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ハンマーフェロー編Ⅵ 閉幕の章(ハンマーフェロー編完結)
1 終わりと始まりと
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「この展開はさすがに想定になかったんじゃないのかな?」
俺は背後から黒いローブ姿の相手にわざと気安く声を掛けた。この後の会話の主導権争いを考えてのことだ。
ゆっくりと振り返った奴は、俺達を見ても動じることなく静かにその髑髏の口を動かす。奴もまた、余裕のあるところを見せようというのだろう。
なお、セレスやミアには予め精神魔法が通用しないように魔眼で命じてあるので、たぶんこの場にいても大丈夫なはずだ。
「確カニコレハ予想外ダ。マサカ灰色ノ魔女ガコノ場ニイヨウトハナ」
灰色の魔女とは初めて聞く名だが、恐らく噂の元となっている魔眼使いに相違あるまい。その情報も気になるが、今は他に優先すべきことがある。
「灰色の魔女とやらではないけど、お察しの通り私も魔眼の使い手よ。あのアルヴィオン王の様子を見たでしょ? 彼はもうあなたの命令には従わないわ」
正確には一時間すれば魔眼は解けて再び支配下に戻るのだが、どこまで知っているのか不明瞭な相手に、わざわざ馬鹿正直に教えてやる義理はない。
「……新タナ魔女ノ誕生トイウワケカ。シカシ、ソレデ勝ッタツモリカ?」
魔女になるつもりは毛頭ないが、誤解を解くのも面倒だ。ここはさらりと受け流して、会話を重ねる。切り札だったはずのカードを敵に奪われても尚、強気の姿勢を崩さずにいられるのはこの先まだ何千体もの不死の魔物が控えているという自信の表れか。しかし、それが通用するのもここまでだ。
「いいえ。でも、私は魔物を引かせた上で、あなたに死ねと命じることもできる」
本当に不死の大魔導士に魔眼が有効なのか、有効だとしても自らを滅する手段があるのかは試してみなければわからないが、それは奴にとっても同じであるに違いない。
果たして俺の読み通り、奴は一か八かの賭けに出ることはなく、別の手段で思い留まらせるよう試みた。
「我ガ死ネバ、アンデッド達ハ制御ヲ失イ、再ビ戻ッテ街ヲ襲ウデアロウ」
「でしょうね。だから交渉よ」
「交渉……ダト?」
初めて不死の大魔導士の表情に感情らしきものが灯った気がした。もっとも骨しかない顔では本当にそうなのか自信はなかったが。
いずれにしても、ここが正念場だ。
「魔物を率いて迷宮に戻り、これまで通り奥深くから出て来ないと誓うなら、この場は見逃してあげる。断ればあなたを滅ぼして、残った不死の魔物と最後まで戦うわ。それでも私達は負けない。交渉を持ち掛けるのは、これ以上被害を大きくしたくないだけよ」
半分は本当、半分は嘘の内容だ。本当なのは不死の魔物と最後まで戦い抜くという部分で、嘘なのは勝てるが被害を増やしたくないという点。
実際にはどう転ぶかなんて俺には予想が付かない。それでも早期決着を目指すにはこれで押し通すしかないのである。
「勝テルト……本気デ思ウノカ?」
「ええ、当然よ。それと、あなたにこの街を襲うよう唆した黒幕の正体もわかっているわ。この戦いが済めば必ず追い詰めて報いを受けさせる。あなた達の間にどんな取り決めがあったのかは知らない。けど、それが守られることはないと断言する。それでも戦いを続ける? なら私も覚悟を決めなきゃならない。さあ、どうするのか選んで」
それだけ言い終えると、俺は正面を見据え奴の出方を窺った。セレスとミアは不測の事態に備えて、いつでも斬りかかれるように臨戦態勢を維持したままだ。
──待つこと体感で三分近く。
長い沈黙の末、漸く奴が結論を口にした。
「………………良カロウ。今回ハ引キ下ガルトシヨウ。コレ以上ノ魔物ハ呼バヌ故、今イル者共ヲ最後トスル。ダガ、黒髪ノ魔女ヨ、コレダケハ憶エテオクガ良イ。我ハ超越者。人ノ身ヲ超エタ存在。我ニトッテ貴様ノ寿命ガ尽キルマデ、百年ヤ二百年待ツコトナド造作モナイトナ」
そう話した不死の大魔導士は、こちらに向かって歩き始める。セレスとミアの警戒感が最高潮に達する中、そのまま俺の脇を通り過ぎて、坑道に入り、やがて暗がりの奥へと姿を消した。
気配まで完全に感じられなくなったのを確認して俺は大きく息を吐き、やっとのことで全身を弛緩させた。セレスやミアも似たり寄ったりの表情でぐったりとしている。
しばらくして落ち着きを取り戻したところで、改めてセレスが俺に問う。
「これでひと先ず終わったと考えて良いのよね? あとは残った不死の魔物を始末するだけで?」
「あいつの言葉を信じるならそうなるでしょうね。あくまでハンマーフェローに対する襲撃に関してはだけど」
他にもまだ為すべきことは幾つか残っているが、まずは目下の課題からだ。
「それって信じられると思う? 魔物の言ったことよ」
確かに迷宮に引き籠って自分の安全性を確保した上で、進攻を続けるという可能性もなくはない。だが、俺はプライドの高そうだった奴が口約束とはいえ、それを違えるとは思えなかった。他にも理由がもう一つ──。
「あいつが口にした百年や二百年待つことなんて大したことじゃないっていうのは本心だと思う。だからこそ、ここで決着を付けることを嫌った。あいつにとって無限にある機会を一度の賭け事に乗せる気にはならなかったんでしょう。ああ言った以上、少なくとも百年間は大人しく力を蓄えるんじゃないかな」
きっと今やらなければ後悔するとか、このチャンスを逃せば後はないとか思うのは、限られた命しか持たない者の発想なのだろう。
奴は違う。今度が駄目なら次回で、次回が駄目ならまた別の機会を活かせば良いだけだ。
少しでもリスクが伴うなら見送ろうとするのは当然の論理と言えた。
「で、次は今回以上に準備万端で襲って来るわけね。その時はどうする気?」
セレスの質問に俺は肩を竦めたゼスチャーで応える。口に出してはこう言った。
「百年先の心配事は他の人に任せるよ」
それまで俺がこの世界に留まっていられるという保証もない。仮にそうなったとしても奴が言うように寿命の方が先に尽きているだろう。
よって考えても仕方がないことだった。
「魔物、減ってる」
そんな会話を交わす俺達を尻目に、高台から眼下の様子を眺めていたミアが、そう呟く。
新たな不死の魔物が現れなくなったことで、こちら側が優勢に戦いを進められているようだ。不死の大魔導士が約束を守った証拠に他ならない。
その中でもやはり、鋼鉄王の活躍ぶりが群を抜いていた。他の人がソウルライクな戦闘を繰り広げている中で、彼一人が別のハクスラゲーをしているかの如し。
とはいえ、このままずっと彼を放置しておくわけにはいかない。魔眼には制限時間があるためだ。
そうかといって魔眼の効果が切れた時、伝説の英雄相手にもう一度確実に掛け直せるという自信もなかった。
仮に彼が敵側に回った場合、どれほどの脅威となるか想像が付かない以上、魔眼が効いている今を置いて退場を願う外はない。
問題は周囲に魔眼のことがバレずにどうやって彼に話すかだが、悩んでいると不意に顔を上げた鋼鉄王と目が合った。
それで俺が何かを伝えたがっていると彼にはわかったみたいだ。おもむろに戦列を離れて坑道内に足を踏み入れる。こちらに来るつもりらしかった。
それを見た冒険者の一人が訝しげな声を上げる。
「どうしたんだ、彼は? 鋼鉄王はどこへ行く?」
あとを追おうとしたその冒険者をガルドが引き止めた。
「止すんじゃ。鋼鉄王には鋼鉄王のお考えがあってのことじゃろうて。ワシらがそれを邪魔立てするでないわ。それより自分の務めを果たす方が先決であろう」
おかげで彼とのやり取りは誰にも知られずに済みそうだ。
やがて、俺達の前に再び姿を見せた鋼鉄王の表情は──驚くほど穏やかだった。まるで何もかも知り尽くしているかのように。
俺はその表情に後押しされて、彼に語りかけた。
「……魔眼の効果は間もなく切れます。そうなればあなたはまた不死の魔物として操られることになる。それを恒久的に防ぐ手立ては残念ながら私にはありません。私にできるのは……今のうちにあなたをあの世に送り返すことだけ」
前置きも無しに要点だけをそう告げて、あとは鋼鉄王の判断を待つ。彼は躊躇うことなく、自分の右手に嵌めていた飾り気のない指輪を外すと、俺に差し出した。受け取れということらしい。
「えっ? くれるの? えっと、ありがとう……ごさいます。それで今の話なんですが──」
言いかけた言葉を制するように、鋼鉄王は俺達に背を向けた。そのまま高台の端へ歩み寄る。
そこでなら足許で戦う人々にも見えるであろう位置に陣取ると、槍斧を頭上高くに掲げた。
俺達からは沸き立つ声でしか確認できないが、地上が歓喜で包まれる様子が手に取るようにわかる。少し早いが勝利の凱歌といった辺りだろう。
それを見届けると彼はおもむろに何やら地面に印らしきものを描き始め、それが完成した途端、手にした槍斧を中心に突き立てた。すると、そこから淡い光が立ち昇り、やがて周囲を包み込むように明るさを増していく。
彼ほどの英雄であれば本分が戦士でも魔法の心得があって不自然ではないのだろうが、どうやらそれは神聖魔法に属するもの、いわゆる〈死者の浄化〉に近い種類の術のようだ。
不死の魔物である彼が自らに死者を滅する魔法を掛ければどうなるか、言わずとも知れよう。即ち、彼の身体はたちまち乾いて土色を帯び、表面はひび割れて、砂像のように脆くも崩れ始める。
その姿は某世紀末救世主漫画に出てくる敵役を彷彿とさせ、まるで「天へ還るに人の手は借りぬ」とか言ってそうだったよ。
いつの間にか地上の歓声も鳴り止んでいた。彼らにも鋼鉄王がこの世を去ったのは確認できたはずだ。
それから暫し墓標のように直立する槍斧の前で佇んだのち、俺はセレスとミアに顔を向け二人に告げる言葉を探した。
ここで止めようと思えばそうすることもできた。どうせ自分達はもうしばらくしたらこの街を出て行く身だ。不死の大魔導士にはああ言ったものの、黒幕の正体にも確たる証拠があるわけではない。そのことを知っているのもこの場にいる自分達三人のみだ。
その上、正体が予想通りだとしても計画に失敗した今となってはそいつも当分大人しくしていることだろう。
何もすぐに事を荒立てる必要はないのである。
誰かそれなりの立場の者に話して、あとを任せてしまえば良い。そうした選択肢も充分有り得た。それでも俺は──。
「……さあ、行こうか。やりかけたことは最後まで責任を持たないとね」
二人にそう言った。
それは自分自身に向けた言葉でもあった。
俺は背後から黒いローブ姿の相手にわざと気安く声を掛けた。この後の会話の主導権争いを考えてのことだ。
ゆっくりと振り返った奴は、俺達を見ても動じることなく静かにその髑髏の口を動かす。奴もまた、余裕のあるところを見せようというのだろう。
なお、セレスやミアには予め精神魔法が通用しないように魔眼で命じてあるので、たぶんこの場にいても大丈夫なはずだ。
「確カニコレハ予想外ダ。マサカ灰色ノ魔女ガコノ場ニイヨウトハナ」
灰色の魔女とは初めて聞く名だが、恐らく噂の元となっている魔眼使いに相違あるまい。その情報も気になるが、今は他に優先すべきことがある。
「灰色の魔女とやらではないけど、お察しの通り私も魔眼の使い手よ。あのアルヴィオン王の様子を見たでしょ? 彼はもうあなたの命令には従わないわ」
正確には一時間すれば魔眼は解けて再び支配下に戻るのだが、どこまで知っているのか不明瞭な相手に、わざわざ馬鹿正直に教えてやる義理はない。
「……新タナ魔女ノ誕生トイウワケカ。シカシ、ソレデ勝ッタツモリカ?」
魔女になるつもりは毛頭ないが、誤解を解くのも面倒だ。ここはさらりと受け流して、会話を重ねる。切り札だったはずのカードを敵に奪われても尚、強気の姿勢を崩さずにいられるのはこの先まだ何千体もの不死の魔物が控えているという自信の表れか。しかし、それが通用するのもここまでだ。
「いいえ。でも、私は魔物を引かせた上で、あなたに死ねと命じることもできる」
本当に不死の大魔導士に魔眼が有効なのか、有効だとしても自らを滅する手段があるのかは試してみなければわからないが、それは奴にとっても同じであるに違いない。
果たして俺の読み通り、奴は一か八かの賭けに出ることはなく、別の手段で思い留まらせるよう試みた。
「我ガ死ネバ、アンデッド達ハ制御ヲ失イ、再ビ戻ッテ街ヲ襲ウデアロウ」
「でしょうね。だから交渉よ」
「交渉……ダト?」
初めて不死の大魔導士の表情に感情らしきものが灯った気がした。もっとも骨しかない顔では本当にそうなのか自信はなかったが。
いずれにしても、ここが正念場だ。
「魔物を率いて迷宮に戻り、これまで通り奥深くから出て来ないと誓うなら、この場は見逃してあげる。断ればあなたを滅ぼして、残った不死の魔物と最後まで戦うわ。それでも私達は負けない。交渉を持ち掛けるのは、これ以上被害を大きくしたくないだけよ」
半分は本当、半分は嘘の内容だ。本当なのは不死の魔物と最後まで戦い抜くという部分で、嘘なのは勝てるが被害を増やしたくないという点。
実際にはどう転ぶかなんて俺には予想が付かない。それでも早期決着を目指すにはこれで押し通すしかないのである。
「勝テルト……本気デ思ウノカ?」
「ええ、当然よ。それと、あなたにこの街を襲うよう唆した黒幕の正体もわかっているわ。この戦いが済めば必ず追い詰めて報いを受けさせる。あなた達の間にどんな取り決めがあったのかは知らない。けど、それが守られることはないと断言する。それでも戦いを続ける? なら私も覚悟を決めなきゃならない。さあ、どうするのか選んで」
それだけ言い終えると、俺は正面を見据え奴の出方を窺った。セレスとミアは不測の事態に備えて、いつでも斬りかかれるように臨戦態勢を維持したままだ。
──待つこと体感で三分近く。
長い沈黙の末、漸く奴が結論を口にした。
「………………良カロウ。今回ハ引キ下ガルトシヨウ。コレ以上ノ魔物ハ呼バヌ故、今イル者共ヲ最後トスル。ダガ、黒髪ノ魔女ヨ、コレダケハ憶エテオクガ良イ。我ハ超越者。人ノ身ヲ超エタ存在。我ニトッテ貴様ノ寿命ガ尽キルマデ、百年ヤ二百年待ツコトナド造作モナイトナ」
そう話した不死の大魔導士は、こちらに向かって歩き始める。セレスとミアの警戒感が最高潮に達する中、そのまま俺の脇を通り過ぎて、坑道に入り、やがて暗がりの奥へと姿を消した。
気配まで完全に感じられなくなったのを確認して俺は大きく息を吐き、やっとのことで全身を弛緩させた。セレスやミアも似たり寄ったりの表情でぐったりとしている。
しばらくして落ち着きを取り戻したところで、改めてセレスが俺に問う。
「これでひと先ず終わったと考えて良いのよね? あとは残った不死の魔物を始末するだけで?」
「あいつの言葉を信じるならそうなるでしょうね。あくまでハンマーフェローに対する襲撃に関してはだけど」
他にもまだ為すべきことは幾つか残っているが、まずは目下の課題からだ。
「それって信じられると思う? 魔物の言ったことよ」
確かに迷宮に引き籠って自分の安全性を確保した上で、進攻を続けるという可能性もなくはない。だが、俺はプライドの高そうだった奴が口約束とはいえ、それを違えるとは思えなかった。他にも理由がもう一つ──。
「あいつが口にした百年や二百年待つことなんて大したことじゃないっていうのは本心だと思う。だからこそ、ここで決着を付けることを嫌った。あいつにとって無限にある機会を一度の賭け事に乗せる気にはならなかったんでしょう。ああ言った以上、少なくとも百年間は大人しく力を蓄えるんじゃないかな」
きっと今やらなければ後悔するとか、このチャンスを逃せば後はないとか思うのは、限られた命しか持たない者の発想なのだろう。
奴は違う。今度が駄目なら次回で、次回が駄目ならまた別の機会を活かせば良いだけだ。
少しでもリスクが伴うなら見送ろうとするのは当然の論理と言えた。
「で、次は今回以上に準備万端で襲って来るわけね。その時はどうする気?」
セレスの質問に俺は肩を竦めたゼスチャーで応える。口に出してはこう言った。
「百年先の心配事は他の人に任せるよ」
それまで俺がこの世界に留まっていられるという保証もない。仮にそうなったとしても奴が言うように寿命の方が先に尽きているだろう。
よって考えても仕方がないことだった。
「魔物、減ってる」
そんな会話を交わす俺達を尻目に、高台から眼下の様子を眺めていたミアが、そう呟く。
新たな不死の魔物が現れなくなったことで、こちら側が優勢に戦いを進められているようだ。不死の大魔導士が約束を守った証拠に他ならない。
その中でもやはり、鋼鉄王の活躍ぶりが群を抜いていた。他の人がソウルライクな戦闘を繰り広げている中で、彼一人が別のハクスラゲーをしているかの如し。
とはいえ、このままずっと彼を放置しておくわけにはいかない。魔眼には制限時間があるためだ。
そうかといって魔眼の効果が切れた時、伝説の英雄相手にもう一度確実に掛け直せるという自信もなかった。
仮に彼が敵側に回った場合、どれほどの脅威となるか想像が付かない以上、魔眼が効いている今を置いて退場を願う外はない。
問題は周囲に魔眼のことがバレずにどうやって彼に話すかだが、悩んでいると不意に顔を上げた鋼鉄王と目が合った。
それで俺が何かを伝えたがっていると彼にはわかったみたいだ。おもむろに戦列を離れて坑道内に足を踏み入れる。こちらに来るつもりらしかった。
それを見た冒険者の一人が訝しげな声を上げる。
「どうしたんだ、彼は? 鋼鉄王はどこへ行く?」
あとを追おうとしたその冒険者をガルドが引き止めた。
「止すんじゃ。鋼鉄王には鋼鉄王のお考えがあってのことじゃろうて。ワシらがそれを邪魔立てするでないわ。それより自分の務めを果たす方が先決であろう」
おかげで彼とのやり取りは誰にも知られずに済みそうだ。
やがて、俺達の前に再び姿を見せた鋼鉄王の表情は──驚くほど穏やかだった。まるで何もかも知り尽くしているかのように。
俺はその表情に後押しされて、彼に語りかけた。
「……魔眼の効果は間もなく切れます。そうなればあなたはまた不死の魔物として操られることになる。それを恒久的に防ぐ手立ては残念ながら私にはありません。私にできるのは……今のうちにあなたをあの世に送り返すことだけ」
前置きも無しに要点だけをそう告げて、あとは鋼鉄王の判断を待つ。彼は躊躇うことなく、自分の右手に嵌めていた飾り気のない指輪を外すと、俺に差し出した。受け取れということらしい。
「えっ? くれるの? えっと、ありがとう……ごさいます。それで今の話なんですが──」
言いかけた言葉を制するように、鋼鉄王は俺達に背を向けた。そのまま高台の端へ歩み寄る。
そこでなら足許で戦う人々にも見えるであろう位置に陣取ると、槍斧を頭上高くに掲げた。
俺達からは沸き立つ声でしか確認できないが、地上が歓喜で包まれる様子が手に取るようにわかる。少し早いが勝利の凱歌といった辺りだろう。
それを見届けると彼はおもむろに何やら地面に印らしきものを描き始め、それが完成した途端、手にした槍斧を中心に突き立てた。すると、そこから淡い光が立ち昇り、やがて周囲を包み込むように明るさを増していく。
彼ほどの英雄であれば本分が戦士でも魔法の心得があって不自然ではないのだろうが、どうやらそれは神聖魔法に属するもの、いわゆる〈死者の浄化〉に近い種類の術のようだ。
不死の魔物である彼が自らに死者を滅する魔法を掛ければどうなるか、言わずとも知れよう。即ち、彼の身体はたちまち乾いて土色を帯び、表面はひび割れて、砂像のように脆くも崩れ始める。
その姿は某世紀末救世主漫画に出てくる敵役を彷彿とさせ、まるで「天へ還るに人の手は借りぬ」とか言ってそうだったよ。
いつの間にか地上の歓声も鳴り止んでいた。彼らにも鋼鉄王がこの世を去ったのは確認できたはずだ。
それから暫し墓標のように直立する槍斧の前で佇んだのち、俺はセレスとミアに顔を向け二人に告げる言葉を探した。
ここで止めようと思えばそうすることもできた。どうせ自分達はもうしばらくしたらこの街を出て行く身だ。不死の大魔導士にはああ言ったものの、黒幕の正体にも確たる証拠があるわけではない。そのことを知っているのもこの場にいる自分達三人のみだ。
その上、正体が予想通りだとしても計画に失敗した今となってはそいつも当分大人しくしていることだろう。
何もすぐに事を荒立てる必要はないのである。
誰かそれなりの立場の者に話して、あとを任せてしまえば良い。そうした選択肢も充分有り得た。それでも俺は──。
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二人にそう言った。
それは自分自身に向けた言葉でもあった。
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