえ、こちらこそ、[山の洞窟]の見学も出来たし、経験値もたくさん稼げたと思うので助かりました、ありがとうございます」

 「………」この はじまりの街[スパデズ]周辺で、[山の洞窟]は初めてのダンジョンなので、初侵入? の経験値ボーナスが入っているだろう。
 それに俺は回復しかしていなかったが、1層の『ヒキ蝙蝠コウモリ』LV4 と、『山ゾック(斧)』LV6は、しっかり『初回遭遇ボーナス』として、3体ずつ倒した相当分の経験値が得られているはずである。
 目的通りに「ダメージを食らってみる」事が出来たし、おまけで『イルカモネ山猫』との比較データまで取れた。ツカサさんのわがまま? による『1層一掃作戦(改)』により、多く戦闘があったおかげ? で治癒回数もかなり稼ぐ事が出来た。今回の探索は「素晴らしい成果だった」…といえるだろう。お礼として『鉄の斧』まで貰っちゃったのでホクホクだしな。

 ミケネコは、安全な見慣れた街に戻ってきて安心したのだろう。俺の足にウネウネと、尻尾を巻き付けたりしている。少しアゴの下をコショコショしてやると、ミケネコは鼻をグリグリと俺の掌に押し当ててきた。猫っぽい?

「結局~、宝箱2つだけだったね~」
「そうなりますねぇ」
「……むねん」
「そうだねぇ」

 「………」宝箱は3つ発見したが、最後の宝箱は凶悪≪すぎた≫から諦めた。『勇気』と、『無謀、蛮勇』は違う。少なくとも50%以上の勝てる見込みがあるならともかく、「めっちゃ運が良ければ、なんとかなるかも~?」…などは勝算ではない。(まして『復活』が怪しい現状では、勝負に出るなら80%以上の勝算がほしいところだろう)
 それにTJOにおいての宝箱(罠)、ミミックは、≪ある意味≫ラスボス級の危険度である。「無理」だと判断したなら、『すっぱり諦める』事こそがTJOでの『勇気』なのだ。
 あまりTJOに慣れていないプレイヤーだと、どうしても「開けてみたい」、「大丈夫だろう」…という誘惑から逃れられない傾向があり、しばしばパーティを壊滅的な状況におちいらせてくれる。
 そういう意味で3人は、TJO経験者という事もあって、ああいった場合の判断力と決断力があった。まぁそれだけ俺達『TJO経験者』が、酷い目にあってきたって事でもあるのだが…… ヤマコウェ…

「ね~、早くLVUPの確認に行こうよ~」
 ツカサさんが2人を催促している。そうだな…探索が終わったのに、部外者がいつまでも一緒に居ると邪魔だな、色々と3人で話したい事や、LVUPの確認とかもしたいだろう。

「あぁ、俺は少し早いけど、晩飯にしようと思うのでこれで… お疲れ様でした~」
 まぁこういう場合には≪当たりさわりの無い言葉≫を言っておけばいい。とりあえず宿屋で仮眠を取ろう。

「あ、はい、ありがとうございました。また機会があれば一緒に探索しましょう」
 リーダー役だったユウコさんから、再びお礼と社交辞令の言葉がかかる。…まぁ回復職は数が少ないから、またそういう機会もあるかもしれない。

「はい、また同じ条件で良ければ~」
 俺もまた、≪当たりさわりの無い≫事を言って、南の宿屋へと向かった。


 宿屋の前では量産型おっさんが客引き? を兼ねて、おそらく冒険初心者が迷わないように「ここで泊まってけ」…的な説明をしているが、当然スルーして宿屋の受付に向かう。

「お帰り、兄ちゃん早いね」
 と、やはり何一つ変わらない量産型おばちゃんが部屋の鍵を渡してくれた。どこかの大統領さんの様に人差し指を立てて、声高こわだかに「チェンジッ!」とか叫びたい。

 などと、どうでもいい事を考えつつ、俺が借りている『トラップが解除された部屋』へと戻る。部屋内には木製のベッドと机と椅子しか無い…無いはずだぞ。2泊3日で2,000Gなので、明日の朝おばちゃんに受付で”鍵を返す”と宿無しになってしまう。

 まぁいい、椅子に腰掛けてミケネコを机の上に呼ぶ。『インベントリ』から『バリ好きー』を取り出し、袋に手を入れ掌に小盛りにして、机の上で行儀良く待っているミケネコさんの前にバリ好きーを差し出す。

「ほら、今日は『知らない人達』と『変な洞窟』行ったから疲れたろう」
「やった♪」
 カリカリポリポリ、カリカリポリポリ… ミケネコがリズム良くバリ好きーを噛み砕いていく。視界の右下の方へ意識を向けると<04/03(水)PM 04:23>と表示されていた。


 「………」帰ってきて人心地(猫ごこち?)ついた様なミケネコさんが、しあわせそうにバリ好きーを食べるのを見ながら、今後の方針について考える。
 はじまりの街[スパデズ]周辺のモンスター分布は、南に『バルーンラビット』LV1、東に『シマブタ』LV2、西に『伯爵はくしゃくレグホン』LV3、北に『イルカモネ山猫』LV5(『トシマ山猫』LV8)である。

 『バルーンラビット』は≪TJO最弱≫で、しかも『激レア』に『ウサギの足』(時価100,000G)と夢があり、北の森から遠く『イルカモネ山猫』に襲われる心配が無いため、常に南(↓)は人気の狩場となっている。

 北(↑)の森の『イルカモネ山猫』、『トシマ山猫』は、トラップや宝箱の罠などを嫌って、『ダンジョンに潜りたくないプレイヤー』にとって、はじまりの街[スパデズ]周辺で≪一番経験値が稼げる相手≫である。特に『トシマ山猫』LV8は『レアPOP』だけあって、素材も高く売れ、Gも稼げ、経験値も高いので人気が高く、いつも狙われている。

 カリカリポリポリ、カリカリポリポリ……

 しかし、『シマブタ』と『伯爵レグホン』は微妙である。強化される割に『激レア』がぱっとしない安物で、しかも『北寄りでは、イルカモネ山猫に襲われる』事がある。

 それでも西(←)の『伯爵レグホン』は、周辺フィールドで一番LVの高い『非アクティブモンスター』であり、南寄りで戦えば乱入されずに、安全に単体と戦えるため、『バルーンラビット狩り』に飽きたプレイヤーが、次の標的とする事も多い。
 また、通常、レアドロップである『伯爵ササミ』、『伯爵ウィング』は、『ミスターチキン』で通常NPC店の1.2倍の価格で買いとってくれるため、Gもそこそこ稼げるという利点がある。
(※ご想像の通り? ミスターチキン[スパデズ]店のササミカツ丼の『ササミ』とは、この『伯爵ササミ』である)

 一方、東(→)の『シマブタ』は、ドロップは≪全て食べ物≫でそれほど高く売れず。しょせんLV2なので経験値もそれほど上がらずと、≪中途半端を絵に書いた≫様なモンスターなので、人気が無く東口はいつも空いている。
 それでも「シマブタを狩る」…というプレイヤーが居たとしても、人気が無く選び放題なので、大体は『イルカモネ山猫に襲われにくい南寄り』で狩る。

 つまりココ はじまりの街[スパデズ]周辺で、一番『人気が無く』、『人目に付きにくく』、『俺を襲ってくれるイルカモネ山猫と戦える』場所は… 街の右上、『北東部の森の切れ目辺り』になる…というわけだ。森の外にも たまにあらわれるのだが、より≪目立たない≫場所は、やはり『森の中』、しかも『日暮れ以降』となるだろう。

 ジョリジョリとミケネコさんが、ザラザラした舌で俺の掌を舐めている。食べ終わった様だ。そのまま顔を前足で洗い、その前足を舐めて毛づくろいをはじめている。うん、いつもの様に猫っぽい。

「ミケネコ、これから少し寝る、PM 09:00頃に起こしてくれ」
「ん~? ご飯たべないの?」
「あぁ経験値稼ぎの直前に食べる。食事効果が≪もったいない≫からな」
「は~い?」
 そうしてミケネコに起こしてもらう様に頼んだ俺は、しばし仮眠を取る事にした。





 ……さま…く…だ……
 「………」何かが…俺のほっぺたの辺りを…プニプニしている。ぷにぷにpn…

「ね~、ご主人さま~、くじだよ~」
 「………」ん~? 目をあけると目の前に…… 猫が…三毛猫が…。俺のほっぺたを前足で交互に、踏み踏み、踏み踏み……

「ご主人さま~、く~~じ~だ~~よ~~」
「……あぁ、ミケネコ。もう大丈夫だ」
 意識がだいぶはっきりしてきた。中途半端に寝たのだが、起きている時に眠くはならなくても、ベッドで横になると ぐっすりと眠りにつける。ゲームと同じ様な仕様なのだろうか? まぁ便利ではあるのだが。
 視界の右下の方へ意識を向けると<04/03(水)PM 09:01>と表示されている。

 そして目の前でミケネコが、俺のほっぺたを前足で交互にムニムニ押し続けている。やっぱり肉球はぷくぷくのぷにぷにだ… 猫っぽい。また前足の両脇の下に、両手の親指をひっかけて持ち上げ、高い高いをして左右にぷらんぷらんと揺らしてやる。

「また~、も~ご主人さま~」
 やはりミケネコが尻尾をフイッ、フイッと揺らして呆れている。

「さて……」
 あまり時間を無駄に出来ないので、ミケネコさんをベッドの横に下ろし身体を起こす。やはり少し辛いが… 今朝ほどでは無い。
 『休憩』や『睡眠』を意識してとるのは有効か? まだわからないが。

「よし、とりあえず晩飯前に、最初のルートで大きくまわって、見つかっていない宝箱が無いかをチェックしつつ、『辻ヒール』もする」
「さいしょのるーと?」
「あぁ、反時計回り… 北(↑)、西(←)、南(↓)、東(→)だ」
「”たからばこ”と ”くろいの”と ”ふくろ”みつけて、しあわせになる~」
「いいぞミケネコ、その意気だ」

 この後の予定をミケネコに伝えたので、部屋を出て鍵を閉める。宿屋の受付で量産型おばちゃんに鍵を渡し宿を出る。まっすぐ北に向かう途中で、クリスタルに”さっ”と触れつつ、そのまま北口広場へ向かう。

 歩いている間にシステムメッセージが表示され、ファンファーレが頭に響き渡る。
《おめでとうございます!LVが上昇しました! LV6 →LV7》
《おめでとうございます!LVが上昇しました! LV7 →LV8》

 「………」おぉ、2LVも上がった。やはり低LV時の『初ボーナス』系の経験値は馬鹿にならない。しかしやはり『僧侶』への昇格条件は満たせなかったようだ。まぁ仕方ないだろう。


 LVUPのチェックを終え『北口前の広場』に着いた。それなりに≪ちらほら≫とパーティなども居るが、ほとんど帰ってきたところの様だ。今朝の様な募集などは見当たらない。少しスミの方に行き、手早くLVUPのボーナス『2ptポイント』をVITに割り振った。
 どうやら【痛み】は『減少したHPのパーセンテージに対応』している様な感じだった。つまり、MAXHPが多ければ、同じダメージでも『痛み』は和らげる事が出来る…はず。

 『痛み』の概念はTJOゲーム時代には無かった要素なので、色々と推測や実験をして試行錯誤する必要がある。その点でも、今日の『山ゾック(斧)』LV6による『大ダメージ』と、『イルカモネ山猫』LV5による『小(中)ダメージ』での、『痛み、苦しみの比較データ』は貴重な経験だった。

「ご主人さま?」
 ミケネコが「宝箱探しに行かないの?」といった感じで、首を傾げながら俺を見上げている。

「あぁ、すまん。行くぞミケネコ」
「は~い」
 そうして俺は北口の門を抜け、道なりに北の森の端を目指して歩きだしたのだった。


 ………「!! …ミケネコ!? …なんだ、本物の”三毛猫”かぁ」


-------------------------------------------------------------------------
LV:8(非公開)
職業:みならい僧侶(偽装公開)(みならい僧侶)
サポートペット:ミケネコ/三毛猫型(雌)
所持金:525G
武器:なし
防具:布の服
所持品:9/50 初心者用道具セット(小)、干し肉×5、バリ好きー(お得用)65%、青銅の長剣、樽(中)95%、コップ(木)、サクランボ×1、鋼のナイフ、鉄の斧


「しあわせ~」
「あぁ、夜間に街中で食べさせてると目立つからな。先払いだ」
「ん~?」
「それと起きてからは、≪時間的余裕が少ない≫のもあるから、まぁ悪く思うな」
「んん~??」
「昨日と同じで、次のバリ好きーは≪明日の朝飯後≫って事だ」
「あしたも しあわせ~」
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