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2.悩み
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温かな木漏れ日がさすベンチ。学園の隅に隠れるようにして存在するそこに座りながら、ノアは小さくため息をついた。
ここは人気がなくて、社交下手なノアが学園内で唯一寛げる場所として重宝している。警護の面を危ぶんだ叔父である学園長が、監視カメラと巡回の騎士の手配をしてくれているから不安もない。
学園で落ち込むことがある度に、ノアは帰宅前にここで気持ちの整理をしていた。
「――今日も、誰ともちゃんと話せなかった……。こんな感じでは、婚約者なんてできっこないよ……」
朝から今まで、ノアは挨拶の言葉しか発していなかった。授業に社交の時間が盛り込まれていても、ノアが話に困って微笑んでいるうちに、全てが流れるように終わってしまうのだ。もう少し話し掛けてくれてもいいのでは、なんて自分の内気さを棚にあげた文句を言いそうになる。
授業でさえそうなのだから、それ以外の時間は「ご機嫌よう」と挨拶を交わすだけで、皆立ち去ってしまう。内気なノアは、そうなると追いかけることもできない。自分の席で本を読んで過ごすのが日課になっていた。
「どうしてこんなに人と話せないのかなぁ」
独り言ならいくらでも出てくるのに。人と対面すると途端に言葉がでなくなる。曖昧な微笑みで余裕を繕うのが精一杯だ。
使用人たちや領地運営の部下たちが、話す練習に付き合ってくれているものの、進歩する兆しが見えない。そもそも彼らとは仲が良くて普通に話せるのだから、練習になっているかも微妙なところだ。
ポケットから小さな手鏡を取り出して、微笑みの練習をする。内気で社交下手のノアが唯一得意なのが、この微笑みだった。
くすんだグレーのウェーブした髪の下で、暗紫色の目が細くなる。華奢な輪郭な上に肌が白いから、少し病的な感じがする。だから皆、ノアを不気味に思って避けるのだろうか。
自分の考えに落ち込んでしまったノアが、再びため息をついたところで、小さな客が飛び込んできた。
「……あ」
――にゃあ。
不意に膝に乗ってきた存在に、ノアの頬が緩む。学園の裏庭の住人というか住猫だ。ノアと似たグレーの毛色にブルーの瞳。愛らしい仕草でノアに懐いてくれている。
「今日も僕を慰めてくれるの? ふふ、君は野良とは思えないくらい毛並みがいいね」
持参していたブラシで手入れをする。毛艶がいいから、誰かにご飯などの世話をしてもらっているのかもしれない。でも、その首に首輪がないから不思議だ。
人見知りせずに、大胆にごろごろと喉を鳴らして寛ぐ猫に、少し羨ましさが生まれる。
「――僕も、これくらい愛らしく生きられたらなぁ」
生まれ持った性格上、どうしても難しいと悟っていたけれど、望むのは自由だろう。
ここは人気がなくて、社交下手なノアが学園内で唯一寛げる場所として重宝している。警護の面を危ぶんだ叔父である学園長が、監視カメラと巡回の騎士の手配をしてくれているから不安もない。
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「――今日も、誰ともちゃんと話せなかった……。こんな感じでは、婚約者なんてできっこないよ……」
朝から今まで、ノアは挨拶の言葉しか発していなかった。授業に社交の時間が盛り込まれていても、ノアが話に困って微笑んでいるうちに、全てが流れるように終わってしまうのだ。もう少し話し掛けてくれてもいいのでは、なんて自分の内気さを棚にあげた文句を言いそうになる。
授業でさえそうなのだから、それ以外の時間は「ご機嫌よう」と挨拶を交わすだけで、皆立ち去ってしまう。内気なノアは、そうなると追いかけることもできない。自分の席で本を読んで過ごすのが日課になっていた。
「どうしてこんなに人と話せないのかなぁ」
独り言ならいくらでも出てくるのに。人と対面すると途端に言葉がでなくなる。曖昧な微笑みで余裕を繕うのが精一杯だ。
使用人たちや領地運営の部下たちが、話す練習に付き合ってくれているものの、進歩する兆しが見えない。そもそも彼らとは仲が良くて普通に話せるのだから、練習になっているかも微妙なところだ。
ポケットから小さな手鏡を取り出して、微笑みの練習をする。内気で社交下手のノアが唯一得意なのが、この微笑みだった。
くすんだグレーのウェーブした髪の下で、暗紫色の目が細くなる。華奢な輪郭な上に肌が白いから、少し病的な感じがする。だから皆、ノアを不気味に思って避けるのだろうか。
自分の考えに落ち込んでしまったノアが、再びため息をついたところで、小さな客が飛び込んできた。
「……あ」
――にゃあ。
不意に膝に乗ってきた存在に、ノアの頬が緩む。学園の裏庭の住人というか住猫だ。ノアと似たグレーの毛色にブルーの瞳。愛らしい仕草でノアに懐いてくれている。
「今日も僕を慰めてくれるの? ふふ、君は野良とは思えないくらい毛並みがいいね」
持参していたブラシで手入れをする。毛艶がいいから、誰かにご飯などの世話をしてもらっているのかもしれない。でも、その首に首輪がないから不思議だ。
人見知りせずに、大胆にごろごろと喉を鳴らして寛ぐ猫に、少し羨ましさが生まれる。
「――僕も、これくらい愛らしく生きられたらなぁ」
生まれ持った性格上、どうしても難しいと悟っていたけれど、望むのは自由だろう。
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