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ハンマーフェロー編Ⅴ 死者の章
5 鋼鉄王
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突如、現れた迷宮の主を前に、誰もが息を潜めてその行方を注視する。
「奴が迷宮に巣食うという不死の大魔導士に間違いないと思うが、どうじゃ?」
そんな中でもガルドが念のため、という感じで訊いてきたので俺は首肯した。
「やっぱりの。受ける邪悪さが他とは違い過ぎるわ」
彼が言うように、ただ突っ立っているに過ぎないにも拘らず威圧感が半端ない。一瞬でも目を離そうものなら知らぬ間に心臓を鷲掴みにされていそうな錯覚を覚えるほどだ。
どんな些細な挙動も見逃すまいと全員が隙なく身構える。それが災いした。
「ようやくお出ましってことね? それとも何か……! しまっ──」
セレスが会話の途中で言葉を詰まらせる。それと時を同じくして瞳の奥でバチンと火花が弾けたような鋭い痛みが走り、思わず俺は目を閉じた。
「イタッ。何、今のは?」
とめどなく流れ落ちる涙を拭いながらも何とか目を開け、他の人はどうかと周囲を見回す。すると、セレスを始めとする俺以外のみんなが青白い表情でその場に立ち尽くしていた。
「どうしたの、セレス?」
俺は何が何だかわからず、そう訊ねた。
「ユウキは……平気……みたいね。強力な……精神魔法……恐らく……〈恐怖〉」
喋るのもやっとの様子でセレスがそう告げる。よく見ると、その指先が小刻みに震えていた。彼女だからまだ話ができているのだろう。
周りの大半の者達は口も利けそうにない有様だ。名前から察するに、相手を恐怖に陥れる魔法と思われる。
俺だけ平気ということは、もしかしたら先程の痛みが魔眼による抵抗だったのかも知れない。
魔眼で防げるなら〝視る〟ことによって作用するのではないか、そう見当を付けてセレスに奴から視線を背けるように促すが、彼女は不死の大魔導士を凝視したまま口だけを動かして言った。
「ダメ……だわ。自分では……目が……逸らせ……ない」
どうやらそうなるのを込みにした効果のようだ。
俺は片手で彼女の視界を塞いで、無理矢理に地面に顔を臥せさせた。それで何とか魔法の影響から脱することができた模様だ。
「ふう……助かったわ。まだ完全に消えたわけじゃないけど、直接見なければ恐怖心は薄れるようね。でも顔を上げたら同じことになりそうよ。この状態じゃ満足に戦うこともできない。今みたいなやり方でみんなを解放するのも難しいでしょうね。せめて対抗呪文が使える人だけでも動けるようにできたら良いんだけど」
セレスが言った通りだった。今もあちらこちらで身動きできなくなった冒険者や義勇兵が不死の魔物に狙われている。
顔を押さえ付けての呪縛を解く方法では、到底間に合いそうにない。
〈だったら、いっそのこと、斃してしまった方が手っ取り早いかも〉
支配者を失ったその後の不死の魔物達の動向が気になるが、このままでいるよりはマシなはずだろう。
そう考えて俺は素早くグレランもどきを構えると、不死の大魔導士の顔に狙いを定め、躊躇うことなく引き金を引く。
榴弾は正確に奴の顔面を捉え、黒いローブを被った髑髏と化した頭部を盛大に吹き飛ばす。が、しかし──。
〈──ゲッ、再生した〉
まるで一瞬晴れた霧が、再び景色を覆うように元の姿を取り戻す。
「ホウ……ドウヤラ我ガ呪文ガ効カヌ者モイルヨウダナ。ダガ、他トハ違ウノダヨ。永劫ヲ手ニ入レタ我ニ攻撃ハ無駄ダ」
続けて撃った魔弾も悉く同じ結末を辿ったので、本当に大抵の攻撃は通用しそうにない。速攻で斃すのは諦めた方が良さそうだ。
その上、向こうの状態とかは関係が無いようで、どこか一部でも奴が見えていれば〈恐怖〉の効果は継続されるっぽい。
〈弱ったぞ。これじゃあ、手詰まりだ。最悪、知り合いだけでも連れて逃げようか。目眩ましにアレを使えば……いや、そもそも視界を途切れさせれば良いならアレが役に立つんじゃないか?〉
俺は急いで装填された魔弾を別の物に交換する。そして発射した。
ただし、今度は直接、不死の大魔導士を狙うのではなく、奴の足許に向けてだ。
使った弾の種類は発煙弾。実際に異世界で役に立つかは疑問だったが、念のためギリルに頼んで造っておいた物だ。
それが思わぬ効力を発揮した。
瞬く間に高台は白い煙に包まれ、不死の大魔導士の姿を見えなくする。
それと同時に周囲から微かに息を吐く気配が伝わってくる。
恐怖からすっかり脱却したとは言い難いものの、目を逸らすのと同程度には和らげる効果はあったらしい。
すぐさま後方のブルターノ氏から指示が飛ぶ。
「今のうちだ。動ける術者は対抗魔法をかけよ。ありったけの呪文で防ぐのだ」
その声に則って、あちらこちらで呪文が詠唱される。
「──精神防御付与」
「──恐怖除去」
「──勇気鼓舞空間」
範囲魔法のような大掛かりなものは一人ではなく、何人かが協力して唱えていた。
その甲斐あって、みんな動けるようになったようだ。
「危ないところじゃったの。しかし、これだけの呪文を重ね掛けしておけば奴の精神魔法はもう通用せん。ここからはワシらが反撃する番じゃ」
ガルドがそう言って、戦鎚を両腕で抱え直す。他の者もそれぞれが気合を入れ直した様子で臨む。愛剣の切っ先が折れてしまったゴドフリートも戦意までは折れていないことを表情が物語っていた。
そんな俺達に対して、煙に紛れ、その存在を示すのが声だけとなった不死の大魔導士が傲然と言い放つ。
「コノ程度デ切リ抜ケラレタト思ワヌコトダ。真ノ恐怖ヲ味ワウガイイ」
その宣言の意味は一体のアンデッドとなってそこに現れた。
死んで尚、その鋼の如き精神を宿したかのような猛々しい顔つき。
同じドワーフの中にあっても屈強さが際立つ肉体は、とても死後数百年経つとは思えない。
その手には禍々しいオーラを放つ巨大な槍斧が握られていた。
それを見て誰かがその名を口にする。
「不滅の……アルヴィオン」
あれが伝説の大英雄、不滅のアルヴィオンか。現れた時からそんな気はしていたが、改めて注目すると、ハンマーフェローの開祖にして鋼鉄王と呼ばれるだけあり、その存在感は先の不死の大魔導士に勝るものがある。
遺体は近くの霊廟に安置されていたはずだ。だとすると、それを不死の魔物として甦らせたと見える。
ここに来て伝え聞く鋼鉄王と対峙しなければならないとは、最大の危機が訪れたと言っても過言ではなかろう。
恐らく他の者達もそれを予見したに違いなく、今はまだ一歩も動いていない相手に対して、「鋼鉄王が敵になったのか?」「黄金級冒険者が四人掛かりでも勝てっこない」「ハンマーフォローはお終いだ」と言った呟きが随所から聞こえてくる。
実際、彼が攻撃を仕掛けて来ればその苛烈さに対抗し得る手段がこの場にないのは明らかだった。それほどまでに圧倒的な違いを彼からは感じる。
このピンチには今度こそ本気で退却を検討した方が良さそうだ。
……ピンチ?
ふとその言葉が頭の片隅を過った。
ピンチとは何だ?
差し迫った火急の事態。対処できないほどの危機的状況。
では、現在がそうなのか?
俺の脳裏に迷宮奥深くで出会った無名戦士の姿が思い浮かぶ。
いや、違う。これは──天祐だ。
「セレス、ミア、一緒に来て」
俺は新たな発煙弾を鋼鉄王の周囲に放ちその威容を見え辛くすると、他の者には気付かれないよう二人にそう声を掛けた。
煙幕に紛れ、こっそりと鋼鉄王の下へ近付く。
「セレス、ほんの一瞬でいい。彼を抑えて」
「抑えろって相手は伝説の英雄なのよ。無茶を言ってくれるわね」
彼女は俺の要求に呆れながらも応えてくれるようだ。俺が何をしようとしているのか、わかっているに違いない。
ミアには邪魔が入らないよう周辺の警戒に当たらせる。
「たぶん長くは保たないわ。私が倒される前に決めなさい。いくわよ?」
セレスが不滅のアルヴィオンに跳びかかる。あれは恐らく全力で倒しに行っている姿勢だ。そうしないことには抑え切れないと踏んだのだろう。
凄まじい剣戟がアルヴィオンを襲う。
だが、鋼鉄王はそれを軽々と槍斧で受け止める。見ただけで力の差は歴然だった。
しかし、その一瞬に限れば確かに両者の力は拮抗した。
今よ、というセレスの合図を聞くまでもなく、俺は鋼鉄王の前に躍り出た。
「不滅のアルヴィオン、あなたを操る支配から自由になれ」
魔眼に乗せたその言葉を言い終えるか終えないかのうちに、鍔迫り合いの均衡は崩れ、セレスが真後ろに弾き飛ばされる。
無防備となった俺の頭上に槍斧が無情にも振り下ろされて──頭蓋骨が砕かれる寸前で止まった。
どうやら魔眼の利きはギリギリで間に合ったようだ。冷や汗が滴り落ちる中、不滅のアルヴィオンは武器を引く。
鋼鉄王と呼ばれるほどの彼なら、必ず自我を宿していると信じていた。
立ち上がったセレスと共に、伝説の英雄と向き合う。
〈さて、何から話をしようか?〉
時間は差し迫っている。考えている余裕はなさそうだ。
俺は眼の前の相手が歴史上の偉人であることも忘れ、とりあえず思い付くままに口を開く。
「ええっと、どこまで事態を把握されているかわかりませんが──」
俺が現状を説明しようと言いかけた言葉を遮るように、鋼鉄王は槍斧の先端を不死の魔物達の方へ向けた。
これは奴らと戦う意思表示と受け取って良さそうだ。
次に俺を指差すと、それを不死の大魔導士がいるはずの方向に移動させた。
俺にあそこへ向かえと言っているらしい。
彼にはすべてがお見通しということのようだ。
「わかりました。私達は不死の大魔導士を何とかします。鋼鉄王は不死の魔物の群れを喰い止めてください」
それだけ聞くと、不滅のアルヴィオンは無言で前方へ脚を踏み出した。行く手に立ち塞がる死霊騎士や不死魔獣を枝葉の如く無造作に薙ぎ払う。これなら安心してこの場を離れられる。
〈そうだ、その前に一つ、景気付けをしておこう〉
歩みを進める彼の背後から俺は全力で叫んだ。
「鋼鉄王は我らの味方だ! 彼に続け!」
煙幕の切れ目から不死の魔物を斃す姿を目撃したらしき冒険者も続けて声を張り上げる。
「本当だ。鋼鉄王が魔物を蹴散らしたぞ。この街は不滅のアルヴィオンによって護られているという言い伝えは嘘じゃなかった」
それを聞き、あちらこちらから津波のように、「鋼鉄王、万歳!」「不滅のアルヴィオン、万歳!」と彼を讃える大合唱が巻き起こる。あとはブルターノ氏やガルド達に任せておけば上手くやってくれるだろう。
それを見届けた俺達は入れ違いに彼が出て来た坑道を伝って、高台へ向かった。
もちろん、この戦いに終止符を打つために──。
「奴が迷宮に巣食うという不死の大魔導士に間違いないと思うが、どうじゃ?」
そんな中でもガルドが念のため、という感じで訊いてきたので俺は首肯した。
「やっぱりの。受ける邪悪さが他とは違い過ぎるわ」
彼が言うように、ただ突っ立っているに過ぎないにも拘らず威圧感が半端ない。一瞬でも目を離そうものなら知らぬ間に心臓を鷲掴みにされていそうな錯覚を覚えるほどだ。
どんな些細な挙動も見逃すまいと全員が隙なく身構える。それが災いした。
「ようやくお出ましってことね? それとも何か……! しまっ──」
セレスが会話の途中で言葉を詰まらせる。それと時を同じくして瞳の奥でバチンと火花が弾けたような鋭い痛みが走り、思わず俺は目を閉じた。
「イタッ。何、今のは?」
とめどなく流れ落ちる涙を拭いながらも何とか目を開け、他の人はどうかと周囲を見回す。すると、セレスを始めとする俺以外のみんなが青白い表情でその場に立ち尽くしていた。
「どうしたの、セレス?」
俺は何が何だかわからず、そう訊ねた。
「ユウキは……平気……みたいね。強力な……精神魔法……恐らく……〈恐怖〉」
喋るのもやっとの様子でセレスがそう告げる。よく見ると、その指先が小刻みに震えていた。彼女だからまだ話ができているのだろう。
周りの大半の者達は口も利けそうにない有様だ。名前から察するに、相手を恐怖に陥れる魔法と思われる。
俺だけ平気ということは、もしかしたら先程の痛みが魔眼による抵抗だったのかも知れない。
魔眼で防げるなら〝視る〟ことによって作用するのではないか、そう見当を付けてセレスに奴から視線を背けるように促すが、彼女は不死の大魔導士を凝視したまま口だけを動かして言った。
「ダメ……だわ。自分では……目が……逸らせ……ない」
どうやらそうなるのを込みにした効果のようだ。
俺は片手で彼女の視界を塞いで、無理矢理に地面に顔を臥せさせた。それで何とか魔法の影響から脱することができた模様だ。
「ふう……助かったわ。まだ完全に消えたわけじゃないけど、直接見なければ恐怖心は薄れるようね。でも顔を上げたら同じことになりそうよ。この状態じゃ満足に戦うこともできない。今みたいなやり方でみんなを解放するのも難しいでしょうね。せめて対抗呪文が使える人だけでも動けるようにできたら良いんだけど」
セレスが言った通りだった。今もあちらこちらで身動きできなくなった冒険者や義勇兵が不死の魔物に狙われている。
顔を押さえ付けての呪縛を解く方法では、到底間に合いそうにない。
〈だったら、いっそのこと、斃してしまった方が手っ取り早いかも〉
支配者を失ったその後の不死の魔物達の動向が気になるが、このままでいるよりはマシなはずだろう。
そう考えて俺は素早くグレランもどきを構えると、不死の大魔導士の顔に狙いを定め、躊躇うことなく引き金を引く。
榴弾は正確に奴の顔面を捉え、黒いローブを被った髑髏と化した頭部を盛大に吹き飛ばす。が、しかし──。
〈──ゲッ、再生した〉
まるで一瞬晴れた霧が、再び景色を覆うように元の姿を取り戻す。
「ホウ……ドウヤラ我ガ呪文ガ効カヌ者モイルヨウダナ。ダガ、他トハ違ウノダヨ。永劫ヲ手ニ入レタ我ニ攻撃ハ無駄ダ」
続けて撃った魔弾も悉く同じ結末を辿ったので、本当に大抵の攻撃は通用しそうにない。速攻で斃すのは諦めた方が良さそうだ。
その上、向こうの状態とかは関係が無いようで、どこか一部でも奴が見えていれば〈恐怖〉の効果は継続されるっぽい。
〈弱ったぞ。これじゃあ、手詰まりだ。最悪、知り合いだけでも連れて逃げようか。目眩ましにアレを使えば……いや、そもそも視界を途切れさせれば良いならアレが役に立つんじゃないか?〉
俺は急いで装填された魔弾を別の物に交換する。そして発射した。
ただし、今度は直接、不死の大魔導士を狙うのではなく、奴の足許に向けてだ。
使った弾の種類は発煙弾。実際に異世界で役に立つかは疑問だったが、念のためギリルに頼んで造っておいた物だ。
それが思わぬ効力を発揮した。
瞬く間に高台は白い煙に包まれ、不死の大魔導士の姿を見えなくする。
それと同時に周囲から微かに息を吐く気配が伝わってくる。
恐怖からすっかり脱却したとは言い難いものの、目を逸らすのと同程度には和らげる効果はあったらしい。
すぐさま後方のブルターノ氏から指示が飛ぶ。
「今のうちだ。動ける術者は対抗魔法をかけよ。ありったけの呪文で防ぐのだ」
その声に則って、あちらこちらで呪文が詠唱される。
「──精神防御付与」
「──恐怖除去」
「──勇気鼓舞空間」
範囲魔法のような大掛かりなものは一人ではなく、何人かが協力して唱えていた。
その甲斐あって、みんな動けるようになったようだ。
「危ないところじゃったの。しかし、これだけの呪文を重ね掛けしておけば奴の精神魔法はもう通用せん。ここからはワシらが反撃する番じゃ」
ガルドがそう言って、戦鎚を両腕で抱え直す。他の者もそれぞれが気合を入れ直した様子で臨む。愛剣の切っ先が折れてしまったゴドフリートも戦意までは折れていないことを表情が物語っていた。
そんな俺達に対して、煙に紛れ、その存在を示すのが声だけとなった不死の大魔導士が傲然と言い放つ。
「コノ程度デ切リ抜ケラレタト思ワヌコトダ。真ノ恐怖ヲ味ワウガイイ」
その宣言の意味は一体のアンデッドとなってそこに現れた。
死んで尚、その鋼の如き精神を宿したかのような猛々しい顔つき。
同じドワーフの中にあっても屈強さが際立つ肉体は、とても死後数百年経つとは思えない。
その手には禍々しいオーラを放つ巨大な槍斧が握られていた。
それを見て誰かがその名を口にする。
「不滅の……アルヴィオン」
あれが伝説の大英雄、不滅のアルヴィオンか。現れた時からそんな気はしていたが、改めて注目すると、ハンマーフェローの開祖にして鋼鉄王と呼ばれるだけあり、その存在感は先の不死の大魔導士に勝るものがある。
遺体は近くの霊廟に安置されていたはずだ。だとすると、それを不死の魔物として甦らせたと見える。
ここに来て伝え聞く鋼鉄王と対峙しなければならないとは、最大の危機が訪れたと言っても過言ではなかろう。
恐らく他の者達もそれを予見したに違いなく、今はまだ一歩も動いていない相手に対して、「鋼鉄王が敵になったのか?」「黄金級冒険者が四人掛かりでも勝てっこない」「ハンマーフォローはお終いだ」と言った呟きが随所から聞こえてくる。
実際、彼が攻撃を仕掛けて来ればその苛烈さに対抗し得る手段がこの場にないのは明らかだった。それほどまでに圧倒的な違いを彼からは感じる。
このピンチには今度こそ本気で退却を検討した方が良さそうだ。
……ピンチ?
ふとその言葉が頭の片隅を過った。
ピンチとは何だ?
差し迫った火急の事態。対処できないほどの危機的状況。
では、現在がそうなのか?
俺の脳裏に迷宮奥深くで出会った無名戦士の姿が思い浮かぶ。
いや、違う。これは──天祐だ。
「セレス、ミア、一緒に来て」
俺は新たな発煙弾を鋼鉄王の周囲に放ちその威容を見え辛くすると、他の者には気付かれないよう二人にそう声を掛けた。
煙幕に紛れ、こっそりと鋼鉄王の下へ近付く。
「セレス、ほんの一瞬でいい。彼を抑えて」
「抑えろって相手は伝説の英雄なのよ。無茶を言ってくれるわね」
彼女は俺の要求に呆れながらも応えてくれるようだ。俺が何をしようとしているのか、わかっているに違いない。
ミアには邪魔が入らないよう周辺の警戒に当たらせる。
「たぶん長くは保たないわ。私が倒される前に決めなさい。いくわよ?」
セレスが不滅のアルヴィオンに跳びかかる。あれは恐らく全力で倒しに行っている姿勢だ。そうしないことには抑え切れないと踏んだのだろう。
凄まじい剣戟がアルヴィオンを襲う。
だが、鋼鉄王はそれを軽々と槍斧で受け止める。見ただけで力の差は歴然だった。
しかし、その一瞬に限れば確かに両者の力は拮抗した。
今よ、というセレスの合図を聞くまでもなく、俺は鋼鉄王の前に躍り出た。
「不滅のアルヴィオン、あなたを操る支配から自由になれ」
魔眼に乗せたその言葉を言い終えるか終えないかのうちに、鍔迫り合いの均衡は崩れ、セレスが真後ろに弾き飛ばされる。
無防備となった俺の頭上に槍斧が無情にも振り下ろされて──頭蓋骨が砕かれる寸前で止まった。
どうやら魔眼の利きはギリギリで間に合ったようだ。冷や汗が滴り落ちる中、不滅のアルヴィオンは武器を引く。
鋼鉄王と呼ばれるほどの彼なら、必ず自我を宿していると信じていた。
立ち上がったセレスと共に、伝説の英雄と向き合う。
〈さて、何から話をしようか?〉
時間は差し迫っている。考えている余裕はなさそうだ。
俺は眼の前の相手が歴史上の偉人であることも忘れ、とりあえず思い付くままに口を開く。
「ええっと、どこまで事態を把握されているかわかりませんが──」
俺が現状を説明しようと言いかけた言葉を遮るように、鋼鉄王は槍斧の先端を不死の魔物達の方へ向けた。
これは奴らと戦う意思表示と受け取って良さそうだ。
次に俺を指差すと、それを不死の大魔導士がいるはずの方向に移動させた。
俺にあそこへ向かえと言っているらしい。
彼にはすべてがお見通しということのようだ。
「わかりました。私達は不死の大魔導士を何とかします。鋼鉄王は不死の魔物の群れを喰い止めてください」
それだけ聞くと、不滅のアルヴィオンは無言で前方へ脚を踏み出した。行く手に立ち塞がる死霊騎士や不死魔獣を枝葉の如く無造作に薙ぎ払う。これなら安心してこの場を離れられる。
〈そうだ、その前に一つ、景気付けをしておこう〉
歩みを進める彼の背後から俺は全力で叫んだ。
「鋼鉄王は我らの味方だ! 彼に続け!」
煙幕の切れ目から不死の魔物を斃す姿を目撃したらしき冒険者も続けて声を張り上げる。
「本当だ。鋼鉄王が魔物を蹴散らしたぞ。この街は不滅のアルヴィオンによって護られているという言い伝えは嘘じゃなかった」
それを聞き、あちらこちらから津波のように、「鋼鉄王、万歳!」「不滅のアルヴィオン、万歳!」と彼を讃える大合唱が巻き起こる。あとはブルターノ氏やガルド達に任せておけば上手くやってくれるだろう。
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