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クーベルタン市編Ⅵ 策謀の章(クーベルタン市編完結)
3 審議会
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「セレスティーナ様、並びにユウキの両名には審議会から出頭命令が出ています」
行きと同じく丸一日半を掛けて領都に還り着いた途端、市門で俺達を待ち受けていたのはそんな衛兵のひと言だった。
〈しまった。既に先手を打たれていたか〉
恐らく、鉱山の出入口を見張る者がいたのだろう。待ち伏せが成功しても失敗しても良いように。
そいつ、もしくはそいつらが一足先に領都に戻って、黒幕へと結果を報告したに違いない。そして俺達が無事だったことを知り、次なる一手を打ってきた。
本来ならこちらからメルダース商会へ出向いて、テオドールに真意を訊き出す算段だったのだが、向こうの方が一枚上手だったようだ。
それにしてもいきなり呼び出しとは一体どんな理由からだろう? 鉱山の一件はまだ公になっていないはずだが。
連行する衛兵に理由を訊ねても教えて貰えなかった。彼らも知らないみたいだ。
「こうなった以上はひと先ず成り行きを見守るしかなさそうね」
「そうだね。何の嫌疑かわからなければ対処のしようがないし」
衛兵達に取り囲まれて連れて行かれたのは市のほぼ中心にある、これぞいかにも中世の建築物といった立派な石造りの館だ。前を通ったことは何度もあるが、入ったことは一度もない。ここは役所でもあり、議会でもあり、裁判所でもあるらしい。
殺風景な待合室のような場所で散々待たされた挙句、武器を取り上げられ、何の説明も無いまま中の一室へと有無を言わざず通される。
室内にはそれぞれの四方の壁を背景にして重厚そうな長机が四つ置かれていた。ちょうど俺達が入って来た主たる出入口側の机が二席空いており、そこへ着席を促される。他にも各壁に目立たないよう小さな扉が付けられているが、そちらは出入りとは別の用途がありそうだ。
我々から見て左右に三名ずつ、初めて見る顔が並んでいた。彼らが審議会を構成するメンバーに相違あるまい。
そして正面の長机に唯一人──背後に立っている者を除いて──着いていたのは、誰あろうか、セレスの兄、ランベールその人だった。
〈やはり、彼が黒幕なのか〉
隣のセレスの表情をチラリと窺うと、さすがに青白い顔色をしている。予想はしていてもいざ現実となると、衝撃は大きかったのだろう。
俺の右側に位置する並びの最も遠い席にいた中年男性が、全員を代表する形で口を開いた。
「審議を始める前に簡単な自己紹介をしておこう。私はこの審議会の議長を務めるモントーレだ。普段は商業ギルドの世話役をしている。そして私の左側から順に──」
残る五名の名が次々と挙げられるが、正直言っていつまで憶えていられるか、自信はまるでない。
「最後に審議会のメンバーではないが、ランベール閣下にもお越しいただいた。異例なことではあるが、何しろ今回の審議にはセレスティーナ様が関わっておられる可能性があるので、閣下には立会人として見守っていただく。異存はなかろう」
最後は断定口調だったので、こちらの意思は無視されるみたいだ。
ランベールの背後に立つカリスト・ビスタークはオマケ扱いなのか、特に紹介されることもなく、それについては当人を含め誰も何も言わなかった。
「さて、それでは開始するとしよう。まずはそこにいるユウキなる者の素性についてだが──」
「待ってください」
セレスがモントーレ議長の言葉を遮って声を上げる。
「そもそも私達は何故ここに呼ばれたのか、それすら聞かされていません。先にそのことを明らかにすべきではありませんか?」
その発言にモントーレ議長が僅かに逡巡した様子を見せる。彼としても領主の娘であるセレスの言葉は無下にはできず、普段とは勝手が違うのだろう。
助けを請うようにランベールに意見を求めた。
「宜しいでしょうか? 閣下」
「……私は立会人だ。自分達の判断に従うが良かろう。いちいち私に許可を得る必要はない」
それを聞いて、議長は腹を決めたようだ。
「では、些か予定とは違いますが、審議内容の説明からしましょう。ただし、今後は許可無き発言を行った場合、例えセレスティーナ様であろうと退場を願います。例外は認めません。心していただきたい。それでは続けますが、そこにいるユウキなる平民には、とある告発により詐取の容疑が掛かっております。セレスティーナ様はそれに加担した疑いがある、というのが告発した者の主張です」
詐取? つまり詐欺を働いたということか? まったく身に覚えがない話に、俺は自然と首を傾げてしまう。
「ユウキとやら、どうか? 今この場にて正直に罪を告白するなら減刑ということもあり得る。否定した場合、後になって不正が判明すれば隠し立てしたことも更なる罪科として加わることになる」
そう言われても心当たりがないので、自白しようがない。
どう転ぶかはわからないが、俺は思っていることを包み隠さず話す途を選んだ。
「詐取と言われても何のことか私には見当が付きません。差し支えなければどのような不正に問われているのか、具体的にお教え願いませんか?」
「それでは否定するのだな。宜しい。ならば告発した者から説明させよう」
裁判所などで見かけるガベル(小型の木槌)のようなものをコンコンと打ち鳴らすと、議長席の背後の目立たなかった扉がスッと開いて、宮仕えらしき人が現れる。その人の耳許に何か囁くと、素早く来た扉に戻って十数秒後──。
再び扉が開き、現れた人物を見て、やっぱり、と俺は思った。
そこには相変わらず紳士然としたテオドールの姿があった。
「面識のない者もいるだろうから一応、紹介しておく。この者はメルダース商会のクーベルタン支部長を務めるテオドール殿だ。今回の件は彼の告発による。テオドール殿、説明を」
扉から前に進み出て、議長席の隣に立つと、テオドールは皆に一礼してから話し始めた。
「事の発端はそこに坐るユウキなる者が、ホケンという事業について話しているのを耳にしたことにありました。己の恥を忍んで申し上げると、その時の私にはそれが如何にも画期的な商売に思えてしまったのです。今にして思えば、私が通りかかるのを見越した上で興味を持つよう話したに違いありません」
いやいや、そんな器用な真似ができるなら、冒険者なんてやってないよ。そう突っ込みたかったが、テオドールの話はまだ始まったばかりなので、ここはグッと堪えて続きを待つ。
「人が好い私はすっかり彼女の術中に嵌ってしまい、詳しく話が聞けるよう後日会う約束を取り付けました。あの若さで既に老若男女を手玉に取る術を身に付けているのです」
……自分で人が好いとか言っちゃってるよ、この人。上品そうに見えたのは上辺だけだったみたいだ。
「約束通り、我が商会で改めてホケンについて話を聞く機会を得ました」
ここで今まで黙って耳を傾けていた審議会メンバーの一人が、口を挟む。
「そもそもそのホケンというのは何だね?」
「はい。彼女の説明によれば予め加入者──今回の場合は主に冒険者を対象としていましたが、その者達から一定の金額を徴収しておき、死んだり怪我などで働けなくなったりした際に決まった額を本人や遺族に支払うというものでした」
あれ? ここでは嘘を吐かないようだ。てっきり、出鱈目を言うのかと思っていたけど、一体何を考えているのやら。
「それが商売になるのかね?」
「大多数の冒険者が頻繁に大怪我や死んでばかりいては話にならないでしょう。しかし、実際にはそうではありません。彼らからすれば例えホケンが掛けられていても安全に仕事を続けられることが長期的には一番得をする。あくまでホケンは万が一の備えと認識されれば、充分に利益を上げることは可能だと判断しました」
うんうん、いきなりは難しいだろうけど、徐々に保険の意義が浸透していけばその日暮らしの冒険者達にも受け容れられるのではないだろうか。
「それの何が問題なのかね? 私にはよくわからないんだが……」
「確かにこれだけを聞けばそうお考えになられるでしょう。しかし、ここで述べたことは実際には建前であり、彼女の真意は別にあったのです」
へっ? 真意が別? それってどこに?
「彼女は私に言いました。もしも本当に冒険者が怪我や死亡したとしても馬鹿正直に金を支払う必要はないのだと。例えばわざと怪我をしたとして拒否すれば良い。あるいは死んだことを証明する必要があるといった理由でも構わない。冒険者が亡くなる場合は魔物に喰われたりして遺体が残らないのが普通ですからな。それでも不平を述べるようなら犯罪者として告発すると脅せば大抵の者は口を閉じざるを得まいというのが彼女の主張でした。さらに当初は少額の支払いを滞りなく行って、信用されたところで規模を拡大して多額の金をせしめるのが良いとまで伝授してくれました。そして上手くいった暁には儲けを山分けしようと持ち掛けてきたのです」
なるほど、そう来たか。まったくの創作ではなく、所々に俺の話した内容を曲解して盛り込んでいるのが嫌らしいと言える。
「当然、私は憤慨して拒否しました。それでは冒険者を騙すことになると。これは明らかに詐取と言える行為ですので当然でしょう。するとあろうことか彼女は、私共でやらなければ別の商会と手を組むだけだと申したのです。このような卑劣な行いを断じて見過ごすわけにはまいりません。それ故、私はここに告発へと至ったのです」
芝居がかった仕草でそう締め括ったテオドールは苦渋の決断とでも言いたげな様子で首を左右に振ると、こちらをチラリと見やった。その表情に満足げな笑みが浮かんでいるのを俺は見逃さなかった。
だが、向こうの一方的な証言だけで俺が不正をしたと決め付けるわけにはいくまい。
当然、この後にはこちらの反証の番が回ってくると思っていたのだが──。
「今の話にはユウキという者の行いしか出てこなかったが、セレスティーナ様はどのように関わっておられたのかね?」
テオドールとは向かい合う形で坐る審議員の一人がそう訊ねた。
いや、ちょっと待て。こっちの言い分を聞く機会は?
「それについてなのですが、セレスティーナ様はその場に居合わせただけで一切発言はしておられませんでした。ですが、明らかに知っておられた様子でしたので、まったくの無関係とは言えますまい」
「となると、主犯がユウキで、セレスティーナ様は見て見ぬふりをしていたということか」
「それならばユウキなる者の犯罪奴隷堕ちは当然のこととして、セレスティーナ様にもある程度の責任を取っていただけなければなりませんな」
本命はセレスの冒険者の道を断つことだとしても幾ら何でもこの流れは強引過ぎやしないか。隣で膝の上に置いた拳を音がするほど彼女が握り締めたのがわかった。勝手に発言したら退場させると通告されていなければ、怒りのあまりとっくに暴発していたに違いない。
ところで気付いたのだけれど、先程から積極的に発言しているのは六人の審議員のうちモントーレ議長を含む半数の三名だけだ。他の審議員は普段とは決定的に異なるに違いない審議の様子に戸惑っているのが窺える。ランベールの手前、強引な流れを是正すべきか静観すべきか、判断に迷っているだろう。
恐らく積極的に発言している三名はメルダース商会、もしくはランベールに買収されているに相違ない。
それでも普通ならこんな理不尽さがまかり通るわけがないと思いたいが、今回は相手方に絶対的な権限を持つランベールがいるだけに、このまま反論すらさせて貰えず犯罪者の烙印を押されることも充分あり得た。
いざとなればこの場は魔眼で何とかなるとはいえ、今後は逃亡生活を送る羽目にも陥りかねない。何より自分だけならまだしもセレスにそんな真似をさせるのは心苦しい。かといって彼女が一人で置いて行かれるのを良しとはしないだろう。
結局、買収されている三人以外が消極的な疑問を呈したものの、その声は大勢を覆すには至らなかった。
ここに至り何度も発言の許可を求めて手を挙げたにも拘わらず、その悉くを無視され続けたセレスの我慢も遂に限界を迎えたようだ。
「ふざけないで。もう黙ってなんていられないわ。こんなの審議でも何でもないじゃないの。最初から私達を嵌めるための罠だったのね」
「セレスティーナ様、警告したはずです。許可無き発言は認めないと。直ちに口を噤みませんと、本当に退室させますぞ」
「やれるもんならやってみなさい。どうせ、あなたもお金に釣られてこの場にいるんでしょ」
どうやらセレスも買収に気付いていたようだ。
「何たる侮辱。もはや見過ごせませんな。衛兵、直ちにセレスティーナ様を外にお連れしろ」
騒ぎを聞き付け、何事かと扉の外から駆け付けた衛兵にモントーレ議長がそう命じる。衛兵達は議長と領主家の人間であるセレスとの板挟みになって、すぐには動けないみたいだ。
この場にいる最も身分の高い者がランベールであることは当然、衛兵達にも知れ渡っているのだろう。最終的な判断を仰ぐように彼を見た。
そのランベールは騒ぎとは別の場所に目を向けていた。
ここに来てから初めて彼と目が合う。
何故、俺を見ているのだろう? そう思った次の瞬間、彼が発した言葉は──。
「もう良い」
ただ、そのひと言のみだった。
行きと同じく丸一日半を掛けて領都に還り着いた途端、市門で俺達を待ち受けていたのはそんな衛兵のひと言だった。
〈しまった。既に先手を打たれていたか〉
恐らく、鉱山の出入口を見張る者がいたのだろう。待ち伏せが成功しても失敗しても良いように。
そいつ、もしくはそいつらが一足先に領都に戻って、黒幕へと結果を報告したに違いない。そして俺達が無事だったことを知り、次なる一手を打ってきた。
本来ならこちらからメルダース商会へ出向いて、テオドールに真意を訊き出す算段だったのだが、向こうの方が一枚上手だったようだ。
それにしてもいきなり呼び出しとは一体どんな理由からだろう? 鉱山の一件はまだ公になっていないはずだが。
連行する衛兵に理由を訊ねても教えて貰えなかった。彼らも知らないみたいだ。
「こうなった以上はひと先ず成り行きを見守るしかなさそうね」
「そうだね。何の嫌疑かわからなければ対処のしようがないし」
衛兵達に取り囲まれて連れて行かれたのは市のほぼ中心にある、これぞいかにも中世の建築物といった立派な石造りの館だ。前を通ったことは何度もあるが、入ったことは一度もない。ここは役所でもあり、議会でもあり、裁判所でもあるらしい。
殺風景な待合室のような場所で散々待たされた挙句、武器を取り上げられ、何の説明も無いまま中の一室へと有無を言わざず通される。
室内にはそれぞれの四方の壁を背景にして重厚そうな長机が四つ置かれていた。ちょうど俺達が入って来た主たる出入口側の机が二席空いており、そこへ着席を促される。他にも各壁に目立たないよう小さな扉が付けられているが、そちらは出入りとは別の用途がありそうだ。
我々から見て左右に三名ずつ、初めて見る顔が並んでいた。彼らが審議会を構成するメンバーに相違あるまい。
そして正面の長机に唯一人──背後に立っている者を除いて──着いていたのは、誰あろうか、セレスの兄、ランベールその人だった。
〈やはり、彼が黒幕なのか〉
隣のセレスの表情をチラリと窺うと、さすがに青白い顔色をしている。予想はしていてもいざ現実となると、衝撃は大きかったのだろう。
俺の右側に位置する並びの最も遠い席にいた中年男性が、全員を代表する形で口を開いた。
「審議を始める前に簡単な自己紹介をしておこう。私はこの審議会の議長を務めるモントーレだ。普段は商業ギルドの世話役をしている。そして私の左側から順に──」
残る五名の名が次々と挙げられるが、正直言っていつまで憶えていられるか、自信はまるでない。
「最後に審議会のメンバーではないが、ランベール閣下にもお越しいただいた。異例なことではあるが、何しろ今回の審議にはセレスティーナ様が関わっておられる可能性があるので、閣下には立会人として見守っていただく。異存はなかろう」
最後は断定口調だったので、こちらの意思は無視されるみたいだ。
ランベールの背後に立つカリスト・ビスタークはオマケ扱いなのか、特に紹介されることもなく、それについては当人を含め誰も何も言わなかった。
「さて、それでは開始するとしよう。まずはそこにいるユウキなる者の素性についてだが──」
「待ってください」
セレスがモントーレ議長の言葉を遮って声を上げる。
「そもそも私達は何故ここに呼ばれたのか、それすら聞かされていません。先にそのことを明らかにすべきではありませんか?」
その発言にモントーレ議長が僅かに逡巡した様子を見せる。彼としても領主の娘であるセレスの言葉は無下にはできず、普段とは勝手が違うのだろう。
助けを請うようにランベールに意見を求めた。
「宜しいでしょうか? 閣下」
「……私は立会人だ。自分達の判断に従うが良かろう。いちいち私に許可を得る必要はない」
それを聞いて、議長は腹を決めたようだ。
「では、些か予定とは違いますが、審議内容の説明からしましょう。ただし、今後は許可無き発言を行った場合、例えセレスティーナ様であろうと退場を願います。例外は認めません。心していただきたい。それでは続けますが、そこにいるユウキなる平民には、とある告発により詐取の容疑が掛かっております。セレスティーナ様はそれに加担した疑いがある、というのが告発した者の主張です」
詐取? つまり詐欺を働いたということか? まったく身に覚えがない話に、俺は自然と首を傾げてしまう。
「ユウキとやら、どうか? 今この場にて正直に罪を告白するなら減刑ということもあり得る。否定した場合、後になって不正が判明すれば隠し立てしたことも更なる罪科として加わることになる」
そう言われても心当たりがないので、自白しようがない。
どう転ぶかはわからないが、俺は思っていることを包み隠さず話す途を選んだ。
「詐取と言われても何のことか私には見当が付きません。差し支えなければどのような不正に問われているのか、具体的にお教え願いませんか?」
「それでは否定するのだな。宜しい。ならば告発した者から説明させよう」
裁判所などで見かけるガベル(小型の木槌)のようなものをコンコンと打ち鳴らすと、議長席の背後の目立たなかった扉がスッと開いて、宮仕えらしき人が現れる。その人の耳許に何か囁くと、素早く来た扉に戻って十数秒後──。
再び扉が開き、現れた人物を見て、やっぱり、と俺は思った。
そこには相変わらず紳士然としたテオドールの姿があった。
「面識のない者もいるだろうから一応、紹介しておく。この者はメルダース商会のクーベルタン支部長を務めるテオドール殿だ。今回の件は彼の告発による。テオドール殿、説明を」
扉から前に進み出て、議長席の隣に立つと、テオドールは皆に一礼してから話し始めた。
「事の発端はそこに坐るユウキなる者が、ホケンという事業について話しているのを耳にしたことにありました。己の恥を忍んで申し上げると、その時の私にはそれが如何にも画期的な商売に思えてしまったのです。今にして思えば、私が通りかかるのを見越した上で興味を持つよう話したに違いありません」
いやいや、そんな器用な真似ができるなら、冒険者なんてやってないよ。そう突っ込みたかったが、テオドールの話はまだ始まったばかりなので、ここはグッと堪えて続きを待つ。
「人が好い私はすっかり彼女の術中に嵌ってしまい、詳しく話が聞けるよう後日会う約束を取り付けました。あの若さで既に老若男女を手玉に取る術を身に付けているのです」
……自分で人が好いとか言っちゃってるよ、この人。上品そうに見えたのは上辺だけだったみたいだ。
「約束通り、我が商会で改めてホケンについて話を聞く機会を得ました」
ここで今まで黙って耳を傾けていた審議会メンバーの一人が、口を挟む。
「そもそもそのホケンというのは何だね?」
「はい。彼女の説明によれば予め加入者──今回の場合は主に冒険者を対象としていましたが、その者達から一定の金額を徴収しておき、死んだり怪我などで働けなくなったりした際に決まった額を本人や遺族に支払うというものでした」
あれ? ここでは嘘を吐かないようだ。てっきり、出鱈目を言うのかと思っていたけど、一体何を考えているのやら。
「それが商売になるのかね?」
「大多数の冒険者が頻繁に大怪我や死んでばかりいては話にならないでしょう。しかし、実際にはそうではありません。彼らからすれば例えホケンが掛けられていても安全に仕事を続けられることが長期的には一番得をする。あくまでホケンは万が一の備えと認識されれば、充分に利益を上げることは可能だと判断しました」
うんうん、いきなりは難しいだろうけど、徐々に保険の意義が浸透していけばその日暮らしの冒険者達にも受け容れられるのではないだろうか。
「それの何が問題なのかね? 私にはよくわからないんだが……」
「確かにこれだけを聞けばそうお考えになられるでしょう。しかし、ここで述べたことは実際には建前であり、彼女の真意は別にあったのです」
へっ? 真意が別? それってどこに?
「彼女は私に言いました。もしも本当に冒険者が怪我や死亡したとしても馬鹿正直に金を支払う必要はないのだと。例えばわざと怪我をしたとして拒否すれば良い。あるいは死んだことを証明する必要があるといった理由でも構わない。冒険者が亡くなる場合は魔物に喰われたりして遺体が残らないのが普通ですからな。それでも不平を述べるようなら犯罪者として告発すると脅せば大抵の者は口を閉じざるを得まいというのが彼女の主張でした。さらに当初は少額の支払いを滞りなく行って、信用されたところで規模を拡大して多額の金をせしめるのが良いとまで伝授してくれました。そして上手くいった暁には儲けを山分けしようと持ち掛けてきたのです」
なるほど、そう来たか。まったくの創作ではなく、所々に俺の話した内容を曲解して盛り込んでいるのが嫌らしいと言える。
「当然、私は憤慨して拒否しました。それでは冒険者を騙すことになると。これは明らかに詐取と言える行為ですので当然でしょう。するとあろうことか彼女は、私共でやらなければ別の商会と手を組むだけだと申したのです。このような卑劣な行いを断じて見過ごすわけにはまいりません。それ故、私はここに告発へと至ったのです」
芝居がかった仕草でそう締め括ったテオドールは苦渋の決断とでも言いたげな様子で首を左右に振ると、こちらをチラリと見やった。その表情に満足げな笑みが浮かんでいるのを俺は見逃さなかった。
だが、向こうの一方的な証言だけで俺が不正をしたと決め付けるわけにはいくまい。
当然、この後にはこちらの反証の番が回ってくると思っていたのだが──。
「今の話にはユウキという者の行いしか出てこなかったが、セレスティーナ様はどのように関わっておられたのかね?」
テオドールとは向かい合う形で坐る審議員の一人がそう訊ねた。
いや、ちょっと待て。こっちの言い分を聞く機会は?
「それについてなのですが、セレスティーナ様はその場に居合わせただけで一切発言はしておられませんでした。ですが、明らかに知っておられた様子でしたので、まったくの無関係とは言えますまい」
「となると、主犯がユウキで、セレスティーナ様は見て見ぬふりをしていたということか」
「それならばユウキなる者の犯罪奴隷堕ちは当然のこととして、セレスティーナ様にもある程度の責任を取っていただけなければなりませんな」
本命はセレスの冒険者の道を断つことだとしても幾ら何でもこの流れは強引過ぎやしないか。隣で膝の上に置いた拳を音がするほど彼女が握り締めたのがわかった。勝手に発言したら退場させると通告されていなければ、怒りのあまりとっくに暴発していたに違いない。
ところで気付いたのだけれど、先程から積極的に発言しているのは六人の審議員のうちモントーレ議長を含む半数の三名だけだ。他の審議員は普段とは決定的に異なるに違いない審議の様子に戸惑っているのが窺える。ランベールの手前、強引な流れを是正すべきか静観すべきか、判断に迷っているだろう。
恐らく積極的に発言している三名はメルダース商会、もしくはランベールに買収されているに相違ない。
それでも普通ならこんな理不尽さがまかり通るわけがないと思いたいが、今回は相手方に絶対的な権限を持つランベールがいるだけに、このまま反論すらさせて貰えず犯罪者の烙印を押されることも充分あり得た。
いざとなればこの場は魔眼で何とかなるとはいえ、今後は逃亡生活を送る羽目にも陥りかねない。何より自分だけならまだしもセレスにそんな真似をさせるのは心苦しい。かといって彼女が一人で置いて行かれるのを良しとはしないだろう。
結局、買収されている三人以外が消極的な疑問を呈したものの、その声は大勢を覆すには至らなかった。
ここに至り何度も発言の許可を求めて手を挙げたにも拘わらず、その悉くを無視され続けたセレスの我慢も遂に限界を迎えたようだ。
「ふざけないで。もう黙ってなんていられないわ。こんなの審議でも何でもないじゃないの。最初から私達を嵌めるための罠だったのね」
「セレスティーナ様、警告したはずです。許可無き発言は認めないと。直ちに口を噤みませんと、本当に退室させますぞ」
「やれるもんならやってみなさい。どうせ、あなたもお金に釣られてこの場にいるんでしょ」
どうやらセレスも買収に気付いていたようだ。
「何たる侮辱。もはや見過ごせませんな。衛兵、直ちにセレスティーナ様を外にお連れしろ」
騒ぎを聞き付け、何事かと扉の外から駆け付けた衛兵にモントーレ議長がそう命じる。衛兵達は議長と領主家の人間であるセレスとの板挟みになって、すぐには動けないみたいだ。
この場にいる最も身分の高い者がランベールであることは当然、衛兵達にも知れ渡っているのだろう。最終的な判断を仰ぐように彼を見た。
そのランベールは騒ぎとは別の場所に目を向けていた。
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「もう良い」
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偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
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