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ハンマーフェロー編Ⅴ 死者の章
4 死地
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「全員、足許に注意しろ。岩喰い蟲は一匹だけじゃない。もう一体いるぞ」
「二体なんて防ぎようがない。探知はどうした?」
「無理を言ってやるな。同時に二箇所を指し示すなんて不可能だ」
そうなのだ。二匹の岩喰い蟲は地下で重なり合ったり離れたりを繰り返すため、スヴェンが言うようにどうしても片方の指摘が追いつかなくなる。
「探知は一体だけに絞った方が良さそうじゃの。どっちも中途半端になるよりは、片側だけでも確実に知らせてくれた方が助かる。そうしてくれるか?」
「わかりました。少なくとも一方は間違いなくお教えします」
俺はガルドの提案に、そのように答えた。
「聞いた通りじゃ。残る一体は各自が死に物狂いで避けよ」
冒険者達は地中から現れる相手に神経を張り詰めて備える。だが当然、敵はそれだけではない。
「助かる見込みのある者だけを運べ。死んだ者、助かりそうにない者は諦めろ」
「うわぁぁ」
負傷者を運び出す誰かの指示の最中、岩喰い蟲に意識を集中し過ぎた冒険者の一人が死霊騎士にやられる。
「岩喰い蟲だけに気を取られるな。他の不死の魔物にも注意しろ」
「わかっているが、足許が気になって──」
そう言いかけた別の冒険者が今度は会話の途中で岩喰い蟲の餌食となった。
「ええい、どうする? このままだと被害は増え続けるばかりだぞ」
「言われんでも承知しているわ。じゃが、現状では決定的な手立てはない。少しずつでも攻撃を加えていくしかなかろう」
仲間の一人に問われたガルドはそう言うが、手立てが皆無なわけではなかった。
〈ベタなやり方だが、岩喰い蟲を止める手段ならある。ただし、それには──〉
最悪、誰かを犠牲にしなければならない。それほどの危険が伴うものだった。
〈迷っている暇はないか……〉
俺は岩喰い蟲の位置を教えながら、魔弾を納めた弾帯の一つを肩から外した。
それを手に足を踏み出そうとする。その肩を誰かに掴まれた。
「おい、何をするつもりだ?」
見るとスヴェンが訝しげな表情を浮かべて立っていた。俺の只ならぬ気配から何かしようとしていることに勘付いたようだ。
「私に考えがあります。任せて」
「ダメだ。何をしようとしているか言え。聞くまでは離さないぜ」
本当に離しそうにないので、俺は大きく溜め息を洩らすと、彼に説明してやる。
「この魔弾には魔石が使われている。岩喰い蟲が岩を喰らうならこれも体内に蓄積されるはず。外殻が幾ら固くても内部でこれだけの魔石が破裂すればアンデッドでも只では済まないでしょう……言ったんだから離して」
嘘は話していない。捻りも何もない単純極まりない手法だが、よくあるということはそれだけ効果も期待できるということだろう。
「まだだ。やろうとしていることはわかった。だが、どうやって奴に与える? 投げたところであいつは口を開けてはくれないぜ」
指摘されるまでもなく、それはこれまでの魔物の行動を見ていれば明らかだった。岩喰い蟲は捕食する寸前まで顎脚を拡げることはないのである。
「ギリギリまで引き付けて奴が口を開けたら放り込むわ」
「少しでもタイミングがズレたらあんた自身が喰われるんだぞ?」
「これが今取れる一番確実な方法よ」
別に自殺願望があるわけではない。直前で躱すつもりなのは無論だ。
もし失敗した時は──いや、考えるのは止そう。
〈やる前に失敗することを考える馬鹿がいるか、か……〉
俺はある有名なプロレスラーが遺した言葉を引き合いに出しながら決意を固めた。
しかし、スヴェンは端から認めるつもりはなかったようだ。
「あんたにはさせられない。俺がやる」
そう言い出した。
そんな気がしていたから彼に説明するのを躊躇ったのだ。
「お断りします。私が考えたんだから私が実行するわ」
「あんたがいなくなったら、もう一体の探知は誰がする?」
「ウッ……それは……」
理屈ではスヴェンの言い分が正しいことは理解できたが、感情的に他人に危険を押し付けるようで我慢ならなかったのだ。
「話は聞いていたぞい。揉める必要は無かろう。ここは年功序列でワシがやるのが妥当というものよ」
近くで会話を聞いていたらしきガルドまで加わってそんな主張をし始める。
「あんたのその体型じゃ避けられっこないだろ。ドワーフって時点で御呼びじゃないぜ」
「ヒト族こそ、その身長が不利に働くわい。やるならチビのワシよ」
「いいえ。その役割に最も適しているのは私です」
突然、割って入ったその声に一同が背後を振り返る。
セレスが気負いのない表情で佇んでいた。彼女にも何をしようとしているのかは伝わったようだ。
「……適しているとはどういうことかの?」
ガルドが気を削がれたように訊ねる。
「私ならそれをしても攻撃を避けられるという意味です。ユウキ、あなたには理由がわかるわよね?」
セレスの持つ『先読み』スキルを指してのことだろう。確かにあれなら魔弾を投げ入れつつも回避はほぼ確実と言えそうだ。
だが、ほぼは絶対ではない。万が一ということも有り得る。それに『先読み』スキルが通用するのは一体限り。もしその時に残る一体に襲われたら、如何なセレスと言えど無事では済むまい。
そんな俺の逡巡が彼女にもわかったのだろう。心配しないで、とセレスは俺に言った。
「成功する確率を考えれば私をおいてやれる人はいない。違う?」
妙に近い距離感でそう迫られると、場違いなのは承知の上で、否とは言い辛い。
それに過去の言動を顧みてもここで彼女の意思を覆すのは難しそうだ。
仕方がない。
「絶対に怪我無く戻って来てよ。岩喰い蟲を斃してもまだ戦いは終わりじゃないんだから」
そう言いながら弾帯をセレスに渡した。
セレスは受け取った弾帯を手に、荒れ果てた石畳の中心目指して駆け出す。
やがて姿を現した岩喰い蟲が彼女に襲いかかる。
大きく開いた口に呑み込まれる寸前、セレスは弾帯を投げ込むと、身を翻して地面を転がった。その直上を掠めるように岩喰い蟲が通り過ぎる。
一瞬、彼女の身に何かあったのかと思えて全身の血の気が引く。それほど際どく見えたタイミングだった。
「セレス!」
俺は思わず大声を上げて彼女の名を呼ぶ。
「無事よ。問題ないわ」
素早く起き上がったセレスがそう応えた。
だが、肝心の岩喰い蟲の方は何事もなかったように再び地中へ姿を消した。
「どういうことだ? 爆発するんじゃなかったのか?」
「そうなって欲しかったけど、そこまで都合良くはいかないみたいね。私が魔弾を体内に撃ち込んで誘爆させるわ」
ギリルの安全対策は思いの外、強固だったようだ。
スヴェンが何かを言いかけるが、思い直して口を閉じる。今後こそ俺にしかできないことと思い至ったのだろう。
俺も当然そう捉えていたが、ガルドの考えはちょっと違っていた模様。
「良かろう。だったらワシらで口をこじ開けてみせる。ほんの数瞬そうできれば充分なんじゃろ?」
「確かに撃ち込むのはひと呼吸もあればできますが、もしそれで爆発しなければ正面からまともにぶつかることになります。危険過ぎます」
「そんなことは今更じゃろうて」
ガルドの言う通りかも知れない。
「もちろん、俺も一緒にやるぞ。文句はないだろうな」
ここぞとばかりにスヴェンが応じた。
「文句はないが、死んでも責任は取らんからな」
あっさりとガルドが許可したことで、スヴェンはやや拍子抜けな感じだ。
「俺にもやらしてくれ」
真っ先にリーダーを失ったさっきの若い冒険者が進み出る。実力的には若干心許ない感じだが、その心情を慮ってか、ガルドは彼にも参加を許した。
「ミアもやる」
「いや、お前さんは防御より攻撃に力を発揮すべきじゃ。他にもまだ強敵はおる。そこで活躍するがええ」
釣られて言い出したミアはガルドにそう諭されて、渋々ながら後方で控えることに同意した。
代わりに重要な役目を終えて戻ったばかりのセレスが、自分が行くと申し出る。
「うむ。やるのはワシとスヴェンとセレスのお嬢に若いの、それからワシのパーティーの前衛陣で良いだろう。あとの者は次なる攻撃に備えておけ。聞いておったな、『首狩り』と『城壁』の。ワシらが失敗した時はお主らが頼りよ」
「言われるまでもない。背後の護りは任せておけ。蟻の子一匹、通さんわ」
ダリオが胸を叩いて請け負った。
俺が岩喰い蟲の位置を指示して、その進路上で待ち受ける。魔弾を喰わせた方に意識を集中していたため、もう一体の居場所は不明だ。同時に襲われたら万事休すだろう。
それを考えての主力の二分割だろうが、どうやらその判断は正解だったようだ。
狙い通りに襲いかかってきた岩喰い蟲が大口を開けた刹那、ガルドが戦鎚を押し込んで閉じられなくさせた。セレスとスヴェンが両サイドでそれをフォローする。他の者達もそれぞれが武器や盾で突進を防いでいた。
その瞬間を逃すことなく、彼らの背後に陣取った俺は隙間を見つけて岩喰い蟲の口腔内に雷撃弾をぶっ放す。
途端に耳をつんざく轟音が鳴り響いて、雷に打たれたようにその場から全員が弾き飛ばされた。酷い耳鳴りのせいで周囲の物音が聞こえなくなる中、ふらつく足取りで立ち上がろうとしたその頭上に石ころや岩と混じって魔物の肉片や内臓とおぼしき塊が降り注ぐ。
さすがにこの威力の前では岩喰い蟲も原形は留めていられなかったようだ。地上に見えていた大部分が跡形もなく消え去り、千切れたホースのように地面から突き出た残骸を残すのみ。
だが、こちらもその代償としてショック状態から立ち直るのに数十秒を要した。
その間、周囲の状況把握ができず、やっとみんなの姿を確認して似たような状態でありつつも大怪我をした者はいなさそうなのでひと安心する。
〈そうだ。もう一体の岩喰い蟲は?〉
横を振り向くと、何とダリオを中心とした重装備の冒険者達が一丸となって残る岩喰い蟲を受け止めていた。
「一体だけなら止めてみせると言ったろう」
俺達の視線に気付いたダリオがそう言ってニヤッとした笑みを向けてくる。
その上、彼らの行動には続きがあった。
「今じゃ、ゴドフリート。やれ!」
そう叫ぶやいなや、応よ、と横合いから跳び出したゴドフリートが、岩喰い蟲の外殻の継ぎ目に大剣を強引に刺し込んだ。そのまま梃子の要領で力任せに隙間を押し開く。
「ここだ、おチビ。わぷす……何とかを突き立てろ!」
彼の影に隠れるように付き従っていたミアが、拡がった隙間に両手を付き出してWASPナイフを柄の根元近くまで深々と埋め込んだ。
直後にはゴドフリートの大剣が切っ先から折れて彼が跳ね飛ばされたものの、それと同時に岩喰い蟲の全身から炎が噴き出す。
竜の吐息かと見紛うばかりの業火は瞬く間に魔物の体内を焼き尽くし、発火点に近い外殻は溶岩のように灼熱して溶けかかっているほどだ。
ただ火石を使っただけではこうはならない。
恐らく火石の炎を風石の風圧で強化して送り込んだのだろう。まさかこれほどの相乗効果が生まれるとは思ってもみなかった。
〈それにしてもあんなコンボ、よく咄嗟に思い付いたな〉
俺が感心していると、岩喰い蟲から引き抜いたWASPナイフを不思議そうに眺めたミアがポツリと洩らした。
「かーとりっじ、入れるの、間違えた」
…………どうやら偶然だったみたいだ。
何にせよ、これで厄介だった岩喰い蟲は片付いたと見て良いだろう。
しかしながら、ここから反撃の狼煙を上げようかと意気込んでいた矢先、冷水を浴びせるように一人の冒険者が何かを見つけて叫んだ。
「あれを見ろ! あそこにいるのはまさか……」
鉱山の正面。幾つのかある出入口の中で最も高くに掘られた横穴。その足場となっている高台の上に現れた一つの黒い影。
恐怖の象徴とも言えるそいつの正体を俺は知っていた。
『死者の迷宮』の支配者にして此度の進攻の主役、死者の王・不死の大魔導士に他ならない。
それに気付いた全員が、次なる展開を固唾を呑んで見守っていた。
「二体なんて防ぎようがない。探知はどうした?」
「無理を言ってやるな。同時に二箇所を指し示すなんて不可能だ」
そうなのだ。二匹の岩喰い蟲は地下で重なり合ったり離れたりを繰り返すため、スヴェンが言うようにどうしても片方の指摘が追いつかなくなる。
「探知は一体だけに絞った方が良さそうじゃの。どっちも中途半端になるよりは、片側だけでも確実に知らせてくれた方が助かる。そうしてくれるか?」
「わかりました。少なくとも一方は間違いなくお教えします」
俺はガルドの提案に、そのように答えた。
「聞いた通りじゃ。残る一体は各自が死に物狂いで避けよ」
冒険者達は地中から現れる相手に神経を張り詰めて備える。だが当然、敵はそれだけではない。
「助かる見込みのある者だけを運べ。死んだ者、助かりそうにない者は諦めろ」
「うわぁぁ」
負傷者を運び出す誰かの指示の最中、岩喰い蟲に意識を集中し過ぎた冒険者の一人が死霊騎士にやられる。
「岩喰い蟲だけに気を取られるな。他の不死の魔物にも注意しろ」
「わかっているが、足許が気になって──」
そう言いかけた別の冒険者が今度は会話の途中で岩喰い蟲の餌食となった。
「ええい、どうする? このままだと被害は増え続けるばかりだぞ」
「言われんでも承知しているわ。じゃが、現状では決定的な手立てはない。少しずつでも攻撃を加えていくしかなかろう」
仲間の一人に問われたガルドはそう言うが、手立てが皆無なわけではなかった。
〈ベタなやり方だが、岩喰い蟲を止める手段ならある。ただし、それには──〉
最悪、誰かを犠牲にしなければならない。それほどの危険が伴うものだった。
〈迷っている暇はないか……〉
俺は岩喰い蟲の位置を教えながら、魔弾を納めた弾帯の一つを肩から外した。
それを手に足を踏み出そうとする。その肩を誰かに掴まれた。
「おい、何をするつもりだ?」
見るとスヴェンが訝しげな表情を浮かべて立っていた。俺の只ならぬ気配から何かしようとしていることに勘付いたようだ。
「私に考えがあります。任せて」
「ダメだ。何をしようとしているか言え。聞くまでは離さないぜ」
本当に離しそうにないので、俺は大きく溜め息を洩らすと、彼に説明してやる。
「この魔弾には魔石が使われている。岩喰い蟲が岩を喰らうならこれも体内に蓄積されるはず。外殻が幾ら固くても内部でこれだけの魔石が破裂すればアンデッドでも只では済まないでしょう……言ったんだから離して」
嘘は話していない。捻りも何もない単純極まりない手法だが、よくあるということはそれだけ効果も期待できるということだろう。
「まだだ。やろうとしていることはわかった。だが、どうやって奴に与える? 投げたところであいつは口を開けてはくれないぜ」
指摘されるまでもなく、それはこれまでの魔物の行動を見ていれば明らかだった。岩喰い蟲は捕食する寸前まで顎脚を拡げることはないのである。
「ギリギリまで引き付けて奴が口を開けたら放り込むわ」
「少しでもタイミングがズレたらあんた自身が喰われるんだぞ?」
「これが今取れる一番確実な方法よ」
別に自殺願望があるわけではない。直前で躱すつもりなのは無論だ。
もし失敗した時は──いや、考えるのは止そう。
〈やる前に失敗することを考える馬鹿がいるか、か……〉
俺はある有名なプロレスラーが遺した言葉を引き合いに出しながら決意を固めた。
しかし、スヴェンは端から認めるつもりはなかったようだ。
「あんたにはさせられない。俺がやる」
そう言い出した。
そんな気がしていたから彼に説明するのを躊躇ったのだ。
「お断りします。私が考えたんだから私が実行するわ」
「あんたがいなくなったら、もう一体の探知は誰がする?」
「ウッ……それは……」
理屈ではスヴェンの言い分が正しいことは理解できたが、感情的に他人に危険を押し付けるようで我慢ならなかったのだ。
「話は聞いていたぞい。揉める必要は無かろう。ここは年功序列でワシがやるのが妥当というものよ」
近くで会話を聞いていたらしきガルドまで加わってそんな主張をし始める。
「あんたのその体型じゃ避けられっこないだろ。ドワーフって時点で御呼びじゃないぜ」
「ヒト族こそ、その身長が不利に働くわい。やるならチビのワシよ」
「いいえ。その役割に最も適しているのは私です」
突然、割って入ったその声に一同が背後を振り返る。
セレスが気負いのない表情で佇んでいた。彼女にも何をしようとしているのかは伝わったようだ。
「……適しているとはどういうことかの?」
ガルドが気を削がれたように訊ねる。
「私ならそれをしても攻撃を避けられるという意味です。ユウキ、あなたには理由がわかるわよね?」
セレスの持つ『先読み』スキルを指してのことだろう。確かにあれなら魔弾を投げ入れつつも回避はほぼ確実と言えそうだ。
だが、ほぼは絶対ではない。万が一ということも有り得る。それに『先読み』スキルが通用するのは一体限り。もしその時に残る一体に襲われたら、如何なセレスと言えど無事では済むまい。
そんな俺の逡巡が彼女にもわかったのだろう。心配しないで、とセレスは俺に言った。
「成功する確率を考えれば私をおいてやれる人はいない。違う?」
妙に近い距離感でそう迫られると、場違いなのは承知の上で、否とは言い辛い。
それに過去の言動を顧みてもここで彼女の意思を覆すのは難しそうだ。
仕方がない。
「絶対に怪我無く戻って来てよ。岩喰い蟲を斃してもまだ戦いは終わりじゃないんだから」
そう言いながら弾帯をセレスに渡した。
セレスは受け取った弾帯を手に、荒れ果てた石畳の中心目指して駆け出す。
やがて姿を現した岩喰い蟲が彼女に襲いかかる。
大きく開いた口に呑み込まれる寸前、セレスは弾帯を投げ込むと、身を翻して地面を転がった。その直上を掠めるように岩喰い蟲が通り過ぎる。
一瞬、彼女の身に何かあったのかと思えて全身の血の気が引く。それほど際どく見えたタイミングだった。
「セレス!」
俺は思わず大声を上げて彼女の名を呼ぶ。
「無事よ。問題ないわ」
素早く起き上がったセレスがそう応えた。
だが、肝心の岩喰い蟲の方は何事もなかったように再び地中へ姿を消した。
「どういうことだ? 爆発するんじゃなかったのか?」
「そうなって欲しかったけど、そこまで都合良くはいかないみたいね。私が魔弾を体内に撃ち込んで誘爆させるわ」
ギリルの安全対策は思いの外、強固だったようだ。
スヴェンが何かを言いかけるが、思い直して口を閉じる。今後こそ俺にしかできないことと思い至ったのだろう。
俺も当然そう捉えていたが、ガルドの考えはちょっと違っていた模様。
「良かろう。だったらワシらで口をこじ開けてみせる。ほんの数瞬そうできれば充分なんじゃろ?」
「確かに撃ち込むのはひと呼吸もあればできますが、もしそれで爆発しなければ正面からまともにぶつかることになります。危険過ぎます」
「そんなことは今更じゃろうて」
ガルドの言う通りかも知れない。
「もちろん、俺も一緒にやるぞ。文句はないだろうな」
ここぞとばかりにスヴェンが応じた。
「文句はないが、死んでも責任は取らんからな」
あっさりとガルドが許可したことで、スヴェンはやや拍子抜けな感じだ。
「俺にもやらしてくれ」
真っ先にリーダーを失ったさっきの若い冒険者が進み出る。実力的には若干心許ない感じだが、その心情を慮ってか、ガルドは彼にも参加を許した。
「ミアもやる」
「いや、お前さんは防御より攻撃に力を発揮すべきじゃ。他にもまだ強敵はおる。そこで活躍するがええ」
釣られて言い出したミアはガルドにそう諭されて、渋々ながら後方で控えることに同意した。
代わりに重要な役目を終えて戻ったばかりのセレスが、自分が行くと申し出る。
「うむ。やるのはワシとスヴェンとセレスのお嬢に若いの、それからワシのパーティーの前衛陣で良いだろう。あとの者は次なる攻撃に備えておけ。聞いておったな、『首狩り』と『城壁』の。ワシらが失敗した時はお主らが頼りよ」
「言われるまでもない。背後の護りは任せておけ。蟻の子一匹、通さんわ」
ダリオが胸を叩いて請け負った。
俺が岩喰い蟲の位置を指示して、その進路上で待ち受ける。魔弾を喰わせた方に意識を集中していたため、もう一体の居場所は不明だ。同時に襲われたら万事休すだろう。
それを考えての主力の二分割だろうが、どうやらその判断は正解だったようだ。
狙い通りに襲いかかってきた岩喰い蟲が大口を開けた刹那、ガルドが戦鎚を押し込んで閉じられなくさせた。セレスとスヴェンが両サイドでそれをフォローする。他の者達もそれぞれが武器や盾で突進を防いでいた。
その瞬間を逃すことなく、彼らの背後に陣取った俺は隙間を見つけて岩喰い蟲の口腔内に雷撃弾をぶっ放す。
途端に耳をつんざく轟音が鳴り響いて、雷に打たれたようにその場から全員が弾き飛ばされた。酷い耳鳴りのせいで周囲の物音が聞こえなくなる中、ふらつく足取りで立ち上がろうとしたその頭上に石ころや岩と混じって魔物の肉片や内臓とおぼしき塊が降り注ぐ。
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横を振り向くと、何とダリオを中心とした重装備の冒険者達が一丸となって残る岩喰い蟲を受け止めていた。
「一体だけなら止めてみせると言ったろう」
俺達の視線に気付いたダリオがそう言ってニヤッとした笑みを向けてくる。
その上、彼らの行動には続きがあった。
「今じゃ、ゴドフリート。やれ!」
そう叫ぶやいなや、応よ、と横合いから跳び出したゴドフリートが、岩喰い蟲の外殻の継ぎ目に大剣を強引に刺し込んだ。そのまま梃子の要領で力任せに隙間を押し開く。
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直後にはゴドフリートの大剣が切っ先から折れて彼が跳ね飛ばされたものの、それと同時に岩喰い蟲の全身から炎が噴き出す。
竜の吐息かと見紛うばかりの業火は瞬く間に魔物の体内を焼き尽くし、発火点に近い外殻は溶岩のように灼熱して溶けかかっているほどだ。
ただ火石を使っただけではこうはならない。
恐らく火石の炎を風石の風圧で強化して送り込んだのだろう。まさかこれほどの相乗効果が生まれるとは思ってもみなかった。
〈それにしてもあんなコンボ、よく咄嗟に思い付いたな〉
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「かーとりっじ、入れるの、間違えた」
…………どうやら偶然だったみたいだ。
何にせよ、これで厄介だった岩喰い蟲は片付いたと見て良いだろう。
しかしながら、ここから反撃の狼煙を上げようかと意気込んでいた矢先、冷水を浴びせるように一人の冒険者が何かを見つけて叫んだ。
「あれを見ろ! あそこにいるのはまさか……」
鉱山の正面。幾つのかある出入口の中で最も高くに掘られた横穴。その足場となっている高台の上に現れた一つの黒い影。
恐怖の象徴とも言えるそいつの正体を俺は知っていた。
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